第捌話 邂逅・下
「儂の名は、ザジロニア・ロギスと申す。
此度の
未だ行く先の定まらぬナギラの小娘じゃが、よろしゅうの」
慌ただしくコッソリ飲み屋の飲みや(紛らわしい)を出て、落ち着いたところで彼女はそう自分から名を名乗った。
「承った。
オレはダイン=
知ってるだろうが、まだ
だから当然、オレも自己紹介をする。
いやね…ここら辺の礼儀は叩き込まれてるもんで(震え声)。
「ふぅむ……。
同期になるという事かのう」
「向こうが受け入れてくれるなら、だがな」
「確かに」
何か固くないかって?
しゃーないやんっ! 今世じゃ同年齢の子供なんぞ身近におらんかったんやで?
前世? 知らない子ですね……いやマジそうなんだけど。
これでも砕けた口調のつもりなんだよ。がんばってんのよ? 察して!
「ふふ…。」
何か知らんけど、彼女機嫌がいいみたいだから、これでええのか?
しっかし……ナギラ。ナギラかぁ……。
この西大陸クランドのずっと南。
南部へ行くのを阻むかのように佇んでいる山脈ギルガイヤ。
見た目がでっかい竜の背骨みたいだから、まんま
その険しいにも程がある山脈の向こう側にザギ・ナギラっていう国があって、何が楽しいのか南の最前線に陣取って万が一の魔獣災害に備えてたりするのだ。
いや実際、大災害クラスの襲撃とか偶にあるらしい。
……らしいんだけどさぁ、そこに住んでる連中がこれがまたバカ強くて、一匹残らず返り討ちにしてるんだよね。
それがナギラの民。
賢く、だいたい温厚だけど、とにかく強い。ごっつ強い種族。
領土を欲する事も無く、領民が増えればその時に賄える程度には広げる。といった具合に、先を見た開発計画とかは立てない主義。
だって強いんだもん。
事が起これば、起こった時に対応するだけでどうにかできちゃうくらい。
ウチの
……いや、ホントにこれが比喩とかじゃなくてマジっぽいの。
伊達に《牙を砥ぐ民》とか《角突き》とかいう渾名もってないのよね。
え? 牙(犬歯)は兎も角、この娘に角なんか生えてないって?
そりゃそうだ。今は生やしてないのだから。
だって彼女らの角って、位置も本数も制限なしの伸縮自在なんだもん。
人前で角出さない理由は知ってる。確か『そこらに唾吐く行為』と同じなんだって。
敵対したモノに対してのみ出すんだってさ。おっかねー。
だいたい、この娘にしても、見た目と地力に明確な差があり過ぎる。
だってさ、軽々と背負子背負ってるけど……なぁにアレ?
袋の中に鉄塊でも入れて来たん? つーほど重いんですけど!
そして左右の腰にある大小の―左のが微妙に長い―小剣。
オレの持ってる剣を見て、
ぱっと見はただの小剣だけどさ、オレのと左程変わりないくらい分厚いでしょ、それ。そんなん剣の形した斧だよ。
絶対キミ、素の力を存分に使って叩き切るタイプだよね?!
オレ、身内の
初めて見せられた時、怖かったんだゾ。
男の隙を突いて股座を斧でドスっとやられるの見たの、軽いトラウマなんよ……。
大体この娘。所作だけ目にしてたら穏やかでおっとりとしてるように見えてしまうけど、要は鞭みたくしなやかに動いてるからそう錯覚しちゃうだけなんだ。
あんな荷物背負ってしなやかに軽やかに歩くのって普通ムリだからね?
「お、馬車が着いたようじゃの」
その言葉を受けて
確かに四頭立ての馬車がやって来ている。
数にして四台。
いや車両として数えるんだったら"両"か? まぁ、面倒だから台でいいや。
馬車は八人乗りの、所謂
魔獣の革を編み込んだストラップと板バネを併用して、
実にお尻に優しそうな作りだけど、メンテがめんどいらしい。今も軸とか車輪とか含めて要チェックや! してるし。
長距離移動後だしね。仕方ないね。
つか、定期的に長距離移動する馬車だったら駅馬車が正しい気が……。まぁ、どうでもいいか。
んで、総点検が終われば駅舎で待ってた馬と交代させ、最終チェックして出発する訳。
七日間も移動してきたお馬さん達よ。お疲れ~。
そしてこれから引っ張ってくれる馬さん達よ。よろしく~。
今更言うまでも無いけど、王都に行くのにこの駅馬車にこだわる必要はない。
交易商が個人で持ってる馬車の護衛をするとか、相乗りさせてもらうとか色々。
だけどね、オレ、西大陸じゃ信用無いねん……。
信用っつーか、保証がね……。
え? 港の一件があるだろうって?
せやから名前伏せてもろたって言うたやん!
知ってる人は知っている、程度でええねん。
それに自分、十一歳だしねぇ……。
仮にオレからバラしたとしても真実味が薄いのなんの。
東大陸の方だったら、傭兵の証見せて一発なんだけどさぁ、こっちだとまだ身の証になるもんがね……弱いの。
だから乗合馬車一択なんよ。
幸いにして座席は簡単に確保できたしね。
彼女の隣というのがアレだけど。
道中六泊もする事になるけど、こういうのはポイント毎に簡易宿泊できる施設があるから、多分野宿よかマシだろう。まぁ、どこでもマシという程度なんだよね。
一応は馬主側の方が簡単なものを出してはくれるけど、ホントーにカンタンなモノだし、量も満足とは言い難い事が多い。
だから道中で摘まむものとかは自前で用意しておく必要がある。
因みにザジロニア嬢…「ザジでよいぞ」
訂正。ザジ嬢は炒った豆を買ってた。
……マジそんだけ食うの? バケツ一杯分はあるよ?
オレ? グローク― 一般的な食肉用家畜。前世的に言うとバッファローに似てる―の
あ、勿論マナーを守って、Chomp,Chompとか音立てて噛んだりしないゾ。
ゆっくり噛み締めるんだよ。ぐっぐって。
喉乾くから飲み物別口に必要になるけどなっ。
***
***
***
――七日分とはいえ、それは多過ぎじゃろ?
と、干し肉を買い込むダインを見ながら思った。
尤も、人の事は言えないほど彼女も豆を買っていたのだが。
彼は買い込んだ干し肉をばらし、鋏を使って一口大に切って袋に入れてゆく。
確かに、やや嵩張りはするが、それならば食い易かろう。
そして一切れ口に含み、じっくりと噛み締めて食べている。
干し肉を食す時の咀嚼音は、自分の物なら兎も角、他人のそれは不快と感じる事が多い。
しかし、そうやって食すなら周りもそうとやかく言うまい。
ザジはそんな彼の横顔を目をやり、ある得心が行っていた。
ぱっと見、ダインという人間は小太りの少年に見えてしまう。
実際には、ちょっと考えられないほど鍛え抜かれた筋肉が服の下に隠れているのだが、体形的にはやはり太っている風に捉えられるだろう。
しかし違和感は拭えまい。
何というか……決して不細工という訳ではないのだが、纏う空気や雰囲気にズレている感が残るのだ。
無論、問題はない。この年齢にしては落ち着きがあり過ぎるというだけで、直ぐに慣れてしまう程度のものなのだから。
違和感の正体は、彼の容貌になる。
太っている場合、顔……特に頬や顎に掛けての線にどうしても丸みが出てくるのだが、彼にはそれがない。
顎を発達させている四角い顔であり、太っている者特有の丸みのある頬が無いのだ。
だからと言って頬がこけている訳ではない。
頬すらも強い筋肉が作られている。
――咬合力をも鍛えておったか……。
じゃから顔と胴のつり合いがちと違って見えておったのか。
癖の強い黒い髪。
鳶色の瞳。
どちらかというと西大陸の北方民に多い風貌だが、彼は東大陸の出身だという。
まぁ、何かしらの理由はあるだろうし、彼が言う気が無いのなら問う気も無い。
今見知っている彼だけで、十分興味を惹いているのだから。
こうもまで己の身体を組み上げるとは……。
それを成し遂げた意思と、教えを授けた家族とやらは一体どんな傑物たちなのか。と更に興味を深めてゆく。
無論、地元にも身体を鍛え続けている男子はいた。
研磨し続けていて、ザジの目から見ても十二分に強いと思えるほど。
が、それは《ナギラの民》という下駄があっての強さだ。
彼女がバンカー育成機関の初等部に入る事になったのは、師の申し出があっての事である。
師――祖父は、
しかし鍛えれば鍛えるほどに、この地で鍛錬させ続けるだけでは、単に強いだけの者にしかならない事を危惧していった。
何しろナギラの民は、生きようと思えば生き続けられる。
長命な種にありがちな事であるが、何時何時迄に強くなろうという感覚が緩い。
長々と生きられるが故に、辿り着く、超える、と言った意気込みを持ちにくいのだ。
驕り高ぶるという心を持たない種である為、幸いに問題は起きていないし起さないのでそちらの心配はしていない。
気にしているのは、環境だ。
せっかくの成長期。早い内にもっと世間を知り、見分を広めてほしいと思うのは当然と言えよう。
十一の小娘に? と一般常識的な頭をしていればそういった疑問を持たれるだろうが、そこは『ナギラだし』と答える他ないのであるが。
それに――
ナギラの女に対して、女として手を出す事は物理的に不可能なのだから。
馬車内は意外と広かった。
四人座席が向かい合う形で座る事になるのだが、真ん中にはカーテンで仕切りがあってくれたので、見合い状態にならないのは幸いである。
彼女の指定席は窓際である為、暇をつぶす術は色々ありそうだった。
席に座れば進行方向に向いている事も実に良い。
この地に着いて早々からずっとツいていると思わざるを得なかった。
向こうに着く迄、もっと彼の話を聞きたいものじゃ、と想いを馳せつつ先に乗り込んでゆくダインの背を眺めていたザジであったが――
一瞬。
ほんの僅かであるが妙な視線を感じた。
いや確かに旅姿の小娘一人ならば如何様にでも出来ると考える輩もいる事はいる。
何しろ若い娘。使い道など幾らでもあるのだ。
だが、それだけではない。
言ってしまえばただの勘なのだが、どうにも、予感めいたものがちらちらと触る。
巻き込まれる……?
さすれば何に?
ザジは違和感を感じさせない所作を装ったまま、頭をフル回転させていた。
傍目には、
しかしその実、ザジの頭は鉄火場慣れした無頼のように様々な可能性を挙げ続けていた。
現時点で一番可能性が高いのは人攫いの類だ。
しかし乗車してしまえば、少々難しくなってくる。
が、彼女が荷台に背荷物を置き、帯剣したまま車両に乗り込んでも、その妙な感触は続いていた。
とすると――
座席に着くほんの僅かな間、彼女の表情が変わった。
しかしあまりにも短い間であった事と、車両という陰に入った事で誰も目にしていなかったのは幸いだろう。
それは、何か面倒事が起こってくれる事を期待した、
引き攣るような笑みだったのだから。
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