第拾捌話 中食云々
一日三食――という文化はこの世界には根付いていない。
朝食と夕食の二食が一般であり、余裕があれば昼に何かしら摘まむ程度だ。
しかし、やはり肉体労働等の仕事に就いている者は、どうしても身体が滋養を求めてしまう。
よって昼時の休みにしっかりと腹に入れておくのだ。
ここ、ランボルトで教習を受ける者は、例外として昼に食事を行えるようになっている。
何しろ
無論、
あまり生まれの環境が良くなかった者も少なからずいるので、それは食えるというのなら喜んで食べるだろう。
ここの食堂でその日に出される料理の品目は決まっているが、味も良く量もあり、腹も膨れる事もあって文句を言う者はいない。
この施設の教官も食堂を使っており、外に食いに行くより安いし手間が無いと割と好評である。
昼の休憩時間は割と長くとられている為、食事を済ませた者はどこかで休むなり、駄弁ったりしているが大体だ。
食堂の隅を陣取って世間話をしている一団もそういった者達であった。
「お、何か子供が入って来たぞ?」
その集まりの一人が、食堂に入って来た二つの影を見てそう漏らす。
興味が引かれたか、同じ席にいる仲間がその影を目で追った。
二人の子供は配膳台で今日の料理を受け取ると、手近な席に座って食事を始める。
そんな様子を見ながら、
「ああ、例の初等部ってヤツの生徒か」
と理解を示した。
「しっかし……ガキの片っぽはデブで、もう片方はひょろいな」
「いいトコの出なんじゃねぇの?
質の低下がどうこう言ってたし」
質の低下云々の話は教官から洩れていて、
あくまで世間話の一つとして耳にしているだけで、そんなに深くは知らない。
尤も、自分がその低い質の内に入るか否かの際にいるとは考えてもいないのだが。
そんな外野の会話も知らず、二人は喋る事もなくただ黙々と食事を続けている。
今日の品目は、肉の串焼きのと包み焼、メイズの汁物とタマナの酢漬けだ。
メイズというのは、地球でいう
尤も、地球それと違いえらく実が大きく、所謂ジャイアントコーンよりも実がぎっしりと詰まっており、その植物本体の丈も平均四mに及ぶ。
この世界では、その実を主食として扱っている。
地域によっては二毛作が行われている為、その扱いは米に近い麦といったところか。
ここ西大陸は勿論、東大陸でも育てられている植物で、扱いはやはり主食とあって、主に干したものを粉に加工し、それを練って焼いた物を
包み焼は材料は兎も角、味も非常に麦のものに近い。
タマナ、は地球でいうところのキャベツかケールが近いだろう。
色合い的にはケールの強い緑であるが、その見た目に反して癖が少ない為に生食が可能である。尤も、一般的には酢漬けの材として認識されているが。
栄養満点で食いでもあるので、家庭料理には欠かせないものとして広まっている。
そういった物で腹を満たしていた彼らは、休憩時間という暇に飽かせて見慣れぬ子供に注視していたのである。
そんな奇異の視線など知ったことかと言わんばかりに、ただ食事を続ける二人。
飢えてかぶりつく様なものではないが、かといって上品な作法という訳ではない。ただ静かに、噛み締めて食している。
そんな様子をしばらく眺めていた男は、何か形容しがたいイラつきを感じていた。
言いがかりだと指摘されればその通りなのだが、自分らが齷齪と教習を受けているのに、あそこでゆっくりと食事をしている子供らには余裕が感じられるのだ。
それは確かにそうだろう。
男達は半年から一年の区切りに行われる試験で合格せねば資格を得られない上、続けるには延滞料金まで支払わされるのだ。
だが件の初等部とやらの生徒は、四年間もじっくりと時間を掛けて教習を受け、その間の生活も保障されている。
依怙贔屓に思えてしまうのも仕方のない話かもしれない。
無論、言いがかり以外の何ものでもないのだが。
彼らの座学の成績が芳しくない事や、日々の鍛錬で怒鳴られ続けて鬱憤が堪っ要る事も要因なのだろう。
子供相手だから、おそらく自分らに対してのものより優しく教えてもらっているのだろうという妄想も湧いていたに違いない。
そういう
自分らと違い、本当に時間を掛けてゆっくりと腹を満たした二人は、空になった食器が乗った盆を、返却席に運んで行った。
男達の目には、それが余裕そうに映った。
その時、
二人が背中を向けているそんな時、
軽い嫉妬心からか、或いは気の迷いによる悪戯心か、
眼で追っていた男の一人が、つい、
揶揄うつもりで、軽く、
―― 殺気を向けた ――
子供二人がぴくりと反応する直前、丁度ぎりぎりのところで視界が遮られた。
一瞬、ぎょっとするが、その背は見知った男の背中。
最近、ようやく見慣れた戦闘教官の一人であるネルガス・アクバルのものだった。
「ほら、遊んでないで次の時間に備えな。
次から魔法授業だろう?」
自分らに背を向けたまま、彼は二人に休息を促せた。
その言葉に何かしら返事を返したようだが、こちらにはよく聞こえない。
おそらく了解の意を伝えたのだろう、二人は大人しく教官の言葉に従い、肩を並べて食堂を後にした。
周囲に残っていた他の教習生らも、驚いてこちらに目を向けている。
ただ悪戯心が湧いてしまったからの不始末だが、何故だが不思議な緊張感が漂っていた。
その理由が分からず首を捻っていると、ネルガスがズカズカと歩み寄ってきて、パンっと彼の頬を打った。
いきなり張られた男は理解できず、ただ痛みに頬を抑える事しかできない。
ただ、ネルガスが本気で怒っている事だけは分かった。
「やっていい事と悪い事の区別もできないのか?」
「いや、それは…。」
「資格を取りに来て、下らん遊びに
「……。」
ネルガルはそんな彼に背を向け、折角食事に来たというのにすぐに食堂を出て行ってしまう。
残された若者たちはただ茫然とその背を見送る事しかできなかった。
その心にしこりを残したまま……。
危なかった――
本当にぎりぎりだった。
ネルガスはしばらく歩いて、ようやく肩から力が抜け、溜息を吐く事が出来た。
もし、自分があの場に出くわさなかったら。
もしあの時、間に割って入っていなかったら。
あの子供。
ダインとザジの二人が、用心深く持ったままでいた肉の串が、あの若者に向けられていた事だろう。
あの二人にとって、軽い牽制。
だが余人にとっては奇襲ともいえる反撃。最悪、あの若者の眼が貫かれていたかもしれない。
それに、心身を鍛えぬいている二人だからこそ、自分が割って入った瞬間にぴたりと手を止められたのだ。
よりにもよって傭兵育ちとナギラの民に、あんなへろへろの殺気を向けるとか、手の込んだ自殺行為だとしか思えない。
確かにあの二人は、見た目は普通に子供である。
ダインは太っているように見えてしまうし、ザジは華奢な小娘に見えてしまう。
戦闘特化に肉が付いているとか、種族的にあらゆる密度が違う等と、そこらの者では想像もできないだろう。
だが、それでも――
「これは、会議ものだな……ったく!」
あの若者の行為は軽率であり、迂闊としか言えなかった。
彼は食事をし損ねた事も相まって、不機嫌そうに教官室へと歩いてゆく。
折角開設しても、依然として問題は山積したままである事を再認識させられた一件であった。
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