第拾話 陸路の旅・弐


 流石に三日もすると、異様にクッション性の高い馬車の旅というものに慣れてきていた。


 船旅よりはマシであるし、何より初日よりは馬足が速くなく、途中休憩もはさんで余裕をもって走らせている事が大きい。


 しかし慣れが出てくれば、退屈である事を思い知る羽目になる。

 狭い客車の中だ。身体を動かせるはずもないし、そもそも出来る事は少ない。


 それなりに学があるのなら本を持ち込み、読書を楽しむ事もできるだろうが、生憎と一般人が気軽に帰る程書物は安くない。


 よって寝て過ごすか、会話をする事でしか時間を潰せないでいる。



 しかし ――


 

「だからね、僕は思うんだよ。

 魔石売買だけじゃなくて、品質クオリティ

 魔石の研磨具合で品質を底上げし、安定したものを生み出せばいいんだと」


「「……ほぉ」」


「いいかい?

 魔石の多面化によって内部屈折を変化させられるんだ!

 これで魔力共振効率も上げせれるはず!!

 それが完全に解明されれば、出力もぐんっと……。」


「「ふーむ…」」


 誰から見ても明らかに適当な相槌をうつ二人の子供を前に、何だか熱弁を振るっている青年がいた。


 三日目にもなると同車両の間でも挨拶ぐらい交わす仲にはなる。

 そして子供―ダインとザジは、何気なく他の客に旅の目的を聞いてみたりしていた。

 ……いや、と表現するのが正しいか。


 前の三人……クラックとナジーという夫婦と、初老の男性マーカス氏はいいとしよう。

 夫婦は生地の問屋を商いにしていて、王都へ紬物織物の新しい伝手の開拓するのが目的で、マーカス氏は王都にいる古い友人会いに行こうとしていたらしい。

 

 間々ある理由だ。

 特にこれと言った異句など出ない。


 が、ダインの反対側の青年…アーパスは技術者との事で、ランダールにある魔鉱石研究所にわざわざ招かれて向かっているのだという。


 ここで「そーですかーすごいですねー」程度で終わらせていれば良かったのだが、ザジがうっかりと、


「して、何の研究かの?」


 等と問うてしまった。


 最初こそ、内気そうに魔石の純度や研磨具合について零す程度であったのだが、更にうっかりとザジが続きを促してから徐々に加熱ヒートアップして行き、現在に至っている。


 子供二人以外……マーカス氏は適当に相槌を打ちつつ早々に聞き流し、今も車窓からの景色に集中しており、夫婦はというと耳栓をして寝ている。


 被害は、律儀な二人に集中していた。

 割と受け答えを事も災いしているだろう。


「純粋な一つ追い続けたって運でしか手に入らない!!

 それこそ大鉱山持ちや、超古代遺跡の発掘を待つしかないんだ!!

 だけど、一定純度の量産が可能になれば、純粋の一を待つまでもない!!


 そう、数が揃えば解決できるんだ!!」


「「ほ~……」」


 高まる気炎に、二人は消沈し続ける羽目となるのだった。



***

***

***



「……誠にすまなんだ」

「いや、過ぎた事だ」


 三日目の夜の宿場について早々、ザジ嬢は真っ先に謝罪してきた。

 いや、アレは読めんて。


 ……何というか、アーパス・オン・ステージでした。

 疲れたモ~ン。


 マーカス=サン達には苦笑されたよ。

 オレ達を生贄にして防御を行使―って酷くね?


 云うのは適当に聞き流すのが術だと仰る?

 いやいや、こっちだって分かってますよ? 分かってはいるんだけどさぁ……。


 環境的にネ、特にうち砂長虫じゃあ、下手に聞き流すのも、適当過ぎるのも拙かったんよ。

 聞いてんのかパンチ! とか、真面目に聞けキィーック! とか来るんだよ?

 それなりに聞いちゃう癖ついてんだよ。


 まぁ、だけど当時のオレは、そういう助言とか真面目に聞かなかったクソガキだった訳で……ウグっふ、古傷黒歴史が痛む……。ハァハァ


 と、兎も角、そういう事だからザジ嬢もそんなに気にしちゃ駄目ざますよ?


「気遣い、傷み入る」


 いやそこまで気にせんでも……。



 因みに、ここは宿場の外席だ。


 普通の宿場と同じ作りだけど、ここには外にも粗末な丸テーブルに丸太の椅子という質素ながらも席が設けられてて、人がいる席にだけがランプが置かれてていい感じ。

 今日は月光もあるしね。半月だけど明るいわぁ。


 あ、因みに月は二つらしい。

 ってのは、肉眼じゃあ滅多に二つ目の月は見えないんだって。ほぼ常時新月状態らしい。


 後、この宿場の外門の目立つとこに焚火があるくらいだけど、この火を頼りにやってくる迷い人とかも極稀にいるらしい。


 まぁ、ともかく食事ができる程度には明るいって事。

 

 外にいるのはあと三組くらい。何人づつ座ってるかまでは見てない。

 そこまで気にする事じゃないし。


 あ、それと泊り客はうちら王都行の四台分だけだから気楽だよ。

 後から御者の人らが、馬の世話やら軽く点検やら終えてから飲みに来るだろうけど、ほぼ全員いる状態。


 まぁ、ご夫婦とかカッポーとかが物陰でやってるかもしんないけど、そこは見ないフリするのが礼儀マナーです。


 興味あるか無いか言われたら……無いなぁ。

 スケベィなモンが全然湧かん。


 ま、まさか、い〇ぽてぇんつ不能


 いや、ちゃんと女の子にも興味ある……よね(震え声)?


 ……ひょっとして、ウチのお姉様たちの普段の行動やらかしの所為で、トラウマに……?

 いや、あり得そうなのが怖いっ。 やめてよね?!


 実際、車両で前の席に座ってるご夫婦見ても羨ましいなーとか浮かばないし……。


 ウチのお姉様たちの方が贔屓目差っ引いても美人だしなぁ。ぱっと見には。

 中身? ハハッ、ノーコメッ


 ちゃんとザジ嬢とか見て可愛いとか思えるんだけどなー。

 ナギラだけど。ナギラの子だけど。


 ランプの仄かな灯りを受けて、ザジ嬢の顔が普段よりも柔らかく見えてる。

 まぁ、気落ちっつーか、脱力してるから普段よか何割か増してそう見えるよ。


 いや、普段…つーかこの三日くらい散々眺めさせてもらってるけど、表情ずっと柔らかいけどねっ。やや垂れ目気味だから余計にそう見えるのかもね。

 だけどナギラ…以下略。


 しっかし美少女って得だなぁ、どんな表情してても絵になるんだもん。


 オレは……ブ男じゃない…よね?

 自信無ぇ~。


 というか、ザジ嬢が元気ないのは、体動かしてないからという気がしないでもない。

 何かこの娘。退屈の虫とかと相性最悪な気がするんよ。


 ……となると、アレか?

 アレかなぁ……。


 ……怖いけど……。

 すっげ怖いけど。


 う、う~む……仕方ない……か?


「ザジ嬢」

「…んむ?」


 オレはザジ嬢を呼び、焚火の方へ誘う。

 正確には、焚火のへ、だけど。


 門の傍で見張りをしている人にちょいと話を付けると、直ぐに許可をくれたので、焚火に使っている薪の中から、固く丁度良い長さのものを二本選び、一本を彼女に手渡した。


「これを?」


 うん。怖いけどね。すっごく怖いけどネ。

 絶対この娘、ヒトだってわかるんだけどね?


 だけど、オレもオレ自身の勘が鈍りそうだからさ……。


「身体、動かしたかったんだろう?」


 門の外、焚火のに移動したのは、目立つのを避ける為。

 そして許可をもらったのは、


「よい、のか?」


 ああ、やっぱりそうか。

 じわっと気配がよ。


 ナギラの人なー。だいたいなんだよなー。


「縮こまっているだけだと鈍る一方だ」


 そう、正眼に構えた。


 ザジ嬢。

 ……夜の闇の中だってのに、目が光ってるよーに見えるんですけど?!


「確かに、確かにのぉ」


 腕を大きく広げ、やはり正眼に構えてきた。


 うわ……薪がギシギシいってるぅ。雑巾絞りにも程があるでしょ。

 早まったかなー……(今更)。

  



***

***

***



 宿場の周囲を囲む柵はそんなに高くはない。

 せいぜい人の背丈ほどだ。


 幸いにこの辺りには危険な獣が出ない事もあって、せいぜい残飯目当ての小動物が偶に柵をくぐって入る程度。


 野党の類もここらには出たりしないので、見張りとはいっても逸れ人や旅人が訪れるかどうかを確認する程度でしかない。


 そんな彼に、客の中にいた少年が少女を連れてやって来て、少し身体を動かしたいが構わないかと聞いてきた。


 何でも馬車旅の間、座りっぱなしだったので身体が鈍りそうだからとの事。

 棒切れ振り回す程度構わないぞ、と軽く許可を出したのだが――



 二人が構えると、息が、止まった。


 

 二人は子供である。

 子供である、だ。


 特に少女の方は年齢相応に幼い顔つきをしていたのだから。


 自分らがこのくらいの年齢の時も、棒を振り回していい気になっていた時期があった。

 何も知らない餓鬼が得物をもって粋がり出すのもこのくらいの頃だ。


 だから棒振り遊び程度だと軽く許可を出したのだが……。


 なんだ、は?


 双方、正眼の構え。

 ただ見つめ合い、構えを保ち続けているだけに過ぎない。


 が、何故か目が離せない。離すのが


 息がし辛い……いや、できない。


 ただ構え合っているだけなのに、何故か空気がぴんと張りつめており、焚火が燃える音が邪魔でしょうがない。


 焚火の音が、邪魔をして、何かのが気付き難くて怖いのだ。


 するりと二人の構えが変わった。


 少年は上段に。

 少女は下段に。


 全身が汗で濡れている。

 緊張が解けない。

 ひょっとしたら震えているのかもしれない。


 宿場の一階の喧騒が世空言のように感じられる。


 この場だけが、

 目の前の二人のいる場所だけが、別の世界のように感じられる。



 何時の間にか二人の間合いが縮まっていた。


 足を動かした風にも、移動した様子も感じられない。


 ただ間合いが詰まっていた。


 何だこれは?

 何を見せられているんだ?


 自分はどんな間抜け面でこれを見ているのだろう。


 そんな顔色すら変わっているかもしれない。


 温かい時期だというのに冷たいような気がする。

 冷たいようなのに、汗が止まらない。


 二人の間合いが、更にと縮んだ。


 水面に落ちた絵具が混ざりあうかのように、不自然に、


 そして滑らかに、


 或いは


 二人の得物が、触れ合う――

 




 ― バチュッ! ―





 瞬間、何かが爆ぜた音がした。


 同時に二人の間合いはまた広がっていた。


 一瞬過ぎて何が起こったのかさっぱり分からない。

 分からないのだが――


「いやぁ…うむ!

 良かった。実に良かったぞ!」


 少女から、寸前までの険がすっぱりと取れていた。


「……それならば重畳」


 少年は幾分、脱力しているようだ。

 しかし、だからと言って自分の様な醜態は晒していない。


 何かしら満足したのだろう、少女は年相応の笑顔で彼の手を引き、こちらにやって来た。


 男に場を使わせてもらった事の礼を告げたのだが、彼は何と答えたか分からない。未だ夢現と言って良いかもしれない。


 しかし、そんな彼の様子を気にする事も無く、二人は手にしていた薪を焚火へと突っ込んで、外席へと戻って行った。



 何事も無かったかのように。



「……な、何だったんだ、今のは……」


 汗で全身ずぶ塗れになっていた男は、緊張感から解放された事で安堵し、何も問う気にならなかったし、思い出したくも無かった。



 だから、突っ込まれた薪が裂けていて燃えやすかった事も気付けていないし、




 焚火の灯りに誘われた甲虫が、うっかり二人の間にたまたま割り込み、



 二人の得物が掠ってもいないのに事など知る由もなかった。


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