パチ公

 彼は約束時間の五分前、パチ公前に到着した。

 渋谷駅前の広場、通称「パチ公前」その場所は今、喧噪に満ち溢れ、活気が場を包んでいた。待ち合わせをする時に、目印とされる場所だけあってかなりの人数。


 彼のスマートフォンが鳴った。ブーブーと2回振動したそれは、彼女、碧澄姫華からの連絡を意味していた。


『ほんにごめん!5分くらい送れる!』


 彼は誤字だらけの文面を見て、焦っている様子を感じ取った。5分くらいなら彼にとって誤差である。


『あせりすぎ』


 その文字だけを打ち、スマートフォンをポケットに入れた。


 ///


『ほんとにごめん今駅ついた!今から向かう!!』


 やることも無いので地面に視線を送り、ぼーっとしていると彼のスマホが鳴った。

 どうやら駅についたとの報告らしい。


『待ってる』


 それだけ送り彼はまた地面に地面に視線を落とした。


 ///


 それから何分だっただろうか、しばらくしてまたRainが来た。


『ごめん、迷子になった。助けて』


 彼はどこか呆れながらも駅へと走った。

 Rainを頼りに場所を聞き出し、捜索すること10分。


 そこには全身を白に包んだ天使がいた。

 その服装、容姿から伝わってくる清楚さは彼女の純情な部分をこれでもかと引き立て、黒い髪とのコントラストでより一層の彼女の神秘的で不可侵的な部分を強調していた。

 慣れない土地なのだろう、その表情からは彼女の不安をこれでもかと感じさせる。彼女はしゃがみこんで目に涙を貯めながら、両手を使って必死にスマートフォンを握りしめていた。まるでその板の向こうにいる誰かに助けを求めるように。



「ん、碧澄さん..」



「っ...佐々木くん?」


 彼女は恐る恐るこちらに、上目遣いで視線を送ってきた。話しかけてきた相手が誰か、認識するとその顔は先程の絶望とは一転、希望に満ち溢れたものへと変わった。


「迷っちゃうなら...現地集合じゃなくても...」


「ごめんなさい!!」


 彼女は叱られると感じたのだろう。また目に涙を浮かべ、悲観に満ちたその顔は「私、反省してます」というのを否が応でもこちらに突き付けてくる。


「いいよ...気にしてないから...」


「ありがとう、ごめんね」


 現在時刻11:30

 集合時間より30分遅れての再開であった。


 ///


「あの...ね...佐々木くん...手....繋ぎたい...」


 彼女は白い肌をピンクに染めながら、伏せ目がちに、こちらをチラチラと見ていた。


「あの、迷子に...なっちゃうから....」


 言い訳するかのように、彼女は返事を待たず続けて言った。先程の恐怖を思い出したのだろう、赤みを帯びていた顔からは一転して、泣きそうな目で上目遣いをしてきた。


「....ん」


 その言葉を聞いた彼は、なんの躊躇いもなく右手を差し出した。

 顔色1つ変えない少年と、顔色を慌ただしく替えている少女との対比は、どこか奇妙で、ある種お似合いと言えた。


 ////


「ん、そろそろ12時...お腹すいた?」


「うん、ちょっとお腹すいてきたかも」


 最初こそ手を繋ぐだけで顔を羞恥によって朱に染めていた彼女も、少し時間が経った今では周りを見渡す余裕が出来ていた。彼女は周りの全てが新鮮かのように辺りを見渡して、何気ないことで感動していた。



「ん、あれとか...どう?」


 時計の針は12時の少し手前を指していた。時間的にもそうだが、ハプニングがあったことも相まって空腹を訴える身体。その本能に従って彼らは軽食となるものを探していた。

 彼が指したお店を見て、少女はお宝を見つけたかのように意気揚々と声を上げた。


「あのお店知ってる!!いま流行ってるらしいよ!!」


「ん、そうなんだ..いこ」


 若干の列を作るその場所へ、2人は歩みを進めた。






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