第弐拾壱話 採集場にて
野外教習て言っても、オレが身に着けさせられてる技術範囲の枠よりずっと下で、指定された地域で提示された薬草やらを摘んでくるだけの優しいものだった。
その地域も例のくっそでかい壁の内側だし、やや農業地帯寄りで実に安全。
ちょいと遠いけど、言うなればその距離が試練? みたいな。
あー……前世でいう遠足が近い、か。もちろん、遠距離行商 足術強化訓練の略称じゃないぞ。
何それって? キニスルナ
採集の道具一式。汗拭き用の手ぬぐい、水筒と軽く腹に入れられる
マジで遠足だよコレ。
万が一……何てあるかなぁ? と思いつつも、用心して自分らの得物も持ってく。
一日置きくらいに点検してるけど、久しぶりに手にした感じがするなぁ。
ザジ嬢の二本差しも久しぶりに見た感じするし。
送り出してくれたのは、錬金術課の教官でミルティアさん…先生。
何かこう、人当たりが良いというか、ゆったり~とした濃い紫色の髪大きく纏めた、優しい目をした女の人だ。
気を抜いたら『お婆ちゃん』と呼んでしまいそうな雰囲気があって、ちょっと戸惑ってしまう。
あ、悪い意味じゃなくて、こう…孫を見るような眼で見られてるんで……。
ザジ嬢もちょっと照れ臭そうだったしねー。
教え方も丁寧で、こちらの質問にも諭すように答えてくれるの。
ありがたいね。ホント。
まず先生が教えてくれたのは、主にこの西大陸。それも王都付近で一般的に血止めとして塗られる軟膏と、体力を回復する時に使用する薬の原材料となる薬草。
そしてその薬草の組み合わせで作る事ができる複数のお薬とか。
ウチは買う側だったけど、薬草摘んだりする雑用やらされてたから何種類かは知ってる。
まぁ、作り方は知らなかったけど。
王都東区。中央十字路を駅馬車で乗せてもらって北東に進む。
商業区の端で降ろしてもらって、更にしばらく進んだら平野部に出た。
手付かずの地…という程ではないが、お世辞にも開発が行き届いているとはいえないトコ。
森一歩手前くらいの密度で木が生えてる林が目的地。
前にも零したけど、何で王都内でこんなに未開発の地域があるんですかねぇ……。
昼前には着いたけど、ホントくっそ広いな王都。東区の北東側だけでこれかよ。
都の壁の内側だとゆーのに、こんだけ自然林があるっておかしくないですかねぇ?
「さて…ハガラの根元付近の木陰に生えやすい…じゃったの?」
到着早々だが、ザジ嬢は楽し気に周囲を見渡す。
この野外実習まで緑の多いトコに来たのは、王都に来て初めてだしなぁ。開放感があるんだろね。
「自然の中だからその通りに生えているとは限らないが、確かにミルツは茂り易い」
「ほぅほぅ」
ハガラって言うのはよく見かける広葉樹で、程よい硬さと弾力があるし、太く真っすぐ生えるから材木として有名。
古い表皮が斑状に剥がれ落ちるんで凄い見分けがつく。
あと、葉っぱが
で、ミルツってのはハガラの根方とか腐った木の傍によく見かける薬になる植物。
十㎝程度の背で、釘みたいな葉をしてる。釘葉の色は赤黒くて毒々しいけど、コイツなんの匂いもしないという特徴があるの。
水より匂わないんだよなぁ……。
因みに、オレがこの植物知ってるのは東大陸にも生えてるから。
この辺りで採れる薬草五種を十束づつ採集するのが今回のお題。
最初にミルツから集めるのは、こいつは乾燥したって効能が変わらないから。
面倒な手順が無いし、根から上を千切って摘むだけ。もちろん、毟り取るなんて乱暴な採集はしないゾ。
大事なのは葉なんで、それを潰したら意味無いしねー。
「うぅむ。腰を落としてみれば確かに赤黒いのが生えておるの」
色が色だから目立つよね。
「あれを十束摘んで、次は毒消しになるナラの古株じゃの」
ぱっと見は
こっちでも薬効あんだねー。
「地味に忙しいの。色々見られて楽しいが」
うんうん。採集作業続けましょうネー。
「楽しいのじゃが……。」
ナニかな? ボクたちはこれからやんなくちゃいけない課題があるんだヨ?
「あれは何ぞ?」
オレも考えないようにしてたけど、流石にザジ嬢はその鬱陶しさに無視を諦めたのか、うんざりとした顔を隠す事もせず、くいっと指を向けた。
その方向には、何やら変な表情を浮かべつつやって来ている三つの人影。
まぁ、何だ……。
駅馬車から降りて、しばらくしてから視線がキてたんだわ。メンドイから無視してたけど。
そしたらオレらの後をちんたらちんたらついて来てたんだわ。
いや、だけどさ、同じよーに採集に向かってる人って可能性もあるじゃん?
だからほったらかしのままにしてたのに……。
「多分、ザジ嬢が目当てだろう」
視線が粘ついてるのが分かるわぁ。
もちろん、品物として、のね。
ほーんと何処にでもいるよなぁ。こういう輩。
「暇人しかおらんのかのぅ。
いやさ、片手に担いで走れそうなくらい華奢な子供で、更に別嬪さんが無警戒にブラついてたらねぇ……。
何かしらの悪い思惑があったら後くらいつけますて。
まぁ、どっちにしたってオレらにはいい迷惑。
このまま揶揄われるだけなら、ほっといても良いんだし。
何かしら悪いちょっかい掛けて来るってんなら……。
「なぁ、お前ら」
……来たよ。マジか~……。
***
***
***
男が声を掛けた瞬間、少年と少女は示し合わせたように、ばっとその場から飛びのいた。
直後、二人のいた場所に灰色の粉袋がぶち撒けられる。
それは目つぶし用に調整された灰で、普通ならこれは覿面に利く。
何しろ逃走は勿論、捕獲にも実に役に立ってきたのだから。
……が、残念ながら、この
一人が声を掛けると同時に、残る二人が確保の為に距離を詰める。何時もの間合いで、何時ものように合わせた動きだ。
しかし、その所為で得物を視界から見失ってしまった。
声を掛けつつ目つぶしを投げた者だけは、二人が小さく転がった後、地を蹴って自分に向かって来るのが見えた。
「何ぞ、用か?」
少女の声はえらく低い。その上、何の礼儀も敬いもない。
質問ではなく、詰問だ。
彼女からしてみれば、楽しみにしていた実習の邪魔をされた訳であるから当然の事である。
「この…っっ!!」
かっと頭に血が上った男は反射的に掴みかかる。
しかしその手指は彼女に届く事はなく、間に割って入った少年の襟に。
驚きはしたが、それでも荒事に慣れた男は、そのまま少年の襟首を掴んで頬を打った。
「っ痛!!」
しかし声を出したのは打った男の方。
硬い岩をひっぱたいた様に、手の方が負けたのだ。
だがその行為により、先に手を上げたのは男達の側となる。
先に手を出した、と確認できた瞬間。
ぱぁんっと男の右脇腹から炸裂音が鳴った。
少女が、ザジが掌で打ち込んだのだ。
ダインの襟を掴んでいた指が剥がれ、脇を抱えて地に突っ伏し、声も出せず悶絶している。
そんな痛みなど知った事ではなく、彼女は蹲る男を蹴転がして少年の頬に手を当てて診ていた。
「腫れは…せんようだの」
「腰も入ってないような掌だ。音だけだ」
どちらかというと男の方が相当きつかろう。
何しろこの少女の得意とするこの平手打ちは、地球でいうならば鉄砂掌なのだ。
音に比例するかのように衝撃が強く、例え鎧等を着用していようと内部に衝撃が走る程のもの。
流石に内臓が損傷する程ではないにせよ、わりと手加減緩めにそれを叩き込んでいたのだから、息が止まってしまうのも当然だろう。
そんな彼女の様子にダインは苦笑しつつ、呆然としている残りの二人に視線を向けた。
「大体の予想は付く。気持ちは分からんでもない。
――が、事が事だ。
大人しく捕まってくれたらありがたいのだが?」
彼からすれば、本当に気遣いで向けた言葉である。
挑発の様な悪意は更々ない。
だが、男達は状況を把握し切れていない上、仲間をやられたとあっては黙っている訳にはいかない。
特に、子供にナメられたとあっては、だ。
それに転がされている奴から自分らの事が露見すれば、そう日を置かず芋蔓式に警邏隊に捕まってしまうだろう。
「く、くそっ!!」
だから、その二人は刃物を抜いた。
抜いて、しまった。
「あ゛?」
少女の中で切れかけていた緒が、ぷつりと切れた。
確かに、単なる揶揄いである可能性が捨てきれないのであれば、こちらから手を出してはいけない。
それが分かっているからこそ、あんな挑発めいた行為に及んだ訳だが……。
まさか友人の、
大切な友人の頬を打たれるとこうにも頭にくるとは思っていなかった。
実のところ、ザジの種族であるナギラの民は自分個人への荒事なら兎も角、身内にに対する攻撃に関しては、やたら沸点が低くくなる。
何しろこの少年は、出会ってからずっと一緒にいてくれて、普通なら逃げ出すような打ち合いにすら応じてくれる同年代の友人であるし、普段も色々と気を使ってくれて、既に気の置けない存在となっている。
自分から打たれに行った云々はどうでもいい。
彼に対して無体を行った。
そして更に、彼の慈悲ともいうべき勧告に対して刃物を抜いて答えた。
既にザジの両の手は柄に下りている。
これはもう、正当な防衛に出ても良いだろう――
「落ち着け。斬ったら面倒臭い」
「ぬ?」
が、彼の声で気勢が削がれた。
彼が止めたのも当然だろう。
何しろ彼女が腰下げている得物は小剣と短剣の二剣であるが、ぱっと見ではそこらの物と気が付けないだろう大きな差がある。
両方ともその刃の厚みが一㎝はあるのだ。
当然ながらかなり重い。剣というよりは斧だ。
無論、彼女の力量をもってすれば、その辺の小剣と変わりはないが、相対する側は堪ったものではない。
結果は単なる斬り合いではすまないだろう。
良くて大惨事の場だ。
そんな事になれば、
「課題を切り上げてわざわざ戻る羽目になるぞ?」
「それは……。」
確かに面倒である。
それに彼自身が頬の事等どうでも良さげなので、怒りは自然と弱まってゆく。
事実、打たれる寸前に魔力を回して弾いたのだ。痛くも痒くもある訳がない。
いや実際、家族に喰らう拳骨に比べれば、羽虫に止まられたようなものだ。
落ち着いて考えてみると、転がっている男にしても凶賊かどうかも怪しい。
一連の動きは手慣れてはいたが、思い付きで仕出かした感がある。
確かに、そこまででもない輩をやたらと斬っては、不必要な禍根を残しかねないだろう。
「それに下手に斬れば、血の匂いで獣を引っ張りだしかねんぞ」
「おう、それは確かに」
ここにきてザジの気の圧が完全に引いた。
それを見て安堵したダインは、だから、と地を滑るように刃を向ける男との距離を詰め、
体重を乗せた上で、器用に身体の軸から捻じり込んだ拳を、その男の腹の急所に叩き込んだ。
「……っ?!」
肺が詰まったような声を漏らしつつ、男は悶絶した。
彼は、できるだけ出血をさせず意識を飛ばす事にしたのだ。
手加減はしている。しかし思い切りに、だが。
何の事もない。ダインも少し腹が立っていたのだ。
「このガ…っ!!」
慌てた最後の一人が彼に刃を突き込むが、反応が遅過ぎた。
それに背が低いダインとの体格差もあって、どうしても姿勢が崩れてしまう。
蛇が巻き付くように男の腕は絡みとられ、天地が回った。
地球でいう、一本背負いである。
このような技は、理解できていなければ身構える事すらできないままで終わる。
平原である事を喜ぶべきであろう。
もし硬い地面であれば骨も内臓も只では済まなかった筈だ。
無論、それでも背に受けた衝撃は弱いとは言い難いもので、男は声を上げる事もなく、あっさりと意識を飛ばされてしまった。
***
***
***
ん、んん~……キモティイイ~っ!!
投げ技って、こう、かちんって極まったらホント気持ちいいわぁ!
良かったね、下が柔らかめの土で。固かったり、石畳だったら危なかったヨ。肩甲骨とかあばらとかバッキバキしてたかも。
ウッカリ、おもっきりやっちゃった☆
ザジ嬢に言った直後に
あぁ、ヨカッタヨカッタ。
これにて一件、落着カナ~~……。
……ザジ嬢が、スッゴイきらっきらした目で見てるけどなっ!!
「の、のぅ、のぅのぅ、今のは? 今のは何じゃ?
物凄い熟練の投げ技と見たが如何に?」
あぎゃ~っ!! そりゃ気になるよね!
普通、
鍛錬の時にやってるのは、単に投げ飛ばすだけだったしなぁ。
今のは狙ってやったというか、閃いた? そんな感じにとっさに出来たんだよ。
前世で習ってたのかしらん?
ザジ嬢も、鍛錬の時にも
投げ技はあんま得意じゃないっぽい?
アレってほぼ習ってないって観たけど、当たりかなぁ。
「そう言ってくれるのはありがたいが、今の内にこいつ等を樹に縛り付けて置こう。
邪魔だしな」
また今度、また今度ね、と念じつつ転がした奴らを拘束する。
とりあえず荷物から紐束を取り出して、首と腕に巻き付けて縛り上げる。針金あるから親指極めて縛り上げちゃうねー。
これで手指も動かせないしな。
「邪魔?」
縛り上げつつも不思議そうな顔をするザジ嬢。
そーゆー顔も似合うのなー。
可愛いは正義。はっきりわかんだね。
「何を言ってる。
仕上げる課題があるだろう?」
いや、しょーもない事で手惑っちゃったけど、まだまだ挽回できるし。
とっととミルツとナラの古株、そしてなんだっけ? 兎も角、昼前には三種は集めとかないと……。
あれ? どったの?
「くふ、あは、あははは……っ。」
いきなり爆笑?!
ナニ? どしたの?!
「ふふ…、じゃのう。
そうじゃのう。丁寧に摘まねばならんし急がねばの」
「……そうだな」
何かオレ、ウケをとるような事言った?
ひょっとしてオレは無意識に芸を披露していたとか?
ねぇ、ちょっと、ザジ嬢?!
「課題をこなしてきたのは良いけど……。
人攫いまで摘んでくるとはねぇ」
「あは、あははは……。
小規模ではあるが、結構やらかしてた奴らだったらしいじゃねぇか。
警邏に礼言われたぜ」
「自衛しただけだから怒る事も出来ないのよね」
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