第拾肆話 狩猟人:初等部・上



 ようやく……よーやくである。


 王都に来てこの二週間。長かったーっ。

 いやマジに。

 濃密だったというかか、薄っぺらいというか、判断に困るけど。


「良い日和だの」


 と、ザジ嬢は朗らかに笑ってる。

 あのね、オレの心労の十割はキミが原因なんだからね?


 ……無視っスか。

 あ、オレごときの眼力メンチビームなんぞ知れた事無いっスね。サーセン。



 なんやかんやで王国に着いて、ごっつしんどかったから、警邏の人にお勧めの宿聞いて直行した泊まった次の日。

 早速、手続きしに施設に行ったんだよ。

 でもやっぱ、決められた日にちでないと受け入れ態勢出来てないからアカンと仰られるんですわ。


 まぁ、アレだ。

 初っ端の事件や道中の一件で小金持ち……と言うには多過ぎる感もあるけど、とにかくお金あったんで、別に何泊したって気にもならなかった。


 前日泊まった宿はお勧め通り当たりの店だった事もあって、その宿に引き返して二週間滞在してた訳さ。


 うん。二週間。

 因みにザジ嬢と一緒。おまけに部屋まで……。


 いや、羨まけしからんとか言うなよ?

 初日は心労やら何やらで、宿の親父に「二人部屋しかないが別にかまわんだろ?」 とか聞かれても「一向にかまわん」としか返事返せなかったの。

 そのまま流れでズルズルと連泊に……。マイッタネ


 確かに宿はお勧めされるだけあって実に良かったよ。


 食事の量も多いし、敷布も掛布も毎日とっ代えてくれるから清潔だし。

 店の親父さんは、頭禿げてたけどドワーフみたない髭がもっさりあって、そのくせ愛想も良かった。

 あ、この世界的に言えば岩の民ドワッジね。一応この方は、ドワッジではないらしい。


 看板娘さんも、ふわっとした赤毛を手拭いで姉さん被りに纏めた、二十代半ばくらいの美人さんだったし。


 ……夫婦って聞いた時はびっくりしたけどな。


 確かにこの世界じゃ年の差婚はあんま珍しくないけどさぁ。ぶっちゃけ親子にしか見えん。

 しかし、この世界にも幼な妻という概念はあるけど、Loliという言葉はないの。あれって大元は人名だから当然だけど。

 因みに結婚十周年越えてるらしい。親父さんェ……。

 

 ま、まぁ、兎も角。

 この王都西区の中央にほど近い、十字路の一角にあるその宿で寝泊まりしてた訳さ。


 宿の名は《襲歩ギャロップ亭》。跳ね馬の焼き印が押されている木の看板が目印。

 結構目立つその看板のお陰で真っすぐ来れたよ。


 一階が食堂兼酒場で、二階で寝泊まりするよくあるやつね。

 お陰で夜は下が煩くて寝辛かったけどなっ!

 食い物美味かったから文句言えんけど。


 ザジ嬢によると、酒も良いの置いてあるとの事。

 この娘、当然様に飲んでたし……。


 こういう店は東区の外れだけで十件はあるそうな。

 だから南区、北区、西区も合わせたら、宿の数だけでもびっくりするほどある事になる。

 あ、中央区は別な? お偉いさん貴族達、君主国王様の御座すとこだし。

 客を泊めるとこも『宿』じゃなくてだから数に入れられねーの。


 ほんと、王都くっそ広いのな……。


 流石に時間があり過ぎるからどうしようかと思ってたところにザジ嬢から、


「折角じゃ。

 ここは一つ、暇に飽かせて近場を冷やかしてみるのはどうかのぅ?」


 という提案が出たのよ。

 下手こいて死合する流れになったら困るから、あえてその提案に乗って、彼女に付き合って毎日ぶらついてたんですわ。


 一口に何々区とか言っても、其々の面積はくっそ広い。

 半分以上は農耕地であるんだけど、その畑とやらは商店街からは遠過ぎて見えないの(震え声)。

 ここ東区は別の大陸と輸出入したものの売買もあるし、何より生活圏の維持もあるから、やり取りしやすい大手門近くにある。

 だから農耕施設もそんなに遠くにないんじゃないかと思ってたんだけど、実際はオレの想像してたよりずっと遠くにあるらしい。

 思い出してみたら関所で鳴いてた家畜らも、馬車の馬を交代させてどっかに連れていってたなぁ。どういった理由があるのかまでは知らんけど。 


 で、他にも居住区もあるんだけど、それはオレらがうろちょろしてる東区の端よかずっと離れてて、そこを地元として発展させながら生活していってるらしい。

 街の中を開拓て……。


 そりゃ国一つ分のサイズがある街だし当然なんかなぁ。

 規模がデカすぎて眩暈がするわ。


 あの宿の親父さんが言うに、東区はこの王都の中では中央区に並ぶほど前――かなり初期の頃に開拓が終わってて、今は発展していってる最中なんだと。

 お陰で流通が整ってるから、いざこざも起き難いらしい。

 

 確かになぁ。表通りに繊細な細工物売ってる店があったり、果ては魔法具店まで軒を並べてんだもんなぁ。

 ウチの方ビカルディじゃ、魔法具はもっと目立たないとこで品売ってたぞ。


 まぁ、だからと言って今はまだ欲しい魔法道具なんてモンはないんだけどさ。

 寮住まいになるらしいし、着替えやらの日用品の方がほしかったんだ。


 大抵はザジ嬢と食べ歩きで終わったよ。

 うん。まぁ、それなりに楽しかったかな。ザジ嬢、美少女だし。


 特に団子屋が良かった。結構安いし、甘辛のタレが素晴らしい。

 何か前世的に食べたことある味みたらしとか、五平餅のよーな気がするんだけど、思い出の補正かなぁ。 


 そんなこんなで、のほほんとお上りさん続けてた訳さ……広場を見つけてしまうまではね(涙)。


 宿からね、程よい近さのとこに広場ありやがったのよ。


 所謂、青空市的なものやったり、祭りとかの催しに使うトコらしいんだけどさ、普段は子供らが遊び場なんかに使ってる空き地なのよ。


 まぁ、なんだ。

 流石にね、鈍ったら家族に申し訳立たんし、何よりオレが嫌だったの。

 ただごろごろしてるだけなのもアレだし、ここなら素振りとかできるなぁ…なんてコト考えてた訳ですよ。


「ほう! 良いな!」


 どーも口にしてたみたいですわ。マイガーっ!!

 いや、素振りだからね?! 野試合の"の"の字も言ってないよね?!

 それともナニ?!

 オレは知らん内に「ここで死合うのも一興」とかほざいたとでも?!


 いや、そこまでウッキウキな目で見んでも……。

 だから、ほら。身体動かして軽く汗をかく程度でだな。


 え、ええと……。




 今日までトータル二回の死合で済みました。オレ、ガンバッタヨ……。


 素振り用に買った木剣、二本折れました☆

 お金がけっこう余ってるとはいっても、勿体ねー……。

 また買いなおしだよ。支給してくれるかなぁ……。甘いかな?

 木剣といっても、一応戦闘できる程度には丈夫だから、そこそこの値がするんだけどなぁ……。


 因みに、この世界の貨幣は一般に出回ってるのは石貨と銀貨と金貨。

 一般人は石貨でやり取りするのが普通。ちょっと面倒だけど石貨百枚で一銀貨。

 百銀貨で一金貨。

 あと、大店とかが貿易なんかで大金のやりとりの場合は、一枚で金貨百枚分の価値のある水銀貨が使われてたりする。


 この貨幣、円形じゃなくてやや長方切手みたいな形。

 大きさは、指の第一関節よりちょい小さいくらい。

 全部それくらい。

 ただ、石貨なんかにしても元の石が何なのか不明な黒みがかった赤い銅色石で、尚且つ細かい細工がしてあって、偽造ができないようになってる。

 銀貨にしろ金貨にしろ、色こそそれだけど硬度が明らかに違うし鉄より硬い

 あと、水銀貨ってのは銀色の水晶で、それを加工したのが貨幣として使われてる。

 因みにコレ、貨幣以外には使われていないらしい。


 オレ達、流石に水銀貨はないけど、金貨はけっこう持ってんだよなぁ……(震え声)。


 石五十で串団子三本買えるんだから、何本食えというのか。いや団子に限らんでもいいが。

 剣ですら数打ちなら銀貨で事足りるんだよ。どうしろと?


 逆に良いものとなると手持ち金貨じゃ足りないけどなっ。

 尤も、仮に買えたとしても今のオレじゃあ武具に使だし。


 今持ってる剣が思っていたより安かった(らしい)けど、これが一番しっくりくるし。結局、大金はほぼ使う事もなく持って歩く他ない。



 という訳で、無意味に懐具合が潤沢な状態のまま、オレたちはやっと狩猟人バンカー育成機関である《ランボルト教習所》の門をくぐったのであった。


 この前来た時に思ったけど、ここもデカイなぁ……。




***

***

***


 

 ランボルト教習所。

 それは、西大陸の国々の共同出資によって運営されている狩猟人バンカー育成機関である。


 始まりは約五百年ほど昔――

 力ある者達が勝手気ままに魔物や獣を討伐し、価値ある部位や毛皮を市場を考えずにあちこちに流して回ったり、資源を巡って度々諍いを起しては無関係な者まで巻き込むという問題に、各国の主要人物たちは頭を抱えていた。

 仕舞いには金目の物を求めて国を跨いで移動する集団すら現れ始め、魔獣災害に加えて人面獣心の集団にまで意識せねばならない事態となり、ようやく国々は重い腰を上げ、国が手を結んで事に当たる運びとなった。


 事態そのものは数年を待たずして収束に向かったが、解決はしても簡単に市場が乱れる現状のままなら同じことが何時起こっても不思議ではない。

 市場を調整できないからこそ発展が遅れ、生活環境を整える事もできないでいるのだ。


 ならば、と狩りや専門蒐集に資格制度を設け、必要なものを必要なだけ集めてもらえるよう制度を整えていった。


 それが狩猟人バンカーの始まりだという。


 資格習得の際には特殊な名札タグが与えられ、それを持つ事で自分の身分を完全に証明する証として使う事ができるようになる。

 これは本人以外には反応しない金属で、バンカー本部の秘匿技術で作られている構造不明のプレートだ。


 これを得る為に人々は教習所に登録し、数々の試験に合格せねばならない。


 実は、入所するだけなら無料タダである。

 これは、学ぶ機会の少ない孤児院出身者が入って来る件が多いからだ。

 何しろ安全が整いつつある世であるが、まだまだ魔獣災害や自然の災害、或いは人間による事件や事故は依然として多い。

 そういった事で親を失った者は各都市にある施設に引き取られ、十五歳までは保護をしてもらえる。

 だが、遅くとも十五を迎える年の春には施設を出ねばならない。


 孤児院出身者がそのまま仕事に就く事は難しい。

 何しろ最低限に教育こそ施されているが専門職には程遠いのだ。

 無論、孤児院の方もただ放り出すだけではなく、職人になる道や商人のところに身を寄せる方法などあちこちに伝手を回したりしてくれるので、途方に暮れる事はそうそうない。


 しかし、孤児院を出てここに来る者は多い。


 何しろここで教習を受けて合格さえすれば身の証がもらえるのだ。

 戦い方、狩り方、採集の仕方を学んでそのまま狩猟人バンカーになる事も、或いは専門的な知識を得て知識系の教職人ヴィーマーに就く事も、この教習施設で合格さえすれば可能なのである。

 

 尤も、合格したとしてもそのまま儲けに直結する訳ではないし、そもそも合格できなければ、通っている間にも教習費用は取られるので、何かしらの下働きアルバイトをしなければないのであるが。




 王都ランダール西区にもいくつか居住区があり、それらにも学校施設があるのだが、そのどの施設よりもここ――ランボルト教習所は大きく、専門棟が多い。


 バンカーは主に戦いが中心になるので、武器戦闘は勿論、魔法戦闘やらそれらの応用やらを学ぶ為にはどうやっても必要空間が広くなってしまうからだ。


 野の獣をはじめ魔獣の知識、薬草を含めた植物知識を得るには知識もいる。

 緊急的な治療には医学の基本が必要であるし、お手本もいる。

 鉱物にしても自然学にしても、見本だっている。

 そうなるとどうしても棟が多くなってしまうのだ。


 そして、国外や遠方からこの施設に通う事になる者の為には仮の住まいだって必要だった。

 結果、かなりの規模の施設を要する事となり、広い区画を用意できるランダールにそれは設けられる事となったのだ。


 そんな施設の一角。

 ここに通う生徒を指導する教員が詰める――職員室で、一人の職員が自分の席に着いたまま不機嫌そうに書類に目を流していた。


 机の上には書類が束ねられたものや、何かしらの教本が乱雑に積まれている。

 他に目立つ物は、傍らに置かれている台座に乗った掌ほどの半球体。

 彼女はそこに手を置いて、眉を顰めていた。


 それは通心器として知られているもので、この魔道具によって特定の相手と《伝心》の魔法で意思疎通が行える、ごく普通に出回っている代物である。 


 こういった魔法具があるからこそ、情報の速度が画期的に上がり、あらゆる事態に対応できるようになっているのだ。

 尤も、情報が早いからと言って問題が無い訳ではない。


「あんのクソボケがぁっ!!」


 球から青い光が消えた瞬間、女性は机をどがんっと音が出るほど強く殴った。

 この魔法具は当人と相対した会話ではあり得ない、一方的に問題を押し付けた挙句、一方的に会話を切って知らん振りを極める事すら可能なのだ。

 そうするだけで問い詰める事が出来ないのだから。


「二人だけって何よ!! 教育舐めてんのか!!」


 職員室には他に数名の教員がいたが、彼女の怒声に軽く首を竦める程度であまり気に留めていない。

 いや、無茶振りに対しては同情してはいるのだが。


 何しろいきなり初等部を開設を任され挙句、期限ぎりぎりまでせっつかれ必死に育成教導の手引きを作らされたのだ。

 そしどうにかこうにか準備を整え、いざその時となってみれば初等部に入るのは二人だけとくれば、緒どころか堪忍袋すら切れるだろう。


 婚活すら休んで体裁を整えたというのに、こっちの苦労も知らないであのクソ禿げオヤジがぁっと、彼女の怒りは煮え滾っていた。


 相手は、この施設の理事の一人である。

 だから懇切丁寧に接しなければならない。ならないのだが、毎度のように面倒事を押し付けてくるのは頂けない。というか迷惑千万だ。

 晴れて担当教官に任命さ面倒事を押し付けられた彼女――ニケ=ラグシアは、理事に対して口汚い罵詈雑言を上げ続ける。


 黙ってさえいれば、傍目には長い淡い茶色の髪を湛えた長身の美女なのだが、その実は齢五十を超えた丘陵の民ルーヴァの女傑だ。

 丘陵の民は別世界で例えるのならエルフに相当する種族。

 長寿で、魔法戦闘に長けた物が多い事で知られている。


 そんな彼女であるからこそ。

 それなりに世を生きてきたからこそ、生死にかかわる教育の重要性を理解しており、適任者でもあるのだが。


 他の職員もそこいらの事も理解しているし、彼女の為人も見知っているので触らぬ神に何とやらで放置しているのだ。

 何しろ、初対面時に見惚れる事もあった(ような気がする)深い青の瞳も、瞳孔が怒りでかっ拡げられて怖いったらない。


  憤りのままに蹴られた机から書類が飛び、ふわりと待って床に落ちる。


 同僚の一人が、ニケの怒声を聞かない振りしつつ溜息を吐き、その二枚を拾い上げた。


「ダイン=シー・ザインと、ザジロニア・ロギス……かぁ。

 どんな子供なんだろ」


 いずれにせよ、早々に心が折れたりしないといいのだけど、と二人の行く末をそんな風に想っていた。






 呑気に、そう、想っていた――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る