第拾参話 王都
実のところ、西大陸に来るのは初めてじゃないけど、北部と南部にちょろっと寄っただけと記憶してる。
つか、行った事あるんだって教えられてやっと理解できた程度。
家業が
だけど、めっさ暑ぅいトコから、ごっつ寒ぅいトコとか、極端から極端に走るのは止めてもらえませんかねぇ? いやホントに。
だもんで、中間にあたる王都に行くの初めてな訳ですよハイ。
いや北部も南部もそれぞれの主だった街は大きかったけどさ。
だけど両方とも首都に当たる街には行ってない。両地方ともそういった街はデカイと話だけは聞いてた。
自分の活動拠点だったとこもけっこう大きいと言える。
つかね、何か知らんけどバカでかいクレーターをそのまんま
だけど、今になって気が付いたけど、
ま、まぁ、それは置いといて、
初めて首都らしい首都に来た訳なんだけど……率直に言うと『何なのコレ?』だ。
いや、王都に近づくにつれて、何か大地に線が見えてきたな~とか呑気に思ってたのさ。
でも近寄るにつれ、段々とそれが横にも縦にもでかくね? って見えてきたのよ。
縦――高さはまぁ、良しとしよう。高いけど。
だけどね、横がね。こう……どこまでもど~こまでも続いてんのよ。
高さこそ違うけど、前世で知ってるアレ。
呆れるだろ?
そんな呆れるほどでかいの、何と城壁だったの。
マジ驚いたわ。
高層建築構造とかの次元じゃねーわ。
いや、一応はデータ頭に入れてはいたよ? だけど数字で覚えたのと直接見るのと大違い。
その高さは自然物のそれと違って低いけど、それでも外壁の高さは十m以上あるぞ。
で、そんなおっきい壁の東側に面した一部がぽっかり切り取られたように開いてて、そこが所謂、大手門になってるの。
そこの関所で検査待ちしてるから、門の前でアホ面曝して呆然と見回してた訳さ。
だけど……端っこが見えないんだよね(震え声)。
前世みたく数値的に正確な地図はこの世にはない。つか、そんな精巧な地図あったら一般には出回らんて。
だけど流石に、ある程度の距離とか街の大きさとかは知られてる。
地図上ではこの《ランダール》は丸く描かれてるんだけど、直径は凡そ七百㎞くらいあるのよ。
街の絵から鑑みるに、王都をぐるりとこの壁があるんだと分かる。いや、思い知らされる。
この高さの壁が都を丸ごと囲むて……。
壁は白塗り、に見えるけどよく見たら白い石。岩か?
出入りの門以外には凱旋門っぽい変な装飾もあるけど、壁そのものにはなんもない。所謂打ちっぱなしより愛想無いな。
いや、これ一枚岩……じゃない? かと言って継ぎ目もない。だけど組んだ石垣の上に漆喰とか塗ったって感じもないな。
何だこれ? どーやって建築したんだ?
それか
「これは……。
魂消たのぅ」
呆気にとられたようにザジ嬢が言葉を漏らしてるけど、同感だよ。
高さ的に言えば、前世の
だって今の記憶の中でも大型建築機械なんぞ見た事ないし、聞いた事も無いんだもん。
人力で、だとしたらどうやって造ったのやら。
やっぱり魔法か? 魔法万能説? やめてよね。
そんな馬鹿げた規模の高い壁に、畑ひっくるめて住居やらまでガッチリ守られた都。
西の大陸の中でもその名を轟かせている王国の首都。
それが《ランダール》。
伊達に王都なんて言葉くっ付いてない訳だ。見て来て初めて納得したわ。
でだ、
オレ達みたいな駅馬車の出入りも非常に多くて、特に今オレ等が待ちぼうけかまされてる外門の近くは人間は勿論、馬まで混ざっているから騒々しい。つか、うるさい。
人が多いし、馬が鳴くし、検閲待ちの家畜が騒ぐわ、検査待ちの商人やらもブーブー文句言うわで敵わん。
つっても、どれだけ草臥れていよーとキチンと検査を終わらせなきゃいけない。特定危険物の持ち込みやらされたら迷惑千万だろうし。
……うん。困るんだよね。
「痛ぇ…痛ぇよぉ」
「クソが…こんな事で」
「あ゛あ゛ぁ゛~死゛に゛た゛く゛な゛い゛ぃ゛」
駅馬車をこ~んな大それた密輸なんかに使われたら堪ったもんじゃないんでね。
勿論、王都には侵入できんだろーけど、近くに他の町だってあるんだしさぁ……。
ただでさえ検閲があるっつーのに、捕獲した犯罪者の受け渡しやら調書やらで時間とられまくりぃ。
先に終わらせた他の車両のお客さん達に気の毒そーに見られつつ、オレとザジ嬢はとっ捕まえた所為で王都警邏隊にお付き合いさせられてた訳さ。泣けるねっ。
もぅ、お金いらんから行かせてくれない? そうはいかない? ハイ、スミマセン待ちます。
ええい、散々人に精神ダメージ与えてくれやがったアーパス氏も、とっとと「じゃあ、縁があったらまた会おう!」とかサワヤカに去ってったし。
人の少ない知恵を散々啜った挙句この仕打ち。恨んでやる。
「……ちょいと恨めしいぞ?」
「……無駄な殺生が無かった事で良しとしてくれ」
いや、オレもね、こんだけ待たされるとは予想外なの。
流石に
ウチの
その上、持ってるだけで魔物寄って来るし……マジに呪いのアイテムじゃねーか。
肝心の
それも、えらく親し気に。
―― 防衛隊の徽章は…星一つに羽が縦に三枚ついてたから、少なくとも隊長格よりは上の特別部門を任されるくらいの人の筈。
そんなお人に親し気て……。いや気にしないでおこう。
関わっても良い事ない。
悪目立ちは真っ平だ。
だからオレは、
「それで、君達はどうやって彼らに気付いたんだい」
と質問されたので、
「――いや、気配の消し方がまるで素人だったから」
「あれだけ悪意ある
真っ正直に、通りすがりの未熟な
おや? 防衛隊の調査官=サン。ナニその目。
何か問題でも?
***
***
***
くくく…と堪え切れない笑いを漏らしている知人に気付き、今まで調書を取っていた男は溜息を吐いた。
「……相変わらず趣味が悪いですよ」
慣れて入るし、悪い人間ではないのだが、この癖だけでも何とかしてもらえないものかと常々思っている。
そんな彼を見て、すまんすまんと軽く詫びているのだから、治す気は更々ないのだろう。
「だが、彼らの働きのお陰で懸念が一つ潰れた事は間違いないだろう?
為人も私が保証するよ」
「確かにありがたい事はありがたいんですけどね……。」
どうにも納得し辛いのが正直なところだ。
王都に出入りをする人間や物品の検査をする人員は限られている。
しかし事は重要だった。
だからこそ本部に緊急連絡が入り、すっ飛んできたのだ。
握りこぶし大の《ダイカの血晶》が二つ。
重さにして二つで二㎏はある。
これを触媒にして作る事ができるであろう魔薬は、金額にして六億はいく。
それは多少の危険を冒しても持ち込もうとするだろう。
今回の大海魔襲来は確かに未曽有の大災害ではあったが、結果的にいえば最良の結果で終わっている。
人的被害は最小…という殆ど零であるし、何よりこんな馬鹿な事を考える馬鹿を纏めて捕らえられたのだから。
何しろこの樹液の塊、下手に欠片を落とすとそこに瘴気が発生しやすくなるという難点をも含んでいる。
金額の事もあってか、魔薬の方が広く知られてしまっていて、扱いを間違えれば瘴気の泉を生み出しかねない事はあまり知られていなのだ。
最悪、西大陸のあちこちに地獄を生み出していた可能性だってあった。
東大陸でも広く知られているというのに、好き好んで使おうと思う者がいないのにはこういった理由があったのだが、『大金になる』の一点だけに目が眩んでここまでの仕出かしをされるとは想像の端にも無かった。
尤も、その元になってしまう竜樹の原生林の区域を封鎖するだけに留めてあるのには別の理由があるのだが、今はさて置いて――
その西大陸への持ち込み事件にも、そして最後の密輸にも関わっているのが一人の少年というのだから、頭が痛むのも当然だろう。
更に、両方の事件解決の鍵にすらなってしまっているのだから。
「あの頭目、《影蜥蜴のマモン》って二つ名持ちなんですけど」
「ほぉ、立派なものだな」
マーカスは何が楽しいのか大袈裟に驚いて見せた。
影の中を好んでこそこそ這い、夜に灯りに誘われてくる羽虫を獲物にしている蜥蜴…地球で言うところの ヤモリ が相当するだろう。
二つ名でそれを使われるという事は、抜け目がない、夜目が利く、情報が早い等の意味合いで付けられていたと思われる。
まぁ、確かにマーカスもそこそこの腕はあったやもしれんとは感じていた。
二人の子供に精神的に追い詰められた挙句、少女に一撃で倒されているが。
「警邏の話によると、とにかく耳が良いのか鼻が利くのか引き際が素早くて、今までずっと逃し続けていたんです」
「気配の消し方は素人らしいぞ?」
「警邏にどう説明すればよいやら……。」
だろうなと嗤い続けるマーカスを恨めし気な目で見る。
当の本人は、やはりこの気質は変える気は無いのだろう、さっきと同様にすまんすまんと軽く謝った。
だがな、とマーカスは切り出す。
「警邏の実力は直に見てないからとやかく言わんよ。
しかしはあれいけない。
いくら王都に近いからといって、歩哨が酒を口にするとはどういう了見だ?」
それも、交代要員含めて、である。
彼の言葉は、男――ランダール防衛本部所属、外事課主任を務めている者にとって耳が痛い台詞だった。
気の緩みがあった、というものは言い訳にはならない。
「酒に薬が入れられていた等、言い訳の材料にもならん」
「はい。
賊はおろか獣害の可能性すら考えられるのに、ぶっ弛んでいるとしか言えません」
とりあえずは降格。ないしは再教育だ。
これでもかなり庇えた方である。
人的被害が襲撃をかけた賊の片膝だけ。後はほぼ無傷なのだから。
「あの泣きわめいていた女――ナジーとか名乗ってたな。
あれが振る舞い酒の樽に薬を仕込んで皆に配っていたよ。
演技は兎も角、きちんと皆が口にするのを見届けていた事だけは感心したな」
「ナギラの民の少女は兎も角、あの少年は平気だったんですか?」
「そこらは聞いていないのか?
口を当てた瞬間に気付いて、魔力を体内に回して解毒してたよ」
何とまぁ…と呆れた顔を見せる男に、マーカスはまた笑いが浮かんだ。
少女は元々薬物が効かないし、少年は自力で解毒し、大人たちが無様にも眠り込んでいる中、襲撃の時に合わせて動き出し、全員を懲らしめて縛り上げたのだった。
一番手古摺ったのは、朝皆が目が覚めた際に説明した時ぐらいだ。
幸い、御者達はマーカスをよく見知っているので、かなり説明は省けたのだが、それでも子供達だけでは説得力に欠けた事は間違いない。
どちらにせよ大人の落ち度ばかりが目立っている。
そういった事もあり、二人には口止め料も込めてそこそこの報奨金が出されていた。
尤も、二人とも袋を受け取ると、別段驚いた風もなく出て行ってしまったが。
どうも色々と察されていたようで、こちらの方が何とも言えなくなってしまった。
「まぁ、あれだ。
本来なら、密輸の荷物と適当な金目のものと、生贄にする誰かを選んで攫い、その贄が持ち逃げした事にするつもりだったんだろう。
そうすれば荷を失った可哀そうな夫婦の出来上がりだ」
「それで選ばれたのが偶々あの少女だったと」
「今一つ説得力に欠けるが、納得できなくもない話に聞こえるだろうね。
一人旅の小娘なら、掠め取って逃げる事もある――と」
「確かにあり得なくはないですが……」
「ああ、相手がナギラでなければ、少しは信じたかもな」
はぁ、と男は溜息を零す。
賊らはかなりの重罪を犯していた輩であったが、配下は世情に疎過ぎた。
いやどの道、破綻する定めにあったのだろう。
精製された瞬間から呪物にしかならないもので商いをしようとしていたのだから。
「……根っこから馬鹿な仕出かしですからとち狂うのも仕方がないって事でしょうね」
違いないね。と、マーカスは苦く笑った。
どちらにせよ今回の血晶の件はこれで終わるだろう。
様々な偶然が重なり、合計七個にも及ぶ莫大な数の血晶が集まってしまったが、新興の組織だった事もあって根はそう広くなかったし、根に当たる影蜥蜴の何某が生きたまま確保された。
ブツは今後、大神殿に送られて厳重に封印が施された上で、毎日聖水を掛けながら《浄化の魔法》と、神官達の奇跡の力による《浄化》によって清められてゆく事になっている。
今頃大神殿では、
「しかし、まぁ、影蜥蜴なぁ……。
それじゃあ簡単に捕まる訳だ」
二つ名を聞いて意外だなと感心した彼であるが、次に浮かんだのは奇妙な得心だった。
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