第拾玖話 魔法云々
前世の知識によると、魔法属性と聞いてポンと浮かぶのは地水火風の四大元素。
だけどこの現世だと、地・水・火・風・空・意・識の七大元素が基本になる。
そこから細かい属性分岐が出るの。『水』から派生した『氷』とかね。
その中でもややこしいのは『意』と『識』。
例えば『空』は空間とかの意味だからまだ何とか解るんだけど、『意』と『識』の系統は精神とか神聖とかの系統になるからちょい解り辛い。
ぶっちゃけると『意』は人の心による属性で、『識』は天の意思による属性。
『意』系統はわりと身近で使われてる。
通心器とかに使われてる技術が、この属性から生まれたものらしい。
『伝心』の魔法なんてのあるしね。
『識』は、ちょっと……いや、かなり珍しい。
天の意思とか言われると、真っ先に浮かぶのは神聖術だろうけど、この場合の天の意思は森羅万象の意思であって、神様達の意思じゃないらしい。
これって、神様以外もひっくるめたものだから、結構壮大。
『神霊術』っていう分類になるんだけど、生憎と知り合いには使い手がいないからどういうものかは分からないんだ。
「うむ。神霊術師は確かに存在しておる。
が、人付き合いが悪いという訳ではないが、あまり人前に出たりせんので目立たんというか、その気が無いというか……。」
どう説明したものかと首を捻っているのは、午後の座学の教官。
カッツェ・エルボルというお爺ちゃんの魔法先生だ。
お爺ちゃん先生だ――と自己紹介したんだから、そうなんだろう多分。
いやだってさ、この自称:お爺ちゃん。まず皺らしいもんが見えないの。
それに身長が俺の倍くらいあんのよ。
んでもって、日焼けしてるのか地色なのか、小麦色の肌してて筋肉ムキムキなの。
服も落ち着いた色の半袖チュニック着てて、下は長ズボンにブーツ。
頭だけ見たら、確かに白髪に白い鼻髭の爺ちゃんなんだけど、
この見た目で御職業が何なのか分かったら褒めたるわ。
ぱっと見だったら肉弾戦特化の闘士とか喧嘩屋にしか見えん。そんな独特の気の圧を感じるし。
だけど、魔法発動器とか身に着けてないのに、これでも魔法使いなんだよ。教えてもろても信じれんわ。
全体で見たら、ホンっトに年齢不詳なんよ。
これも魔法の力か? やっぱスゴイな魔法。
「そうよな……。
大きな違いとしては、神聖術と同様に魔力を消費せずに魔法を行使出来る事か」
ようやく該当する表現を思い付いたか、爺ちゃん先生はそう切り出した。
いや、今なんかスゴイ事言わなかった? 魔力消費無しとな?
「ほぅ?」
おやザジ嬢も興味が惹かれたか? いやオレもだけど。
まてよ? そう言えば昔、そんな話をどっかで聞いた事が……。
「確か『魔の矢』を主に使うのが神霊術だった……か?」
そんな話を兄様やら姉様だかが言ってたよーな気がするんだが。
「おお、よく知っておったな。
確かに『魔の矢』は彼らの専売特許だ。
何しろ狙えば必ず当たるし矢数が無制限だしな」
「何と?!」
うわズルいなそれ。
狙った相手には必中で、その上死ぬまで矢を当て続けられるのか。それは酷い。
「無論、制限は多いぞ?
何しろ術が使えるようにする為には文字通り身体に呪文印を刻む必要があるし、その術を行使する為には印を曝け出しておかねばならん。
何より『穢れ』を屠るという使命が課せられるらしいので勝手が効かんときた」
ああ、要は呪文印を入れ墨しておく必要があんのか。
そして術を行使するには呪文印を剝き出しにしてなきゃならないから、「あ、アイツあの魔法が使えるな?」って丸わかりになると。
便利なんだか不便なんだか。
「『穢れ』…とは瘴気の事かの?」
ザジ嬢が挙手をして聞いた。
「うむ。それもある」
「それも、とは……?」
教官が答えてくれことによると、凶悪犯罪も『穢れ』に含まれるとの事。
神霊術者の話によると、世界が生まれた際に散らばった
良くない光を濃く持つ者は存在自体があってはならない『穢れ』であり、滅するのは天然自然の
正義を司るオズワルか、愛と復讐を司るアルダーの神官とかに考えが近い……のかなぁ?
『穢れ』を祓うって言うと神職っぽいけど、何か感覚が違うというか。
あ、お爺ちゃん先生、『屠る』って言ってるわ。
「それは使命感でやるのですか?」
一応、挙手して聞いてみる。
お爺ちゃんは顎髭を撫でつつ、
「いや、どちらかというと自然な流れで、という感じだったぞ?
何というか、こう、何気なく不意にストトと『魔の矢』を連射しておったし」
知り合いにいるんだろうか、何か見た事あるような答え方をされてしまう。
……え? いやナニ、その自然な流れっていう
殺っちゃいました☆的な軽さに聞こえるんですけど。
まさか「可哀そうに穢れちゃってるんですね。楽にしてあげます」みたいな?
「おお、確かにそんな感じだったの。
捕らえて尋問しようとしていたのに、無駄にされたから責めたんだが、
「このまま生かしておけば可哀そうでしょう?」と真顔で返されたしなぁ」
あの、それだと異端審問官やってる狂信者みたいな感じになるんですが……。
……ああ、そりゃウチの身内なら関わらねーわ。
会話ができても意思の疎通が成立できねー奴になんぞ近寄りたくねーだろうし。
「まぁ、ぱっと見でも神霊術師は分かり易いからな。
何しろあいつら全身に隈なく入れ墨入れてるから目立つのだよ。
もし目に入ったら関わらない事を勧めるぞ」
全身隈なく入れ墨て……。
前科持ちだってもっとマシだろうに。
そりゃ、色んな意味で関わり合いになりたくねーわ。
平時にそんなのが傍にいたら落ち着いて物も食えん。
「兎も角、『識』は横に置いといて、地水火風空意の六系統の基本を教える。
といっても術の行使ではなく、術の理論の方だ。
基本の呪文印を理解しているだけでも探索や防犯にも役立つのでな」
お爺ちゃんは早速、何だか真新しい本を広げて黒板に呪文印を描きだした。
製紙技術も製本技術もそこそこ発展してるとはいえ、まさかの作りたての教本か?
スゴイな教習施設。開設に当たって作ったんかい。
「おぉ、基本からというのはありがたいの」
ザジ嬢も楽しそうで何より。
聞いたところによると、彼女は祖父兼師匠と二人暮らしだったので、座学は本当に基本だけしか習っていないらしい。
ずっと一緒にいたから分かったんだけど、この娘って学ぶ事好きなのな。
だから基本から学べるというのは心底楽しんだろう。良き哉良き哉。
まぁ、オレからしても前世の記憶が湧いた所為で、多少なりとも記憶のズレがあるから、基本からなのはマジありがたい。
イヤほんとに。
アレレ~おっかしいぞぉ?
よくある
「まず大地の呪文印からだが――。」
***
***
***
午後の教習を終えて、老教官は詰め所に戻ってきた。
髭面で分かり辛い事この上もないが、纏っている空気に柔らかさが混じっている。
彼を知る者ならば直ぐに、「ああ、機嫌がいいな」と気付ける程に。
「あら、思っていたより早く終わらせたみたいね?」
丁度、茶を淹れていたところだったニケが、そんなカッツェに気付くと彼の分も器に注いで持ってゆく。
勧められる茶を礼を言って受け取ると、直ぐに口を付けて啜る。
熱いが、丁度よく味が出ていて美味い。流石は年の功と言える淹れ方だが、無論口には出さない。
「それで、課程は進んだの?」
担任という事もあり、彼女は感想を問うが、
「いやぁ、それが中々進ませられなくてなぁ。
次回に持ち越しになってしもうた」
と少々意外な答えが返ってきた。それもかなり機嫌よく。
思わず「え?」となるが、事実なのだからしょうがない。
何しろ、
「聞こう、学ぼう、覚えようという姿勢があるから中々授業を進められんのだわ。
基本の呪文印の解説だけで、ほぼ時間使い切ってしもうた」
との事。
内容が内容だけに、もの凄く楽しげに語られるのには呆れる他ないが、気持ちは分かる。
ここ数年、資格だけ取れれば良いという輩ばかり相手に教習を行っていた事もあり、内心では少しばかり燻るものがあったのだ。
確かに唐突に押し込まれる形で開設された初等部だが、いざ始めてみると教え甲斐があり過ぎるくらいで、授業を行う際には自分も楽しんでいる自覚がある。
ネルガスが零していたが、「他の教習生と差別しかねない」というのも納得だ。
「そういえば中食でもめ事が起こりかけてたって聞いたわ」
「ほぅ? 何があった?」
と言っても別段大した事でない。
粋がる若者にありがちな諍いだ。
簡単に言えば、ある程度鍛えた事で少々図に乗った若者らが、あの二人を揶揄っただけの話である。
まぁ、確かに野外実習やらも行っているので実戦に近いものは経験してはいるので多少の自信は持っているだろう。
だが、それでも下級
尤も、幾ら資格を持っていようと、戦闘職でもない者も利用するこの施設の食堂で、殺気を子供に向けるなど論外であるのだが。
話を聞いたカッツェは呆れた声をだした。
「馬鹿らしい。
何なら二人とやり合わせれば良かろうよ。
一度思い知れば二度とそんな馬鹿な事は行わんだろう」
彼から見ても、あの二人は既に実戦に出せる程度に使える分かる。
事実、二人は賞金首を無傷で仕留めているし、来歴には
「何言ってんのよ。
自分らの実力もきちんと理解できてない奴らよ?
あの子らの往なされたら「子供に負けた」っていう烙印しか残らないわ」
「いや、それは自業自得だろ?」
確かにそうなのだが、こんな施設のような閉鎖された場では、そういった噂は思ったよりも速く飛び交ってしまう。
馬鹿がのされた、というだけならどうでもいい。どうせ周囲の声に耐え切れなくなってここを去る羽目になるだろうし、そんな十把一絡げの
が、そんな小さな諍いでも後を引く事が多々ある。
下手をすると今以上に悪目立ちをして、あの二人の教習教育に妙な負担になりえるだろう。
「ふぅむ……。
確かにあの二人なら気にも留めんだろうが、無意味に孤立させるのはなぁ……。」
仲良し小良しを押し付けるつもりは全くないが、あの年齢の子供に交流の機会を失わせるのは流石に気が引ける。
「贅沢な悩みっていうのは分かるんだけどね。
年上っていう強みしかない奴が多いとどうしてもねぇ」
「だなぁ……。」
結局、昼の事もあって、他の教官達と相談して良い案を求める事で落ち着いた。
二人が頭突き合わせただけで出せるものではないのだから。
「……それにしても、珍しいわね?
貴方がそんなに熱心に教習内容考えるとこなんて初めて見たわ」
「ぬかせ。
ワシは何時だって真面目だ」
「どの口が……。」
彼女の毒舌を無視しつつ、器に残った茶を一気に飲み下す。
気が付けばすっかり冷めていたそれは、微妙に渋さを感じさせられる。
まだ他の教官は戻っていない。
野外実習もあるし、皆が揃うのはまだ時間があるだろう。
何か、不思議な沈黙が続く。
いや正確には、外を見やるカッツェの表情に、ニケは言葉を発す事が出来なかったが正しい。
彼のその様子は年齢相応の老いた男のそれであり、彼女が初めて目にした姿だった。
「……そうか。
あんなに……あんなに強く大きく育つとはなぁ……。」
ぽつり、と零れ落ちた言葉には何時もの力が感じられない。
ニケには何を言っているのか聞き取れなかったほどに。
『おい、もうその子も……。』
『うるさいよ!! アンタの言う事なんかもう信じない!!
結局、アンタも同じじゃないのさ!!』
『この子は生きてる!! 生きてんだよ!!
アタシの呼び声に応えたんだ!!』
『もうアンタらなんか信用しない!!
この子はアタシが、がっちり治して生かせてやる!!』
「十年……。
よくぞああまで……。」
カッツェの吐息の様な声は非力で、か細く、誰に届く事もなく空に消えた。
ニケが感じたようにやはりその姿は、老いた物悲しい老人にしか見えなかった。
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