第拾壱話 陸路の旅・参


 偶に隣(右も左も)のヒトに暴走される事はあるけど、旅そのものは順調に進んでいる。


 まぁねー。毎度事件が起こるような物騒な地域に定期便なんぞ出す訳ないし。

 考えてみりゃあ、安全が保障できてないところに行くのは旅じゃなくて冒険なんだよなぁ。


 だから、こーんな駅馬車なんぞが行き来するコースに心配はない。


 つーか、一番前の車両ってこの一行の護衛の人なのなー。


 まぁ、考えてみれば当たり前なんだけどね。

 道中ずっと絶対に安心安全なんて旅はこの世界に無い。

 例え前世での旅でも、下手すると事故に巻き込まれたりするんだし、この世界だと尚更だ。


 だって魔獣やら盗賊やらいるんだもん。

 魔獣なんて下手な奴はデカくてほぼ怪獣よ? 怪獣。

 実際、こないだ身をもってくらったし(震え声)。


 そりゃ確かに、街道沿いとかにはそうそう魔獣とか出てこんよ? だけど『珍しい』ってだけで『絶対出ない』とは言い切れない。


 特殊な事例ケースなら、森の奥に魔獣とかが出現して住処を奪われた獣が人里に…ってのもある。


 あと、河岸を変えた盗賊とかが流れてきて手始めに…とかね。


 ……うん。覚えあるんだ。の縄張りに来たお馬鹿さんがいたよ。

 仕事柄、舐められたら終わりなんで……その、アレな事になり果てました。ハイ。


 兎も角、少しでも安全にする為にゃ護衛は欠かせないって話。

 だから先頭の車両って実に戦闘車両なのな。いやシャレじゃなくて。

 飛び道具なんて備えてやんの。


 弩って分かる? ホレ、矢を発条バネ式で発射する石弓とかいわれてる奴。


 実はこの世界ってGUN火薬武器とか無いのよね……。


 なんかで、出来たとしても使い勝手も効率も異様に悪過ぎる無用の長物にしかなんないの。

 それよか魔法ブッパした方が早くね? だし。


 だって発動具さえ持ってたら本人の魔力尽きるまで撃てるし、発動具なんて小さいのなら指輪やピアスとかだから嵩張らない。できる人はいいねぇ……。フフフ


 そういえば火薬にあたる単語知らないなぁ。


 世界の生まれ方からして違うから、下手したら元素からそっくり別物の可能性もあるし、考えてたらキリがない。


 まぁ、それは置いといてだ。


 射撃武器としての弩って割と強力なのよ?

 あれ、鉄の鎧とか簡単に貫通するんだもん。


 それを四つも備えてるの。

 んで、護衛の人は個人でも弓とか持ってるし、剣も使えるっぽいから不安は感じない。

 そもそも、護衛が前方のって事が、道中の治安の良さを表してくれてる。


 まぁ、隊商とかのレベルになったら馬車四台なんて少数で移動しないしね。

 上澄みの話言ってたら、これもキリないし言わないけど。



 さて……。

 こうやってどーでもいー事をひたすら思考に振り分けているのはだ、


 左右の方達からの視線に気付かないふりをしてるからなの。


 まず右隣のアーパス氏。


 三日目に怒涛の説明爆撃という洗礼を授けてくれやがった方は、銀髪を無造作に後ろで縛ってる二十代半ば(三十路手前だと思ってた)の、技術馬鹿の技術者である。


 何ていうかさぁ…ありがちだけど説明好きなんだ。


 最初にぶちかましてくれた熱弁は、内容こそ耳を素通りしたけど、苦痛だけは残してくれやがったのでよく覚えてる。


 後で、我ながら熱くなり過ぎたと反省を見せてくれたので安堵してたんだけど、隙あらば何かしら解説しようと身構えてるのが分かった。うずうずしてたし。

 その上で、自分の好きな話題― 言うまでもなく魔法鉱石 ―にすり替える腹積もりだろう。

 知ってんだよ。こーゆー手合いめーわく


 だから無視するに限る。ちらちら見られてうっとおしいけど。


 と言ってもそっちはまだいい。無視すりゃいいんだし、多少良心に響く程度だし。


 問題はね、左隣。

 うん。ザジ嬢。


 三日目の晩に軽く。ホントに軽く手合わせをするつもりだったけどさ……結果的には超☆緊張するやり取りになっちゃったのだわ。


 マジ☆ご勘弁。ホント怖かった。

 ウチの兄君らと試合(死合?)する時と同等の緊迫レベルってなんぞ……。


 兎も角、何とかかんとか軽い打ち合わせで終わらせられた訳ですが、この嬢ちゃんが相当お気に召したらしい。


 四日目も朝から「次は何時かのぉ?」と、ワックワクな目で見られ、移動中の中休みの時にも、「少々、間があるのでは?」とか言われる始末。

 これはその晩もヤバいと思ってたら、案の定、宿場に着くと凄いキラッキラした目で誘いに来たんだよ。

 

 しかし、天は我を見捨てなかった!


 天が俄かに掻き曇り、土砂降りの雨となったのだ。

 正しく恵の雨!!


 ……ごっつ落胆してたから心痛んだけど。


 いや待てオレ。冷静になるんだ。

 願いをかなえるって事は、死合をするって事なんだぞ?


 そりゃまぁ、鈍るよりかはマシなのには違いない。違いは無いんだけどさぁ……極端過ぎんか?

 鈍るか死合かの二択ってどゆこと?


 もっと楽なのイージーにしてよ。


 おいっ、マーカス氏。ナニ笑いを堪えてんのさ。他人事だと思って!

 いっそ目の前の御夫婦のように我関せずを貫いてくれてる方が……それはそれで腹立つな。


 こんなんで今日明日明後日を耐えきれるのか?


 幸いにも雨足はかなり弱まってはいるものの降り続いているから、今日は何とかなるだろう。……多分!


 だけど明日はどうなる?

 特に明日の晩は最終宿場だからごっつ誘われる事間違いなし。


 どうする? どう耐える? つか、どう誤魔化す?


 そうな風に必死こいて思案してたオレを眺めて楽しんでるマーカス氏に、禿げてしまえと呪詛を贈りつつ、


 どうにか明日を無事に切り抜けられますようにと神に祈るのだった。





 ――同期になるって事は、

 嫌というほど死合させられる可能性がある事を、すぽーんと頭から抜かして。




***

***

***



 誠に――


 真に、心が沸いた。


 いや確かにそれなりにやれるとは思ってはいた。

 身体の芯も常に整っているし、気配もよく読んでいる。

 傍目に分かる程、身の運びも相当なものであった故、やるとは睨んではいたのだが……。


 凄く、良い意味で予想を裏切られた。


 あの時の打ち合わせの間の取り方。


 足運び。


 全く無駄のない最小の動きでの打ち下ろし。


 この場合の『打ち合わせ』とは、普段は打ち側と受け側に分かれ、即興で行う演武のようなものだ。


 あの晩のは、双方が打ちに回り、合わせる事で終いとさせる些か変則的なものであった。


 それは素早さより丁寧さより、互いのでなければ為し得ないものである。


 しかし彼は見事に打ってくれた。


 そして彼は見事に合わせてくれた。


 だからこそ、心が沸いたのだ。


 馬車の旅は想像していたよりずっと気持ちの良いものではなかったし、何より狭い車両に閉じこもっての移動なので、快活な気性であったザジは多少なりと鬱屈していた。


 が、あの晩に手を差し伸べられ、薪を渡された時には頭に掛かった霞が散る思いがした。


 互いに構え合った時には一瞬で頭が冴えた。


 そして、薪が打ち合わさる合う寸前。

 互いの膨らんだ気が触れてたわむのを感じたその時に、心が沸いたのだ。


 正しく、のである。



 だからこう、秋波を送っている訳なのだが……。実につれない。


 何しろ彼はじっと目を閉じているだけで、こちらを向いてもくれないのだ。


 いや別に彼女は殴り合いが好きな訳ではないし、暴力にしても使い処は心得ている。

 ただ、

 ただあの時の様なを感じたいだけなのであるが、


「ふむぅ…」


 思わず溜息を漏らしてしまう。


 すると、斜め前の席から笑いをかみ殺すような声が零れていた気付く。


 波線を向けるまでもなく、マーカスという初老の男性である事は分かっている。


 この人物、会話を交わした時の感じからすると、見た目より年嵩が上であるように思われる。

 言葉にはし難いのだが、自分の師と同じような狡猾さというか腹黒さのようなものを感じるのだ。


 かと言って悪人のではない。

 決して善であるとは断言できぬのであるが、少なくとも『人の良さ』は持ち合わせていると思う。


 であるからこそ、自分の――小娘が足掻いているのを微笑ましく見守れるのだろう。


 少々、不貞腐れる感がするが、如何なザジでも年の功には勝てないのだ。


 車窓から外を眺めるに、今夜も雨足は残るだろう。


 仮に晴れたとて、流石にぬかるみの中での打ち合いは避けたい。

 無論、是非にでもと誘われれば話は変わるのだが。


 何だかんだ言おうとザジとて少女。女の端くれだ。


 意味もなく、好き好んで泥に汚れたいとは思わなかった。




***

***

***




 ……よし、耐えたぞ。


 オレちゃん頑張った。


 頑張って何とか沈黙…というか、気不味い空気の中を耐えきりましたよ。


 めでたく最後の夜ですよハイ。


 なぁなぁ乗り切れましたよ。スゴイ。


 いやまぁ、自爆技使ったんだけどね……。


 その名も『必殺、話題振り(Ver.アーパス)』。


 ハイ。あのにーさんに話しかけましたとです。

 

「……魔石加工技術師と聞いたが、魔石に直接魔術式を刻む事はできないのか?」


 って。


 一瞬。ふぁ? って顔したけど、それは無理ってすぐに否定された。


「いや文字とかを刻み込む事はできなくは無いんだ。

 だけど魔法術式は発動から終わりまでの順番が決まってるんだよ。

 だから魔力を通しても、偶然を待つしかないモノしかできないのさ」


 うん知ってる。死ぬほど学んだからね。ほぼ無意味で終わったけど。

 そんな事ができるならもっと文明が進歩してると思う。


 例えば、この世界で一般的に使用されてる下水の浄化も《浄化の魔石》は使用してるけど、《浄化》の魔法を使ってる訳じゃないのよね。

 だから町とかだったら、決まった時間に係の人が、浄化槽の中に繋がってる蓋に魔力流して浄化させてから排水してる。


 もちろん、直接じゃないよ?

 前世的に言ったら合併式浄化槽……生活排水を多段式に水で薄めて、微生物で分解して~って順番の微生物云々に《浄化》を使用してる。


 手軽なのは確かに魔石での浄化だけど、確実性なら魔法による浄化に劣るんだ。


 まぁ、それでも宿場のトイレだって文明レベルから鑑みてもかなりキレイ(な方)だから大助かりだ。

 よっぽど辺境じゃない限り水洗だし。


 話逸れた。


 ま、要はそういった技術が生まれてないって事なんだけど、


「いや、そうではなく」


 だから、と聞きたかったんだ。


 アーパス=サン、虚を突かれたよーな顔してたから、何とかかんとか無い知恵絞って頑張って説明してみた。


 ほら螺旋状の溝ライフリングとかあるやん?

 魔石を加工できるんだったら、一方向から魔力注いで、発動したい方向に開放できるように細工できるんじゃね?

 だったら、流し込む側から順に魔力が通る様に、魔法陣を立体に描いちゃあかんのかと。


「……え?」


 え? はこっちの台詞だよ。

 できんの?


「……そうか、そうだよな。

 いや、まてまてまて……いや? 内部屈折率の偏向具合は弄れるし、可能…か?

 あ、駄目か。魔力を装填する側に強度が足りない。

 あいや、そうか打ち込む側は別に突端でなくとも良いのか。

 だったら結晶型…六方晶形にこだわる必要はない!

 そうだ、そうだよ何で気付かなかった?!」


 段々とテンション上がっていくのを見、オレは作戦の成功を感じた。


「……ああ、そうだ!!

 図形構造と屈折率の応用で何とかできる!

 いや待て待てぇ落ち着けアーパス。

 涙雫型? 駄目だ! 脆い!! 形状的には六方晶形がまだマシだ。

 要は一方通行で、発動点を指定するだけだから人工魔石でも応用できるか?

 いや圧倒的に強度が足りない!!

 ああ、案が浮かぶのに案の形ができない!!」


 うおーうおーと頭を抱えつつ、悶え苦しんでいた彼だが、いきなりこっちをギロリと睨んで、


「キ、キミ、もっと何かないか?! もっと案を、何かしらの欠片を!!」


 うむ。釣れたな(笑)。

 そしてオワタ(泣)。



 てな訳で、一日耐えきったぜ……。


 その代わり、質問攻めでオレは青息吐息だけどなっ!


 ふ……しかしその甲斐あってザジ嬢からのお誘い死合は防げたぜ。

 何しろ、中休みの間もず~っと質問してくれやがったし。

 ならどうにか致命傷で済んだという事。精神疲労も無駄ではなかった。ヨカッタヨカッタ


 そして今夜を凌げば何とかなるというもの。


 ……だが何故だろう? とてつもなく無駄な努力をしたような気がするのは。



「お疲れのようじゃの」


 と、ピッチャーを両手に彼女がやって来た。

 おお、労わってくれるのならやりがいはあったぜ。足掻いただけ? 気の所為だ。


 ここ、最後の宿場はささやかではあるけど宴の様を挺している。

 何のかんので六日間も一緒だったから、お別れパーティーみたいな感じ。


 宿の管理人のオヤジは慣れているのか、でっかい燻製肉(グロークではなさそう)を『勝手に削いで食えっ』感じにでんっと置いて、酒樽も用意してあった。

 あ、料金先払いってシステムな。払ったやつに皿と杯を渡してくれるの。


 素っ気無いけど、懐に優しいお値段。


 もうちっと払ったら、そこに腸詰ソーセージやら酢漬けピクルスやらくれる。

 これも結構量があって素晴らしい。


 ここのオヤジさんの手作りなんだろか? 酢漬け、すっげぇ美味いんだけど。


 兎も角、オレはザジ嬢が持って来てくれたピッチャー…だから量が多いって…を受け取る。


 よく見ると、同じ車両に乗ってたご夫婦の奥さんや、他の車両の女客も交じって皆に酒やら何やら配って回ってた。


 あれ? ザジ嬢も一緒に配ってたの?

 それすら気付かなかったオレって……。


「すまんな」


 とりあえずピッチャーを受け取って口を付けるが、


「……オイ」


 酒やないかい!!


 そう目で責めるが、正に暖簾に腕押し。にんまりとした笑みしか返ってこん。


 だーかーらーその微妙に企みを含んだよーな目はヤメい。

 義母おふくろ思い出してまうやん!


「お、分かるか」

「分からいでか」

 

 そう言い返すけど、今日は一日アーパスお兄さん魔石技術ばなしに齧りついてたわけだし拒否し辛い。


 ま、まぁ、遠回しに彼女のお誘いを断ってた事になるしなぁ……。


 といって、こんだけ飲むと次の日に馬車で虹色噴水ゲロ吹く羽目になりかねん。

 だが喉が渇きまくっているのも確か。


 しょうがないな。

 ちょ、ちょっとだけだからネ?!


 オレは体内魔力練り、腹に回した。

 つまりは内臓強化ね。何時もは腹壊した時とかに使うの。

 今回は酒気を掃うのに使う。


 魔力が勿体ない? オレ、魔力の量は多いやん。

 こんな時にしか使えんのよね。ハハッ


 ぐびっぐびりと喉を通す。

 酒飲んだ事ほとんどない(義母おふくろに見つかるとぶん殴られる)けど、思ったほど

 ほら、まだ子供舌だからネ。お酒の旨味はまだ感じられないのよ。


 一瞬、じわっと頭が霞むが一瞬で消える。

 あれ? 風味に反して結構強い? よくこんなの皆かぱかぱ空けるもんだ。


「ふふ…くふふ……。」


 ザジ嬢が笑う。


 いや、


 アレ? オレが心労重ねてゆくのが面白いとでもいうのか。


 いやまぁ、他人事なら確かに。

 悪趣味だと思わなくもないけど、悪手でこの娘回避したしなぁ……。


 ふと目を上げると、ザジ嬢は席に腰を下ろさず皆の酒宴を眺めていた。

 普段の彼女なら、もっと飲み、摘まみ、器を空けてたんだけど。

 今夜の彼女はゆるりと飲むだけで、食事には手を付けずに終わった。


 その分、オレが食う羽目に……。

 いや、器に食い物残すのって失礼やん。

 それに臓器に魔力通したら消化力まで上がるから腹減るんだよね。



 何だか余計なモンを背負わされた感がし、散々フードファイターの真似事をした後、この夜はとっとと横になって不貞寝かますのだった。


 すぐ横になったら牛になる?

 この世界に牛はおらんから平気!







 ――そして、夜が更けた。



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