第伍話 復帰・上


「本当に世話になった。

 ありがとう」


 そう言って頭を下げたら、担当してくれていた薬師の人お医者さんに笑顔でいいよいいよって言ってもらえた。

 あ、看護してくれてた女の人もいるな。

 何というお見送り。照れるぜ。


 何でも、薬にも食事にも文句を言わず素直に受け入れ、問診にもまともに受け答えをして、消灯時間もきっちり守ってたのが、ひじょーに高評価だったらしい。


 いやそれ、患者だったら普通じゃね?


 薬っつっても液体だったし、苦いって顔顰めるほどじゃなかったのよ。

 良薬口に苦しやん。


 つかホームでそんなんで文句言ったら、言葉も言えないよーにされるんだぜ(震え声)?

 

 だいたい回復したいんだったら飲むの当然じゃね? 飲まないと痛み引かないよ?


 それに食事は上げ膳据え膳だったし、後は寝てるだけ……ごっつ楽やん。


 そんれだけで何でこんなに……え? ナニその(生)温かい眼差し。

 何か知らん間にやらかしたとですか?


 ねぇ、ちょっと?!





 ――何はともあれ、治療施設のお姉さんらに(自分的には)笑顔で手を振り、無事退院と相成った訳ですが……。


 現時点でちょいと困った事が二,三あったりする。



 差し当たって――持ち物が無い。



 今着ている服も、ガライラここの防衛団の人――何とかいう部隊の副隊長さんらしい――が調達してくれたのを着てる次第。


 因みに下着も新品だ。ついでにブーツも。


 ブーツって、動き易さ重視の柔らかいやつでも、新品だとまだ固いの。しっくりしない。

 慣れるまで少し歩き辛いわ。まぁ、それでも新品の履くのは少し気分がいいけど。


 んでもって二つ目は、退院したは良いけど今のところ行くとこが無い事。



 いや、目的そのものはあるんよ?


 前世の記憶でいうところの冒険者にあたる、《狩猟人バンカー》の初等部に入るというヤツ。


 だけど指定された日までまだ一月ほどあるし、尚且つに行くのに定期の馬車があるんだけど、これが三日後。


 三日間どーしろと?


 観光つっても港町だから物珍しさはあまりないし、大きな漁港もあるけど行くに行けんし。


 何故行けないのかって?

 くっそ歓迎されちまうからだよ。


 あの乗ってた船の副長のおっさん、それなりの顔役だったらしくて、下手に顔見せると下にも置けないくらい歓迎されちゃうの。


 病室に見舞いに来てくれたのは嬉しかったけどさ、大勢が大騒ぎしたもんだから看護のねーさんらがブチギレてソバットかましてたよ。

 大丈夫、ウチで治せるわっじゃねーよ! 笑顔が怖ぇーよ!


 兎も角、そんなこんなで港の方行けないから、消去法で街の商店の方になってしまう。


 それに今現在はアレだ。手荷物無いし。

 例の目的の為には動きやすい服やら、装備やらも買っておかなきゃならんのだわ。


 海の藻屑とはね~……トホホのホ~。


 てな訳で、そこらの人に道聞いて、狩猟人御用達のお店に向かうのでした(マル)。




 


 当ったり前だけど、真っ昼間の専門通りには人通りは少ない。

 こちらをメインに使っている狩猟人なら兎も角、一般人ならまず使わない品ばかりが軒を並べているのだから。


 まぁ、物珍しさにひやかしに来る輩もいない訳じゃなかろうが、それでもド怪しい薬屋だとか、ド不気味な道具屋とかに好んで入りたくなる奴はめったにいない。


 好きで来る奴は変わり者か、切羽詰まった奴。

 切羽詰まるほど困って、怪しい店だろうと頼りにするっていうリスキーな奴な。


 尤もオレはそう珍しい店に行くわけじゃない。

 学び舎で必要な物を買いに行くだけなんだ。


 幸いにも肝心要である背負い袋バックパックは既に持ってる。

 無いと困るだろうって副隊長さんがくれたの。ありがとう副隊長の人(名前忘れた)!


 だけどコレ、かなり丈夫そうだなぁ。何か質感もいいし……。

 所謂、リュックみたいな感じになっててベルトに腕通して背負う奴。

 袋の口は紐で搾って、背中と挟んで他人が勝手に開けたりするのを防ぐようになってるの。

 多分だけど、オレが前に使ってたやつよかずっと良いもんだよね?


 まさか防衛隊の支給品とかじゃないよね(震え声)? よね?


 ま、まぁ、深く考えないでおこう。うん。

 


 エエもんありそうな店を悉くスルーし、オレは目的の店へと向かった。


 向かうのは鍛冶屋。あ、武具取り扱いの店の方ね。

 何しろ使ってた相棒は既に砕け散ったらしい。無理無茶させたしなぁ……。


 よって、今現在は無手なのだよ。これは心細い。


 だから最低限の主武器メイン予備兵装サブくらい欲しいのよ。


 近接白兵特化――つす、それしかできんから、それだけをめっさ鍛えまくってたからなぁ……。




 しばらく歩いているとカキンカキンッと鎚打つ響が聞こえてきた。

 鍛冶屋はそう人の出入りが多い店ではないが、それらしい看板は出ていて直ぐに分かった。


 『クホル工房』と焼き付けられた木の看板がぶら下げられている。


 クホル…クホるて……何か強化失敗しそうな名前だなぁ。

 だけど副隊長さんが言うにはお勧めらしいし、名前で判断しちゃだめだよな。うん。


「失礼する」


 と、店に入った。




***

***

***



 「へい、らっしゃ……」


 い、まで口に出しかけ、店番の男は声が止まった。


 小柄な彼から見ても入って来たのは小男だ。

 子供の身長のそれである。


 しかし横幅があった。

 といっても太っているのではない。

 仕事柄、荒事で日銭を稼ぐ客を相手にしていて、ある程度見る事ができるからこそ分かる、頑強そうな肉が骨に組み付いている身体だ。


 客は、岩石を削りだして作った像のような小男だった。


「すまんが得物を見せてくれ。

 刃物で幅広いもの、短めなのがあると助かる」


 声も落ち着いた低いものだ。

 ただ、どこか子供の声にも聞こえるのは気の所為だろうか?


「へ、へい。そこの棚のが剣の類っス」

「ありがとう」


 礼を言い、そのまま棚の物を見比べてゆく客の男。

 その所作から、物珍しさや見た目で判断しているようなものではなく、握り具合を重視しているのが分かる。

 

 やがて数ある中から二振り選び、それぞれの握り具合を見ながら考え事をし始めた。


 どちらも勝手が良かったから悩んでいるのか、或いは単に買おうか買うまいか、といったところだろう。


 店側からすれば二振り売れれば喜ばしいのだが、それを言うのは流石に烏滸がましい。

 声を掛けるか掛けまいか逡巡している内に、


「客か?」


 と奥から親方が顔を出してきた。


 この鍛冶屋の主であるクホル、その人である。


 御年五十を超える男であるが、大柄で老いを見せない焼けた肌が目立つ。


 鉄を打っていると偶に火が点くという理由から、頭髪も髭もきれいに剃りあげているのがトレードマークとなっている。


 そんな彼に、


「この二振りの間くらいの長さのはあるか?」


 と客が聞いてきた。


 手にしている二つは、刃幅が十㎝ほどもあり肉厚で、刃先テーパーも緩い、叩き切る用のものだ。


 数打ちとはいえ長さまで完全に均一にしている訳ではない為、こういったブレは偶にある。

 その中から丁度良い、しっくりとする長さのものが見当たらなかったようだ。


「ふぅん?」


 クホルはそう興味深そうに呟き、客の全身をじろりと見直して、また『ふぅん?』と言った。

 そして奥に戻り、一振りの剣を手に戻ってきた。


「これならどうだ?」


 その剣を見、店番は「え~…」と呆れた声を漏らす。


 まず刃先テーパーが無い。刃先がへし折られたかのように無いのだ。


 そしてぶ厚い。ぱっと見でも通常の剣の倍はある。


 刃渡りは一mほどだが、刃幅がどう見ても五㎝以上はあった。


 柄頭ポメルも小さく、柄も長剣並に長い。


 板に刃と柄を取り付けた様な代物なのだからそんな声も出ようというもの。


 しかし客は、その珍妙なものを手に取り、握り具合を確認すると目を輝かせた。


「これは……振っても?」


 と彼が言えば、親方も「裏、貸しやんよ」と即答し、裏口に誘う。

 店番も気になるだろう、一応は店の方と裏口を交互に見て悩みはしたが、すぐに二人を追って裏に駆けて行った。



***

***

*** 



 魔力を練る事、そして流す事は得意である。

 つか、それしかできんだけだから、ひたすらそれに勤しんで得意中の得意になったのだよ。悲しいね。


 手にした剣…つか、包丁モドキだよなコレ。


 渡された時は、なんぞコレ? って思たけど、握ってみたらもうね……いやになっちゃうくらいのよ。


 なんつーか、馴染む実に馴染むぞ最高にっ…てほどでもないけど、ホントに手にるのよ。


 柄もね、長さが丁度いいの。両手で握るのにぴったり。

 もちろん魔力も流してみる。


 板みたいな形状だから縦にすうっと流れるのかと思いきや、流し込んでみたら羽毛みたく細かいでやんの。

 魔力を流し込むのに慣れてない人だったらできんのとちゃうか?


 そんな得物を手に、まず正眼に構える。


 左足を引いても切り上げ、降ろす。


 踏み込み、切り上げ、正眼に構え、振り下ろす。


 あ、使い易い。

 軽い、じゃなくて使い易く感じられる重さ。


 そして何より重心がごっつオレ好み。


「これは、いかほどになる?」


 当然のよーに欲しくなった。


 物珍しいさから欲しい――んじゃなくて『質の良い数打ちの中で形がちょっと違うだけ』ってのがすごく良い。


「金は気にすんな」


 しかしさらりとそんな事言われてしまい面食らう。


 いや、確かに他の人には使い辛いから売れねーかもしれんけど、流石に…ねぇ?


「おめぇだろ? 港でバケモンの囮になった奴って。

 代金はグレッグにもらう事なってっから気にすんな」


 え? そうなの?

 そーいえば副隊長さんが装備品一式は出すとかなんとか言ってくれてた気が……。


 そういう事なら、ゴチになりやす!

 いやぁ、助かるなぁ。何か高そうだけど……いいのかなぁ。


「……では、こいつの鞘も頼む。それと握りに革を二巻きほど欲しい。

 それと砥石を三種。

 あとナイフも小,中型の二つほど」


 いいよね?

 一式って言ってたんだし。


 親方=サン、何か苦笑してるけど、良いんだよね?


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