第拾伍話 狩猟人:初等部・下
書類は目にしていた。
傍目には流し読みのようでいて、ちゃんと隅から隅まで頭に入れてはいたのだ。
しかし、理解が足りていなかった。
教育を舐めるな等とどの口で言ったのか。
何の事はない。自分だって相手を子供だという枠に嵌めて想像していたのだ。
その時点で侮っていたと言える。
初対面を飾る部屋の中、二人は待っていた。
初等部の顔合わせだというのに、部屋に二人しかいない事に疑問もあっただろうのに、慌てるでもなく、静かに、ただ立って。
部屋に入る前にすでに気付いていただろう。
そんなに気配を消してはいなかったが、それでも二人の視線先にこちらを向いていた。
まず姿勢が違う。
態度云々よりも前に、立ち姿勢が尋常ではない。
二人とも、身体の軸が芯を通した様に綺麗に整っている。
極自然体でいるというのに、
普通に会話を交わしていてもそれはぶれない。
こんなの狩猟人の中級者以上でもない限り見た事が無かった。
普通ではない。
普通に生きていてこうはならない。
かと言って、言葉を交わした感じでは二人の心に異常な点は見当たらない。
二人とも対応は年齢不相応だが、感性は若く年相応の様に思う。
どちらかと言えば善性なのだろうと分かる。
分かるのだが、しかし――ナギラの民はまだいい。
だがこの少年は何だ?
どう育てればこうなるのだ?
***
***
***
でっけー門をくぐって、でっけー運動場を越え、
でっけー建物の中に入ったオレら。
語呂が馬鹿に見えるって?
しゃーないやん! ここは
兎に角広い。建物自体はそう高くはないけど、何かしら専門の棟に分かれてるようで、横にびろんと広いの。
屋根は…赤茶けた板瓦かな? 建物自体は街の外壁と同じ材質に見えるな。ホントに何だろな。この材質。
建物の正面玄関の扉は開け放たれているから、ただ中に入るだけ。
ふと目を向けると、扉は色付き硝子で大樹が描かれてた。扉と同等の厚みがあるか丈夫そう。
あ、この世界も硝子あるよ。念の為。
材料は水晶だけどね。
前と同じ人がいたから、直ぐに受付してもらって、教えてもらった部屋に二人仲良く向かったんですけども……こっちも遠いなヲイ。
この建物の奥やんけ。
武器と荷物を受付で預かってもらい(案の定、ザジ嬢の荷物の重さに驚いてた)、言われるがままに進んでゆく。
床は木造。歴史を感じる木の床だけど、不思議と歩いても軋みは感じない。
凄い丁寧な建築なんだろうか。
玄関の案内図で、其々の棟が科目別に分かれている事は理解した。
戦闘関連の棟はちょっと離れてるみたいだ。煩いからかな?
お陰で本館― で、いいのか?― は、静かだ。
ちょっち緊張してもーてたのか、ザジ嬢に話しかける事もなく、奥の部屋の前に辿り着く。
そこにあったのは、取って付けたような…とまではいかないけど、何か微妙に新しく見える木目の扉。
いや、ホント新しいんじゃね?
何というか、新しく部屋造りましたーと言わんばかりに違和感あるんですけど?
兎も角、軽くノックをして反応を待つ。
……反応、なし。
まぁ、気配も無かったし無人ってのは分かってるけど念の為ね。
蝶番の見て引き戸って分かるから、
……良かった無人だよ。
一応、念の為に天井とか見るけど――居ないな。これまた新古っぽい釣り燭台があるだけだった。
いや気配消して張り付いてたら困るから一応ね。
普通、そんな奴いないって?
いたんだよ。ウチんトコじゃあ。抜き打ち、とか言われましてネ……。
兎も角、部屋に入って待ってるとしよう。
スゴイ、殺風景です……。
空き教室の見本みたいなのな。
外側の壁に窓あるけどそれだけだよ。
壁にしても張り紙一つない。
強いて言うなら釣り燭台の巻き取り機があるくらい。
出入口一つに、窓があるだけってホント殺風景なの。
コレはあれか?
出入り口が一つしかないのは反応を図る為か?
ふははは…出入り口を塞いだぞ! さぁ、どうする?! とか、そーゆーの。
『お前は何を言ってるんだ』って?
そういう事されたら分かるよホント……。
どーするもこーするも、武器も荷物も受付のとこに預けてるし、二人して無手だけど、特に気にならない。
つか、こういう施設で馬鹿やったらホンマもんの馬鹿だからね?
だけどついこの間、そういう馬鹿とっ捕まえたしなぁ。
いやしかし流石にこの施設内にまでそんな
そうウンウン悩んでいると、何か人がこっちに近付いてくるのが分かった。
当然ながらザジ嬢も気付いてたようだから、二人してドアが開くのを待つ。
すると左程の間を置かず、
「お待たせーっ!!」
と、元気よく茶髪のねーちゃんが現れた。
ちょっと驚いた。
何が驚いたって、我が
ちょいと尖ってる耳からして、Elf…じゃなかった、
ますます
「これから君達の基本教官を務める、ニケ=ラグシア。
ラグシア先生と呼んでね」
そう人の良さげな笑みと共に自己紹介してきた。
……うん。アレだ。
やっぱりクリソツだ。
挨拶で値踏みされてる。
だが、幸いにしてこういう輩には慣れてしまってるオレ(涙)。
どう対応するかは骨身に染みている。
「ビカルディ出身。ダイン=シー・ザイン。
ラグシア先生。これからよろしくお願いします」
と、半ば空気を流しつつ短く返答して見せる。
戸惑ったらアウトなのだよ。
「ザギ・ナギラ出身。ザジロニア・ロギスじゃ。
何ぶん田舎者故、面倒を掛けるやもしれん。
宜しくお願いしますぞ。ラグシア先生」
ザジ嬢も綺麗に自己紹介をしている。
まぁ、何だかんだで礼儀にうるさいとこもある民族だしなぁ……その分、身内に入れられるとめっさ砕けるんだが。
……あれ、待てよ? ひょっとして、オレ身内扱いされてる?
「うん。良い返事ね。
まずは二人の
あれ? イキナリ?
ひょっとして、オレが戸惑ってる間に何か説明とかされたんか?。
いや、ザジ嬢も一瞬首をかしげてた風に見えたから、やっぱりイキナリなのか。
思い付きで行動してるとしか思えんとこも似てるなぁ。
皆元気にしてるかな。いや、元気だろーなー間違いなく……。
等と軽く郷愁の念にかられつつ後ろを歩いてゆくと、建物の南側に辿り着いた。
所謂、校舎裏だね。ここ。
やっぱり教習所ってくらいだし、外に出たら、どっかの棟の戦闘訓練の音か声がそこそこ騒がしい音として耳に入る。
勿論、いちいち音の出どころ探る気なんてないから、聞き流すだけね。だいたいは分かっちゃうけどさ。
だけど、そんな喧騒から遠いここにはオレら以外いない。
施設の外壁よりのとこに、でんっとこれまたでっかい木が生えているだけで、あとは打ち込み用の案山子が…十ほど立てられている程度。
ああ、つまりここは練習場の一つか。
しかし、この木何の木? 気にな…りはしないけど、見知らぬ木だなぁ。
樹高に対して幹が異様に太すぎて、何とも不釣り合い。
葉ももっさり茂ってるし、何よりそんな姿勢で大丈夫か? と問いたくなるほど枝が横広くて、施設裏の練習場周辺を思っ切り影にしとるやん。
いや、陽光がキッツイ時には「大丈夫だ、問題ない」と大助かりだろうけど。
その葉っぱは……普通の木の葉型だな。そんなに大きくない広葉樹だ。
あかん。今世の知識の中でもこんな木の名前かすりもせん。
で、この木に見守られながら何をすればよろしいので?
先生はやって来たドアの近くにある倉庫(あったの気付かなかった)から、適当な二本の木剣を引き抜いてこっちに…投げてきた?!
ちょっ、先生! あぶなっ?! オレが慣れてなかったら(泣)どうーしてくれるんスか?!
「んじゃ、ちょっと素振りしてて」
え?
そんだけ?
その大雑把さ、ホントにウチのモンと似てるよなっ!!
***
***
***
――あえて、
あえて何回振ればよいのか告げずに行わせる。
素振りでもって体幹を整えるのは基本中の基本であるし、何々回振れば由と先に告げておけば、その回数に固執して形が御座なりになる事もある。
かと言って告げなければ、頭の中で「何時まで続ければ良いのか」という雑念が入る事が多い。
だからどう対応して振るのかを見る為、あえて告げずに振らせて力量を図る事にしたのであるが……。
やはり、ぶれない。
二人とも、一回一回にきちんと筋を通している。
だからと言って我武者羅に振るような、無駄な力みもない。
憎い相手を思い浮かべて振る者もいる。
倒したい相手を幻視して振る者もいる。
獲物を狩る為、力を付ける為に振る者もいる
犯罪者と戦う為に、負けない為に振る者もいる。
しかし、二人にはそれが無い。
だからといって志が無いという振りではない。
雑念が無いのだ。
雑念が無い為、無駄な力みが無いのだ。
言うなれば、ただ磨く為。
己を高める為、恰も自分から無駄なものを掻き出すが如く振り続けている。
百や二百は最低でも振らせようとは思ったが、無駄だ。
二人は言わずともそれくらいは普段でもやるだろう。
この振りを見れば分かる。
だから、見せてもらう事にした。
「はい、最後! 三本打ち!!」
思わず声に力が入ってしまったが、感情は知られていないだろう。というより、気にもしないだろう。
三本打ちを告げた瞬間、今まで同様に。
そして今までで、より凄まじい気迫を持って三本打った。
その時――
少年の最後の一本が、くぉんっと甲高い音を立てた。
打ち終えた二人は汗みどろになっていたが、少年は満足がいっていないのか、己が木剣をやや不満げに見つめ、
少女は、そんな少年を――
やんわりとした笑みで見つめていた。
***
***
***
うん。木の質からしてオレが買った
え? これ勝手に使っていいの?
だったら買ったの無駄になったやんけ……。
ケチ臭いって? 倹約家と言ってくれ。
お金って稼ぐの大変なんだぞ? 泡銭は入ってるけど……。
まぁ、兎も角だ。
この素振りで何かしらオレの粗を見られた訳だが、どないでっしゃろ?
いい線いけます?
ナマ言うなって? サーセン。調子こきやした。
幸い、ウチの家は超人揃いだったし、同期にザジ嬢いるやん? 調子いたりする余裕なんて無いっスわ。
調子に乗り上げる前に凹まされて終わるっての。
かと言って、アカン! 絶対勝てん! 負けた。がめおべら……と燻る事はしない。
上見ても下見てもキリがないのは理解できてるしな。
焦ったら、こないだ迄のオレと同じく空回りするのは確実っ。
だからボチボチ踏みしめつつ行くしかないのだよ。
まー最前線におっぽり出されるよかマシだし。
生存戦術を鍛えていきますん。
「じゃあ、二人に使ってもらう部屋に案内するわ」
何故かやや声の
……あれ? 早速何か仕出かしたか?
内心、わたわたしてたけど、ザジ嬢が待っててくれてたから、考えるのは止めてすぐに付いて行く事に。
そういやぁ、持ち物も預けっぱなしだったな。
寮みたいなとこ入れてもらえるんなら、とっとと荷物もって部屋に行くとしよう。
何でさ?
「ほう。中々に良い部屋の様じゃの」
いや、確かに良い部屋だよ?
横長の広い部屋で、奥行き三m、横幅六mはある。天井も割と高いし。
寮じゃなくて、本館の二階っていう点を除けばかなり良いんじゃないかな。
位置的に寮の共同浴場にも共同食堂にも近いし、
ウン。良い事尽くめじゃないか。
良い事は良いんだけどさ……。
なんでザジ嬢と同室なん?
いや、絶対に嫌っという訳ではないんだ。
無いんだけどさ……。
ホント何でなの?
「何故も何も……。
普通、孤児院だったら巣立ちまで雑魚寝が普通だし」
――そーでしたねっ!
確かに孤児院なら十五になる年まで雑魚寝が普通。
で、
更に、今回は設立された初等部には、オレらのような十歳過ぎのおこちゃまが入る訳だけど……まぁ、普通の御家庭の子供が入る訳ないですよねー。
だから雑魚寝前提で部屋が用意されたと……。何てこったい。
男女七歳にして――なんて諺、こっちには無いんだよなぁ。
まぁ、幸いに部屋の左右に一つづつ寝台があるし。一つの敷布にくるまって寝ろとか言われるよかマシか。
「……敷布に非生産的な染みが付きそうだ」
と、溜息と共にボヤキが零れてしまう。
先生とザジ嬢に爆笑されちった☆
チックショーメっ!!
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