第拾陸話 神話


「さて、二人は世界で信仰されてる神様の名前は全部知ってる?」


 担当教官であるニケがそう質問を投げかけると、


「確か『大地と虫の女神スカラド』、『水と魚の神セリシス』、

 『宵闇のララディ』『風と旅人の神ラクシー』……」

「『怒りと正義の神オズワル』、『日輪の女神アステス』、

 『愛と復讐の女神アルダー』。あと何かあったかのぅ……」


 と、二人は若干戸惑いつつも答える。

 七柱しか答えていないが、それでも知識としてよく知っている方だ。


 座学として使われる事となったのは、最初に三人が顔を合わせた正にその部屋。


 初日は部屋と各施設を案内してもらい、次の日から本格的な教習となった。


 とはいえ特別に変わった事をする訳ではない。

 基本に忠実。素振りと走り込みだ。

 きちんと身体を整えてさえいれば、いざという時にも対応できるというもの。

 これを疎かにする者ほど後々になって嘆く羽目になるのだ。

 

 尤も、その辺りは二人とも理解しているらしく、文句も言わずに真面目に黙々と続けている。

 走り込みのペースも指示通り、早くしたり速度を落としたりさせ、壁に向かって全力で駆け、やや速足程度で戻らせたり、また逆の調子で走らせたりと様々。

 

 まず、生き残る事。

 無意味に死ぬ事ほど愚かな話はない。

 その為の走り込みだ。

 

 無論、やはりその辺りは二人とも良く理解しているようで、


「安易に死を選ぶと殺される(迫真)」

「生きていてこそ浮かぶ瀬もあるもんじゃしの」


 若干一名、妙な回答があったがそれは兎も角。


 代り映えのない鍛錬だというのに、この年頃の子供には珍しく慎重な様で、本当に真面目に反復を続けていた。


 当然、運動に加えて座学も行う。


 その日は午前から座学を行う事となり、朝に集まる部屋に机と椅子を持ち込んで、ニケは授業を始めたのだ。



 二人が答えたのを聞き、彼女は半分くらいは知っているのねと感心した。


「その七柱以外に『火と鎚の神ビュウル』、『生命の神ルサルカ』。

 余り知られてない神様なら、博打打ちに崇められてる『幸運の風アンテギア』。

 滅びた神『熱無き光ズワン』。殺害された創造神『無垢なるエル』とかね」


 ダインは火と鎚の神は知っていたのだろう、思い出して合点がいった顔をする。

 反対にザジは五神は知らなかったらしい。

 生命の神は兎も角、火と鎚の神ビュウルを知らなかったのは意外である。


「二人は何か信仰してるの?」


 そう問いかけると、


「オレは風と旅人の神ラクシーを一応……」

「儂はアステス様じゃよ」


 と、自分が信仰している神の名を告げた。

 二人とも聖印までは持っていないらしく、崇めてはいないが信仰はしているらしい。


「あらま。分かり易い」


 傭兵はアンテギアかラクシーを崇める者が多い。

 そしてナギラはアステスを崇める者が多いのだ。

 正に例外に漏れずである。


「この世界の創世は聞いた事あるかしら?」


「触り程度なら」

「儂も、昔ばなし程度じゃのう」

「じゃあ、簡単に教えておくね」


 ここで、何で? という反応はない。

 突然神話を話すと言われて鍛錬はどうするのかという不平不満を持つ者は多いのだが、やはり二人には普通の子供らしさを余り感じないが。

 とはいえ、それに対して文句なぞ無い。


 教鞭を執る者としては、学ぼうという姿勢を持つ子は嫌いではないのだ。


「まず、無垢なるエルが闇の中にいた頃――」



 世界は混沌の只中で、何もかもが存在し、何もかも存在しない空間だった。

 そこにある時、光が混沌を引き裂いて訪れた。

 光の名はズワン。

 温かみのない、ただ光を振るう神。

 

 混沌が闇と別けられた事で常闇が生まれ、

 世界に上と下、天空と大地が生まれた。

 そして常闇はララディとなった。


 その切裂かれた闇の中に在ったのは一人の大きな美しい女神。

 女神の名はエル。無垢なる神。 


 ズワンはエルを目にし、その美しさに心を奪われ襲い掛かった。


 しかし無垢なるエルは何が起こったのか理解ができず、ただただ迫りくるズワンに恐怖し、走って逃げた。

 彼女が大地を走って逃げた事により、踏みしめられた大地からスカラドがうまれた。


 ズワンはエルを引き倒すが、彼女は泣いて嫌がるのみ。

 流れ飛び散った涙は大地に沁み、その涙から水が生まれ、セリシスとなった。


 絶対的に拒否をするエルに対し、ズワンは激高。

 そのままエルを絞め殺してしまう。


 この時、逃れようとしたエルの身体から命が抜け、ルサルカが生まれた。

 次にエルの最期の吐息からラクシーが生まれた。


 周囲の混沌の中、この理不尽な行いを見ていた常闇の中から怒りが湧き、エルの口から流れ出た血潮と混じりオズワルが生まれ、ズワンに襲い掛かった。

 次にオズワルの怒りに反応したエルの心臓からアルダーが生まれ、害された事に対する憤りを力に変えて、これもまたズワンに襲い掛かった。


 三神の激しい戦いの火花からビュウルが生まれ、アルダーの復讐心と、オズワルの怒りを見て是を見、ズワンに非ありと感じ二神に加勢する。


 しかしズワンは三神がかりでも怯む事無く抵抗を続けた。


 それでも攻める手を緩める事もなく果敢に戦う三神に対し、常闇は僅かばかり知恵の力を貸す。

 ララディの指示の元、スカラドが塵を産み、ラクシーがそれを舞わせる。

 塵は上手い具合にズワンの目を塞いだ。


 その間にセリシスが三神の傷を洗い清め、ルサルカはその傷を癒した。


 ズワンは急に目が見えなくなった事を理解できず、無意味に暴れ常闇を蹴散らす。

 その散らされた欠片からアンテギアが生まれた。


 アンテギアは生まれた経緯からズワンを酷く嫌っており、彼が持つ運を引き抜いて他の神々に分け与えた。


 これにより運の尽きたズワンは三神に打ち取られ、神々はその魂を粉々にして投げ飛ばした。

 これにより、天に星が生まれた。


 残ったズワンの輝く身体を使い、ルサルカはエルを蘇らせようと試みる。

 しかしエルは蘇らず、代わりに娘が生まれ落ちた。


 ズワンはただ光るだけで温かみはなかったが、娘はルサルカによって命を与えられた為に熱を持っていた。

 しかし、その命が強すぎるのか、大地スカラドの上にいると彼女が焼けてしまう。

 ズワンの様な真似はしたくなかった娘は天に上り、空から皆を見守る事にした。


 そして娘は日輪となり、アステスを名乗った。

 お陰で温かい光が世界を照らし、世界に魔力が満ちるようになった――



 「ざっくり言うとこんな感じね」


 それぞれの教会なり、宗教関連の本を読めばもっと詳しい事は分かるだろうが、今は神々の生まれた経緯を纏めた話を語っただけだ。

 色々と端折られはいるが、間違っていない。


 そんな話を聞き、少年少女は微妙な顔をしていた。


「何というか……えらく俗っぽいな。

 野盗の下っ端のような」

「どちらかというとケダモノではないか?」


 後先考えずに美女を見て襲い掛かり、殺害した挙句に家族に仇討ちされて死んだ。

 世間でも時々起こる事案だ。

 余りに俗っぽいので分かり易いのは良いが、反応に困る。


「まぁ、今話したのは本当に簡単に纏めたものだから、もし詳しく知りたいなら研究棟に図書室があるから覗いてみればいいわ。

 大事なのは、其々の信者の立ち位置ね」


 確かに。

 と、二人は納得した。


 戦いに関係ない…とは言えないのだ。

 何しろオズワルとアルダーは生まれた経緯と、司っているものから分かるように犯罪者を取り締まる者が良く信仰している。

 罪を見張る、という意味でアステスも犯罪を取り締まる仕事に就いている者もいるが、やはり前の二柱が圧倒的だ。


 そんな三柱の中で特に恐ろしいのはアルダーを信仰している者で、愛と復讐を司っている事からも分かるように、犯罪者に対し……特に性犯罪者に対して情け容赦がない。

 何しろ教会に置かれている女神像には必ず巨大な斧が握られており、神官や信者はそれを倣い神聖武器として戦斧を使うくらいだ。

 信者は基本、他者の幸せを願い、恋人たちや夫婦の幸せ貴ぶという性根をしているのだが、それを害する者に対しては激しい憎悪を向ける。

 無論、是非を問う事くらいはするが、相手方に非があったと確認出来た場合、下手をすると即首を飛ばす。

 犯罪者側からすれば、憎悪で戦斧を振るってくる悍ましい狂戦士なのである。


 ダインからすれば見慣れた姉達がする光景であるが、下手に一般人が目にすればドン引きする事は間違いない。


 こういった事もあり、狂信者とまではいかずとも、強い信心を持つ者に対しての接し方はよく考えねばならないのである。

 使う言葉に気を付けなければ、相手をただ怒らせ諍いや軋轢を残すだけで終わってしまう事になりかねないのだ。


「という訳で、警戒しなきゃいけない宗教に、使っちゃいけない言葉を教えるわよ」


 人と付き合うコミュニケーションというのは、本当に大変なものなのである。


 宗教絡みは特に――




***

***

***



 うーむ……メンドイ。


 いや、前世に比べりゃ絶対的にマシだよ?

 だって異教徒め! なんて思考が無いんだもん。

 皆が皆してウチはウチ、他所は他所って割り切ってるんだから。


 だってさぁ……神官になれるのって本人の実力なんだよ?


 ほら、前世の歴史とかならであったじゃん。派閥争いやら家柄によるやっかみ云々とか。

 だけど、神聖魔法って本人にその才能と経験が無かったら全然使えないのよ。

 それに司祭とかの位になると神様から御言葉が伝えられたりするらしいんだ。

 更に教義に反したららしいし。


 神様達がしてたら、そりゃ間違った方向に行かないわ。

 まぁ、それが足枷になって文明が進むの遅いんじゃね? って気もするけど。


 あの神話も何て言うかさぁ……どっかで聞いた事ある話ギリシャ神話で人間臭いというか俗っぽいのな。ナニやってんの光の神……。

 そりゃ、光系の魔法は聞いた事あっても、神聖術じゃ聞いた事ねぇ筈だわ。

 光の教団なんぞあったとしても忌み嫌われるわな。


 それにしても宗教的視点からすれば、熱を持たない光は悪かぁ……。

 この分じゃあ、白熱灯みたいな灯りは生まれても、前世で便利だった機械光LED灯とか生まれないんじゃないかなぁ。

 

 考えてみたら、実家でもランプとか普通に使ってたし。

 魔法で灯りを出せるけど、兄姉達も調節が面倒で読書にゃ使えんって言ってたっけ。

 魔石使った灯りとかもできてないらしいし、変なトコだけ不便なのな。

 下水処理とかは異様なほど進んでるのに。


 そういえばザジ嬢はやっぱアステス様信仰してるんだなぁ。

 あれかな? お天道様が見守ってるから背を向けるような生き方をしないように、とかそういった理由なんかな?


「…おぉ、良いな。その言い回し。

 うむ。確かにそれは戒めになるのぅ」


 あ、あれ?

 信仰してる理由、違ってたの?

 何かやたらうんうん頷いて満足気にしてるけど……。

 本人が満足げだからよいのか…な?


「して、そちらは」


 え? いやオレの方はそっちよりもっと深い意味もないよ。

 前のオレは、現実から逃げ出したいから、とかそんな気持ちがあったよーな気がする。

 何しろ自縄自縛で自分から雁字搦めにしてたからなぁ……ああ、黒歴史がイタイイタイ。


 だけど、今はちょっと前向きなんだよ。ほんのチョットだけど。

 

 だから強いて言うなら、


「無意味に自分を縛る枠から外れる為…だな」


 だから前向きに進むから見守っててねー……。

 そんな感じ。


 神聖術は適正ないっぽいから頼れないし。

 頼れたとしても、それはそれで前のめり倒れるだけで終わりそうなんよ。

 倒れるだけで進めないしね~。


 え? 白兵に絞った方が楽だから選んだんじゃねぇかって?

 い、いや、そんな気はちっとも……無い……よ? ウン。


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