第陸話 復帰・下



「ありがとやしたー」


 何ともやる気を感じさせない声で少年を見送る店番の男。

 親方に「お前より年下だぞ」と言われてもすぐに納得しかねた雰囲気の客だった。


 売った品も、親方が手慰みに拵えた物で、お世辞にも扱い易いとは言えないものであったはず。


 如何な幼少ガキ相手だろうと生半可なものを売りつけるような性格ではない、昔気質の頑固な親方だ。

 そんな彼がを勧め、柄巻きの要望まで聞き、ナイフまで見繕ったのだから首を傾げざるを得ない。


 そう不思議そうな顔をしている彼を見、クホルは溜息を吐いた。


「そんなんだから、おめぇにはまだ鎚も握らせられねぇんだよ」

「え?」


 唐突にそう評されても意味が分からない。

 呆けた返事を返すのがせいぜいだった。


 クホルは瓶から水を汲んで頭からかぶり、顔をごしごしと布で拭う。

 鍛冶仕事の合間に接客をしたのだからまだ顔を洗っていなかったのだ。


「あの小僧が柄を握った時、ちゃんと見てたか?」


「…え? あ、えと…何だが思ってたより軽々と振ってたなぁ…と」


 話にならん。

 とかぶりを振った。


「バカが。

 魔力の通し方見えてなかったのか?」

「へ…? あ、いや、でも、アレくらいならそこらの剣士でも」


 と言い掛けてハッと気付く。

 あの少年は、そこいらの一端の剣士と同様に、速やかに魔力を流したのだ。


 少年の雰囲気に飲まれたからか、指摘されるまで、できている事に気付けていなかったのである。


「それだけじゃねぇぞ?

 あれは見た目は剣先のない長剣だが、中身は別モンだ。

 叩き切る剣じゃなく、斬り裂き特化に打ったんだ」


 よって、魔力の通らせ方が違う。

 長剣、或いは両手剣の様に振り回して使うものなら、強度の強化も兼ねる為に網目…或いは亀甲状に流し込むものだ。


 しかし、先ほど売ったものは羽毛状。それだけでも難度があるというのに、隅々にまで行き渡らせていた。


 それがきちんと出来てはじめて、あの剣は本来の強度も斬れ味も発揮されるのである。


「何か勘違いしてたみてぇだが、アレは適当に打ったもんじゃねぇぞ?

 ああいう剣を売ってくれって依頼で拵えたモンだ。

 けどよ、依頼した本人が全然使えねぇってんで突っ返してきたんだ」


 刃先に魔力を流す事すら出来ねぇボンクラだったから当たり前だよな。

 と、クホルは楽し気に笑って言った。


 特別な鍛冶技法は使っていない。


 ただ、ナイフ等の切れ味を特化させる技法を、そのまんま剣で再現しただけだ。


 といっても、それだけでは切った張ったの戦場において強度面に問題が出てしまう。だから切れ味と強度を保つ為にあの分厚さが必要となった。


 その分、魔力の通し方が 難しくなったのだが……。


 何の事は無い、あのバンカー未満ひよっこは難なく熟したではないか。


「そーゆー所を見る目を持てっつってんだよ。

 でねぇと、何時までもぽけっと客に媚びるだけで終わっちまうぞ」


 そう言われると首を竦める他ない。


 まぁ、今回は相手が悪かったといえるのだが。


「しっかし……。





 アレが砂ババアの下の子かよ。変な笑いが出たわい」


 そんな親方の呟きは店番の少年の耳には届く事も無く、


「クホル、いるか?!」

 斧の柄が腐っちまったんだ。代えてくれ!!」


 という客の声でかき消されるのだった。


「馬鹿野郎!!

 船の上で使うんなら手入れ欠かすなっつってんだろーが!!」




***

***

***




 クホりそうでクホらない、クホル=サンの店をウッキウキで出たオレは、次に手持ち道具を買いに向かった。


 買い物に来ても真っ先に武器に走るのは我ながらアレだが、筆記具買った所為で金額に手が届かね~っ! とかやらかすのは勘弁だからこれでいいのだ。


 まぁ、代金が向こう持ちっていうのがオイシイ、実にオイシイ。


 タダより高い物はない?

 知ってるよ。その程度の事。つか、散々おホームで叩き込まれてるっつーの。



 実のとこ、今回の一件ではオレの名前を伏せてもらっている。


 え゛? 名が売れるチャンスじゃね? アホ言わないで。

 ただ逃げまわっただけで有名にされたらマジ恥ずかしいわ!!


 そこらの人に、『あ、逃げの人』とか『ゴキブリ並の回避力! スゲェ!』とか言われとーないわい!! この世界にゴキおるか知らんけど。


 それに、剣で身を立てたいなーとか思っちゃってるオレとしては、そういうあだ名を先に残したくないのよ。


 例え後の世で名を残せたとしても、いっちゃん最初に着いた汚名は残っちゃうもんなんだよ。

 『逃げのダイン』とか噂されたらどーしてくれるの?!


 だから必死こいて土下座って名前は出さないようにしてもらった。


 ……船乗りの間では知られてる? 良いんだよ! 名前はギリ秘密にできてるんだから!!


 あの副長=サン、オレの名前覚えてねーんだもんなぁ……不幸中の幸いだよ。




 まぁ、何だ。

 我がままと言えばそうなんだけどさ、云わば最後の見栄みたいなもんなんスよ。


 オレは所謂、才能無しというやつ。


 だからのオレはそれをず~っと気にしててウチの家砂長虫の中じゃあ相当燻ってたんだわ。


 何しろ義母兼団長おふくろをはじめ兄姉みんなして、ほんっっとに強くて凄いのよ。

 立つ瀬ないじゃん?


 それで蔑まれでもしてたら話分かるんだけど、皆して労わってくれてるのよ。


 そりゃ劣等感コンプレックス持ちますわな。


 あ、才能無しってのは、チート云々の話じゃないぞ?

 そもそもレベルとかは勿論、人の能力の値とか使用できる技術の値なんぞ調べる方法無いし。

 スタータス! っていうアレ。無いのよ。当たり前っちゃあ当たり前なんだけどさ。


 で、オレの才能無しってのは、魔法を使う才の事。

 オレの身体は、それを魔法として組み上げる能力を持っていないって訳。


 ええ…と、解り易く言うと、

 魔力を食材に例えれば、発動した魔法は完成した料理にあたる。


 んで、その調理にあたるのが魔法な訳だけど、オレの身体には食材魔力調理する台組み上げる器が存在していないらしい。


 うん、前のオレはそれが相当堪えた。

 軽く絶望してる。分かるわぁ。


 魔力はあるらしい。それも大きめとの事。

 これで魔力(小)とかだったらまだ諦めもつくんだけど、中途半端に大きいとなるとさ……ものっそい持ち腐れ感あるんだわ。


 そりゃあ、そんなんで十歳にもならない時に使なんて知らされたら……ねぇ?


 剣使えるだけマシっちゃあマシなんだけどさ、その剣士が主だって使えるものの中に《剣術》っていう、魔法を組み合わせたものがあんのよ。


 分かるかね? 一端の剣士なら使える《剣》の《魔法》が一切使えないと知った時の気持ち。 


 だから人の言う事も聞かず、家族の気遣いにも耳を貸さず、やけくそで剣振りたくってひたすら自分の身体を虐めてた訳よ。


 だって悔しさの持って行き場がねーんだもん。

 生来のものにどー文句言えと? 自分を憎むくらいしかできひんて。


 それか顔も知らん生みの親をネタにして愚痴れと?

 どうしてこんな身体に産んだっ! とか? 無いわぁー……。


 んでさ、

 ガライラここを出て更に西に行くと、ここらを治めている王都の《ランダール》があるんだわ。

 そこにある狩猟人育成機関に新設された初等部に入れっつー事で船に乗せられた訳だけど……。



 前のオレはこれを放逐みたいに捉えてたっポイ。



 そりゃーね。

 今現在、思い出したら身悶えするくらい自己嫌悪に陥ってたのよ。

 そりゃもう死の帳面ノートやら黒歴史的に。

 

 燃える事も消える事もできないブスブスに燻ってた訳よ。人の意見なんて耳でカキーンするか、頭に入っても理解できないんよ?


 改めて思うと、鬱でも患ってた可能性があるなぁ。

 そんな状態だったからこそ、そんな風に捻くれて捉えていたのかもしれん。


 で、あの六本足の引き付け役になったのも、あの時ヤケクソだったから。


 よくある、『オレなんかどうなったって、死んだって構うもんか』ってヤツね。


 

 うわっ キッツッ!!


 痛いイタイ! 思い出してもイタスグル!!


 ヒギィっ 何度思い出しても、ごっっっつ恥ずかしかっっ!!



 ……ハァハァ 鎮まれ、オレのチキンハート。



 と、兎も角、今は欠片もンなこと思ってないよ。いやマジに。


 多分だけど義母おふくろは、劣等感からごっつ狭い自分の世界に閉じこもってたオレを、世界を見てきな、っていうアトモスフィアで送り出してくれたんだと思う。


 だって、何をど―思い出しても、家族全員がオレにめっさ気ぃ使ってんのよ?


 美人さんやら、イケメンさんやらが、寄ってたかって戦い方やら生き残り方やらマンツーマンで教えてくれるのよ? ナニこのけったいな愛されキャラ。


 これまでの人生振り返って、親愛を信じれんかったら、ただのサイコパスだわ。


 自分、そんな家族愛に揉まれて生きてきますた。


 余りまくる魔力を身体や武器に流し切る事で、やっとバランスとれてるピーキーくんになっちまったけどな!!


 その分、育てるの面倒臭かっただろーなー……。

 面目ないなー……。


 そんなオレをよくもまぁ見捨てずいてくれたもんだよ。おいちゃん泣けてくるわ。



 それに古人曰く、『逆に考えるんだ』というのがある(多分)。


 つまり、魔法を覚える手間がかからない分、人生が楽なんじゃね? と。

 だって使える確率が万に一つも無いのなら、無視して良いって事だ。

 

 実際、魔法言語の組み合わせ覚えるのマンドクセぇし。


 基本的には解放形式:属性形式:発動形式って感じ。


 だから例えば火の矢を放つとしたら、

 ジス貫けイントラス一矢となる。


 ……いや魔法語の基本くらいはね、言えるんだ。使えないけどさ。ハハッ



 まぁ、今のオレは開いて直ってるから割と平気。

 それに前世の世界にゃ魔法なんて無かったんだもん。……無かったよね?


 だから武器の扱いをもっと上げたい。

 そっちの腕で一廉ひとかどのものになりたいなと思ってる。


 だって別に頂点トップとれとか命令されてる訳じゃないんだし。


 けっこう、ちゅーレベルでも最高なんじゃね? 

 義母おふくろ達を思い出したら、そこそこのレベルでもごっつ遠く感じるけど……。


 ま、とりあえず。次は服買おっと。

 今着てるのが一張羅ってのがね……。


 ふふふ…オレのセンスを見せてやろうじゃないか。


 ……このずんぐりむっくりのボデーに合う服があれば、だけどな。ハハッ






 

「隊長。

 彼が買い物をした店から請求書が回って来たんですが……」


「どれ……」


「一番高かったのが長剣、次いで砥石ですね。

 次が外套。旅人ならではでしょう。

 衣類ですが、本当に適当ですね。

 おそらく体格に合って丈夫だったら何でも良かったのかと。

 他の日用品も数売りのそれですし」


「想定より随分と安いんだが……」


「そうはいっても彼の体格に合う鎧なんか下手したら受注製品フルオーダーになりますよ?

 何より成長期に入ったら無駄になりかねませんしね」


「仮に恩賞から払ったとしても、かなり余るぞ」


「これからの生活費として普通に渡しましょう。

 無駄遣いする性格でもないでしょうし」





 余談だが、

 後にダインは、与えられた恩賞の金額を見て目が飛び出る事になる。


 金銭感覚は実に庶民的であった。


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