第玖話 陸路の旅・壱
一般的に伝わってる馬車の乗り心地の感想は様々だし、オレもそう知っている訳じゃない。
地元じゃ砂上船― あるんだよこの世界には ―が主だったけど、砂漠以外に移動した際には偶に乗ったりしてた。
つっても、例のイタイタシイ時期も重なってたから、そんなに記憶してないのよね。
乗り心地も何も…周りの色んな気遣いひっくるめて、全部ウザったいとしか感じていなかった気が……。
イタイ…どう思い返しても、心が痛すぎる。黒歴史的に。
オレになってからこっちに起こった出来事の方が色づいてるって何ぞ……。
兎も角、そんな訳で今回、馬車の乗り心地初体験と言っても過言ではないだろう。
いや過言か?
ま、まぁ、それは良いとして、その乗り心地なんだけどさ……。
衝撃緩和のしかけが優秀なんだかしらんけど、すごくもっさりと揺れる。
ホラ、物語とかでガタガタ道走ってお尻痛い…とかあるやん? アレが起きてないんよ。
車窓からの景色見る限り、実際にはかなり振動あると思うんだけど、件のしかけがそれを見事に殺している。
感覚的には…え~と、アレだ。昔の
大地からくる衝撃やら振動やらがこないのはありがたいな。
いや確かにありがたいんだけどさ……。
難点が無い訳じゃないんだよな。
確かに、頑強な魔獣の革で編んで作ったストラップと板バネによるダブル構造だけでここまで緩和できるのは超凄いと思う。実際、今現に
だけどね、その仕掛けで衝撃や振動というエネルギーを全部吸収できる訳じゃない。
どっかで力を逃がす必要があるのだよ。
つまりだ、
ガクガクとした揺れはないけど、代わりに荒めの海の船みたくなってる訳よ。
陸路なのに気分は船酔いとはコレ如何に。
「うっ…」
「ぐぅ……」
と呻く人続出。
まぁ、慣れないとねー。
オレが乗ってる八人乗りの客車には、自分含めて六人が乗っている。
乗車客の数なんて数えてないけど、今回の定期便にはそこそこ空きがある様で、余裕が持てて座れるのは何よりだ。
だけど、オレとザジ嬢はそんなでもないが、他四人がグロッキー状態っぽい。
特に車窓から景色を見てた人が大変みたいだ。
だって横の景色は上下運動なのに、客車内はもっさり揺れてる訳よ? 感覚が狂うから酔い易いんだよ。
まぁ、悪路走ってる訳じゃないし、何かに追われてたり追ったりしてる訳じゃない分マシだと思うんだけど……。
あ、フツーはそこまで治安悪くないか。
どーせ後
酸っぱい臭いの車両はご勘弁。
しっしかし、
流石と言うか何と言うか……。
***
***
***
王国周辺で使われている馬車の乗り心地というものは話には聞いていたが、思っていたより気持ち悪いものであった。
いや、こうやって大地駆け、車両に掛かってくる振動を殺す仕掛けは、確かに凄いとは思う。
思うのだが、例えるなら
その為にけっこう不快になっている。
まだ自分が馬に乗って駆ける方がマシだ。
それに確かに振動はないが、馬の蹴る音と車輪の音まではどうしようもない為、世間話すらままならない。
折角、隣に恰好の話のネタがいるというのに、だ。
ふと隣の席に目を向けると、腕を組んで黙って座っている少年の姿。
周囲の者たちは皆気分を悪くしている様なのだが、彼は乗り込む時と同様に干し肉を噛み締めている。
調子を悪くしている様子は見られない。
強いて挙げるなら退屈そうという程度か。
―― この揺れる中で食欲があるとはなぁ……。
感心しつつ、他の客に目を向ける。
真正面に仕切りはあるが、乗り込む前に軽く挨拶を交わして対面はしている。
夫婦らしき中年の男女と、初老の男性客一人。
こちら席には自分と彼、その向こうに若い男…三十には届いていないと思われる男性客。
自分とダイン以外の顔色は悪い。
せめて宿場に着く迄は耐えてくれよと願いながら、外の景色にも目を向ける。
まだまだ陽は高いが、更ける前に着かねばならない。
行程は急ぎ足でないだけ楽ではあるのだが、気分的には飛ばしてほしい思う。
師のようにこういった行程の具合すら楽しめる事が出来ればよいのであるが、そこはどうしても経験の差として出てしまうもの。
諦めにも似た心地でただ時が過ぎるのを待つのだった。
―― 無論、警戒はぴくりとも緩ませていないのだが。
***
***
***
カランカランと先頭馬車が鐘を鳴らし、後続の車両が順次御者席の横に備え付けられている鐘を鳴らしてゆく。
その音が聞こえてようやく宿場に着いたんだと分かった。
あ゛ぁ゛~着゛い゛た゛~……。疲れたモーン!
まだほんのり空の色が変わろうか、てトコにその宿場はあった。
こういった施設を使っている業者も結構いるし、時には狩りに出たバンカーも宿として使う事がある。
距離的に港町からそんなに離れてないって感じるけど、それは今の時期だからで、これが秋口以降だったらこのくらいの時間ならもう暗い。
だからここに設けられている事は決して間違ってはいない。
丸い石作りの建物で、三階建て。
一階が酒場兼食堂、二階が宿という形になってる。
三階は屋根裏だけど、お勧めはしない。虫に食われやすいんよ……。
「ほいほい降りた降りた。
お客さん、吐くなら車内はやめとくれよ」
リップサービスを求めてもしゃーないが、もっと丁寧に言ってくれても良くね? という気がしないでもない。
自分らが乗ってた車両には、オレ、ザジ嬢とご夫婦と男A,Bだった。
四人席に三人乗ってたから楽なコースだったと言える。
ザジ嬢に次いで降りてみて、初めて分かったけど、他の車両も六人づつ乗ってたみたい。
二十四人かぁ……結構大所帯だなぁ。
宿場には先に二台馬車があって、それは港に行く商人のものらしい。
一台は商人、もう一台が護衛の人が乗ってるとの事。
商人は港に起こった騒動の話を聞きたがってて、客の人が捕まってせがまれてた。
ああ、顔色悪そうなのに…必死だなぁ。
オレ? ザジ嬢と二人、端っこのテーブルに腰を下ろして、そこらは全部、大人の人達にお任せして、ボク、わかんなーいを貫いてた。直接聞かれてないしー。
だから黙って
言っちゃあなんだけど、意外とイケた。良い意味で予想外だ。
もう一つ予想外だったのは、ザジ嬢がちょっと疲れていた事。
座った時、ヨッコラショしてたし、食事を終えた今もぐでっとしてる。
体質的には頑丈だけど、気持ち的には疲労は溜まってんだろなぁ。
オレはちょいと気を利かせ、カウンターに行って酒をもらって席に戻る。
「お疲れ」
そう言ってピッチャーを渡して労わると、
「おお、忝い!」
と喜ばれた。
やっぱ
因みにオレは水ね。
水の方が高いのは納得しかねるが。
ピッチャーを呷ったら少しは落ち着いたのか、はぁと息を吐いて(酒臭い)からこっちに笑顔を向けてきた。
「すまんのぅ。気を遣わせたかの」
「退屈だったのはお互い様だしな」
ついでだから、持参した袋から、摘まみにどう? って刻んだ干し肉を五,六枚差し出したら余計に感謝されてしまったよ。
いやホントついでなんだよ? 道中、豆ばっか噛んでたから飽きたんじゃね? って思っただけだし。
ザジ嬢、それをむにむに齧りつつ、酒を飲んでる。
ぱっと見はお菓子食べてる女の子のそれなんだけどなぁ……。
この一族、酒が好きなんだけど、決して酔わない。
酔うぞって気合い入れたら酔えるらしいけど、ヨッパライとはほぼ無縁の存在。
っていうか、世間一般的に身体に害のある薬やらが効かないというね……。
抵抗力が高い、とかじゃなくて無効なんだよなぁ。ほんと、他を圧倒する体質だよ。
因みに、実は睡眠も一切せずに生活できるらしい。
だけどつまらないから寝るんだってさ。
こうやって見てても眠そうなのになー。
擬態とかじゃなくて、気持ち的なものなんかな?
その辺りは学者じゃないからよく分からん。
「あのような揺れ方をするとは思いも寄らなんだぞ」
最初に出た愚痴がそれだ。
まぁ気持ちは分かる。
「まだ試行錯誤している途中の技術だからな。
まだ壊れやすいものを守る事が優先されている」
この世界でもいずれ出来るんだろーね。
だって、前世から考えても、現時点で超技術なんだもん。
固定さえしっかりできてたら、陸路でも皿とかの焼き物を割らずに早く運べるのって凄い事なんだよなぁ。
この世界、魔法とか魔物とか余計な物が割り込んでるから、文明の進歩速度が微妙なんだと思う。
何しろ電気――この世界じゃ風属性の《雷》系になるんだけど、わざわざそんな扱い辛いもの力の源にしなくていいんでね? って感じで、特に重要視されてないの。
魔力石で全て事足りるんだよなぁ……。
「今日は出発した時間が時間だったな。
わりと駆け足になったのはしょうがない」
「の割に、進んでおらん気がするんじゃが」
普通、こういった重い馬車で一日に移動できる距離は20㎞と聞いている。
もちろんこの世界の、っていう言葉が着くけどね。だって目的地に着くまで馬の交代が無い持続走行なんだもん。
馬からして違うしね。パワフルなのよこの世界のお馬さん。
足もごっついし。
「無茶をすればそれは確かに早く進めるだろうが、馬の体力が持たない」
だけどやっぱり限界はあるしね。
無茶させたら死んじゃうよ。
「そうじゃの」
と諦めた口調で零す彼女に苦笑してしまう。
だだっ広くて障害物が全くナッシングな道はまだない。
そもそも舗装された道の方が珍しいんだ。だから走らせ易い道を選ぶのは必然。
だから直線よか時間かかっちゃうのは仕方がないの。
何百㎞も離れてるのに一週間で着くのも、よく考えたら凄い話だなぁ。
「快適な陸路の旅なぞ何時の事になるやら。
これなら歩きの方がマシであったやもしれんのぉ」
同感だと思いつつ、この世界での野宿は遠慮したい。
周囲に灯りが全くないのって想像できる?
目の前の焚火以外、何も見えない。星の灯りなんて闇の深さを彩るだけなんよ。
焚火っていう光源が目の前にあるからこそ、周りの闇が余計に際立つというね……。
だけど、一人じゃないならマシかもなぁ。
確かに、ザジ嬢と二人なら野営も良いかも――
等と考えてみたりしつつ、物足りなさそうにしている彼女に気付いてお代わりをもらいにカウンターへと向かった。
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