第2話

        

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 空を見上げるとオリオン座が見えた。星座の名前は人並み程度には知っているだろうけれど、オリオン座くらいしか見つけだすことかできない。

 繁華街を出てから5分くらいだろうか。人通りがほとんどない小路には、暗闇の中にまばらに浮かぶ電灯と僅かな星明かりの隙間に都会の闇が広がっていた。僕はそのあまりにも深くて濃い、黒と見間違えるような青が好きだった。どこにでもあるようなブロック塀も錆びたトタン板も消えかけた地面の矢印も、あるいは両親の愛を一身に受けた子供の声が今にも聞こえそうな新築の家でさえも、この青い闇の中ではどこか非現実的なものに思えるから。

 「もうだいぶ寒いね」 彼女は僕にそう言った。暖かい店の中にいたということもあって外は大分寒く感じられた。吐く息は白く、露出した皮膚には細やかな針が突き刺さる。

 「でも、酔いが覚めそうでちょうどいいかも」体の内側に帯びている熱を軽く感じながら彼女に言った。「そうだね」と返す彼女は少しほほ笑んでいた。


 笑っている彼女は高校の同級生の女の子達と何ひとつ変わらないように思えた。少なくとも、ピアスを空けることも髪を染めることもしていない彼女は、普段同じ教室にいる同級生たちと何も変わらない。学校に行って勉強をして友だちと遊びバイトをする、けれどそんな日常を過ごしながらも心の中に黒い塊が落っこちている。僕はそんな彼女のことが-おそらくある種の同情や共感のために、あるいは純粋に-好きだった。



 気がつくと僕らは手を繋いでいた。どちらからということも無く、ごく自然に。絡み合った指の間に広がる温かさが心の深いところにある夜の海のような淡い暗闇を照らしてくれているような気がした。彼女にとってもそうだといいと思った。



 彼女の家の前に着いた時も、手は繋がれていた。「今日もお母さんいないから大丈夫だよ」彼女の表情は少し寂しそうにも、なにも気にしていないようにも見えた。2階建ての木造アパート。階段を昇ってすぐのところにある彼女の部屋の窓から漏れ出る光はない。

 玄関の扉が閉まると明かりのない部屋の中には混じり気のない暗闇が広がっていて、彼女の顔も見えないほどに暗かった。

 電気のスイッチを探そうとする彼女の左手を引き、自分の左手を彼女の腰に回して抱き寄せる。彼女も僕の腰や背中に手を回す。

 僕らは長い間抱き合っていた。互いの寂しさを埋め合わせるように、形を確かめ合うように。


「ねえ、真白くん」

「どうしたの、六花ちゃん」

「なんでもないよ」

「そうだね、なんでもないね」


 部屋の中には微かな物音を含んだ静寂と暗闇が広がっているだけだった。




 次の日の昼に僕は家を出た。1週間後のこの日にもう1度会う約束をして。


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居場所 響谷 ゆう @ayuto_333

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