第参話 覚醒



 暗く、湿った空間があった。



 何処かは知らないし、来た事もないそこ。



 しかし、何故か自分はここを知っている。



「…っ」



 そんな中、何かが聞こえた。



 真っ暗闇の中で糸のように細く、それでいてとても力強いそれ。



 

「…っ、…っっ!!」




 嗚呼、声だ。



 誰かが何か言ってる。



 いや、叫んでる?




「……し!! ……るんだよ!!」




 何だ? 強く強く叫んでる。



 ……いや、自分に声をかけてる?



「 しっかりおし! ! 目を開けんだよっ! ! 」



 強い、強い、女の人の呼びかけが、頭に深く響く。



「 死ぬんじゃないよ! ! 生きんだよ!! 」



 自分なんかに?



 自分に何ガ残っテる?



 ワカラナイ。ナニモ……。

 


「 生きろ! ! そっち側に行くなっっ! ! 」



 ソッチ?



 ソッチって……?




 ゆっくりと瞼が開いた。



 自分に必死に呼びかけている大人の女のひと……。



 若い、男のひとたち……。




 そして自分の周りには――




 無数の――





 数えきれないほどの、






 

 死……――






「!?」


 くわっと目を見開いて少年は飛び起きた。

 今まで彼が横たわっていた寝台には、付きっ切りで看護していたであろう女性の姿。

 流石に唐突に目覚めた上、飛び起きた事には面を食らっていたようであるが、そんな事なぞお構いなしとばかりに、彼はその女性に掴みかかる様に問いかけた。


「皆は、無事か?!」

「――え?」


「あの、人たちは?!」



 自分の周囲に横たわっていた数々の、からだ。




 自分、以外が、動かなくなった、




「あの、皆、は――っ!?」




 横たわる、無数の、物言わぬ、骸と化した――





「無事よ、皆」


 彼女は、そう優しく答えた。


 言い含めるように、ゆっくりと。


 掴みかかって来る勢いに一瞬飲まれはしたものの、彼の必死さは伝わっている。

 だから彼女もすぐに冷静さを取り戻し、優しく微笑みながらそう答えられた。



「無事、だったのか……?」


「ええ。皆、無事よ」


「そう…か」


 その言葉が頭に沁み込んだからか、その両腕から、そして全身から力が抜けると、またくたりと意識を失ってゆく。



「……良か…った」



 あの横たわった人々は、生きていたのか。



 自分だけがのうのうと生きていたのではなく、皆は無事だったのか。



 彼女の言葉を受け、心からの安堵をした彼――ダインはまた眠りについた。



 今度こそ、本当に心身を休める事が出来たのだから。








「ふふ……

 目覚めて最初に皆の無事を確認する…か」



 若干の、意識のズレを残して――




***

***

***



 うつら、とした意識が急に持ち上がった。

 何だか変な夢を見ていた気がしないでもない事もないけど……どっちやねん。


 ……ううむ思い出せんなぁ。

 ナニか仕出かしたような気もするし。気の所為かなぁ。


 ぼ~…っとそこらを見回すが、どうにも見覚えまない部屋だとわかる。


 カーテンのない窓から差し込まれる光は遠くて薄暗い。感覚的には夜明け前か。


 直射日光で目を覚ますのは簡便だからありがたい気はしないでもないが、カーテンがないのでもう少し経てば眩しくなるだろう。

 ズバッと太陽光に差し込まれても目の奥からヅンとクるから好きくないなのだが。


 確かにあれだけの事があったのだからこのままダラけてても文句は言われないだろうけど、それでもじっとしてたら身体が腐りそうだ。


 考え無しに行動するのも好きではないが、このまま寝入っていては鈍りそうなのが嫌。

 まぁ、だけどそれなり以上の運動をさせられた訳だし、偶にはこうやって休むのも良いかも。


 そう納得して、ふとベッドの脇に目をやると白い陶器の水差しがあった。

 しかし手を伸ばすと中は空。

 入れ忘れられてるのか?


 何だか出鼻を挫かれた気分になり、やっぱり二度寝を決め込む事にした。


 考えてみれば肉体をしっかり休ませ、有事に供えておく事も大事な仕事なのだし。

 疲労を残すのも得策ではないのだ。


 そう割り切ってう一度身を横たえて瞼を閉じ、全身の力を抜いて意図的に眠りに入ろうとし……。








              イキナリ我に返った。







 ちょっ?! まっ?! 何ぞコレ?!


 今度こそ本気で飛び起き、びゅんびゅん首を振って周囲を見る。

 ここは寝室っぽい四畳間くらいの部屋。

 すっげー飾り気がなく、質素な白いベッドと水差しが置かれているテーブルが一つ。明かりは壁のランプか? 今は消えてるけど。


 その小さな丸テーブルと空の水差し、ベットとランプ。それだけ。

 これ以外なんもねー。

 

 あとは部屋と外(?)とを隔てるドアだけ。ラック一つないって、ちょっと……。


 天井はそんなに高くなくて二メートル強くらい。

 地味に狭いが、どこか薬湯みたいな匂いがするから病室なんだろうと思うんだが。


 だけど、そこは問題じゃない。


 確かに見慣れぬ部屋であり、カーテンもない窓一つ。

 質素にも程がある部屋だし、日が出始めたお陰か周辺の山の形も見えてきた。

 心電図みたいなギザギザの山々……そして窓から見える町並み。


 うん普通の光景だな。普通の。

 問題はないな……。




 いや、大問題だってのっ!!


 ここが見慣れぬ部屋であるというのに。

 

 窓から見える光景も、じぇんじぇん見慣れない町並みなのに、にしか感じてない。


 それはココにいるという事に、オレの経験と記憶が違和感を訴えないからだ。


 何しろ部屋の様子から、この部屋が どこかしらの街の薬師医者のところだろうと何でか見当がついている。


 意味わからんっ!!


 いや、最初に起きた時は全身激痛まみれン中、怪獣(?)相手にドッタンバッタン大騒ぎしていたから、それに比べりゃ大した事――



 大した事じゃねーかっ!! あんなデカブツなんぞ知らんわっ!!



 ……いや? 何か知識的には知ってる……?

 海の海獣種で似たようなの見た事ある?

 な~にこれぇ~?


 何時の間に世界はこんな不思議時空に満ち溢れてたんだ?


 そもそもココどこよ。

 ウチじゃないのは間違いない訳だし。


 拉致? 誘拐? 流石に営利目的ではないハズ。

 ウチ金無かった……と思うし。

 貧乏ではなかったと思うけど、威張れるほどでもなかった程度だった……かな?


 ……て、アレ? どんなトコに住んでたっけ?


 それどころか自分の名前も出てこないぞ?

 いや思い浮かばなくもないけど、それはの過去と名前。決して前の……


 前? の……名前?


 気が付けばストレス持ちの野獣みたく部屋をうろついているオレ。

 落ち着かないのも当然か。

 何から何までおかしいんだから。


 信じ難いが……。

 誠に以って信じがたいが、生まれ変わった…それこそ転生でもしたかのような記憶の塩梅なのだから。


 実際、**で住んでいたのに思い浮かびもしないんだし……うわっ シャレにならん。住んでた大地の名前すら出てこねぇ。


 住んでた国……○○。ダメか。まともに言語すら出てこん。


 住んでた町……▽□。くそっ おぼろげに町並み思い出せるのに肝心な部分が出てこねぇ。


 最終学歴は……高等部高校…か? あ、そのくらいは出てきたな。学校名は出てこないけど、卒業できたかどうか位は何とか。

 友達とかの名前はサッパリだけど。


 いたよね? トモダチ。ボッチじゃなかったよね? うぉーっ 自信ねぇーっっ


 じ、じゃあ、が住んでた所は……東の大陸にあるビカルティ。


 国…はあったな、確か。統一されてたから。


 だけど住んでたトコは国の約一割が砂漠と荒れ地で、あんまり治安はよろしくなかった。

 その上、何が嬉しくてか都市から離れた区画に築かれた集落コロニー…つかほぼ完全環境都市アーコロジーみたいなトコで生活してた。


 んで家族、つーかウチは傭兵団だったりする。

 物心着いた時には傭兵団の《砂長虫ドゥーム》にいて、戦場のど真ん中で成長してきた。


 ただ、家をおっぽり出された理由は意味不明イミフ

 武者修行に出ろとの事だったんだが……って。


 アレ? これって……

 いや、まさかこれは。


 それに思い至り、ハっとして自分の両の手を見た。

 初見なのに見慣れた自分の手。

 トランクスみたいな下着の上に襦袢みたいな患者服みたいなの着せられてるだけ。

 ぶかぶかの袖を捲ると岩の塊みたいな上腕が出てきて、左腕には刺青があった。


 一瞬、ああっ 母さんにもらった大事なボデーを傷物に?! 等と思ってしまったけど、この刺青はウチの…傭兵部隊のファミリーネームである砂長虫の図柄だ。

 

 部屋に鏡はない。だから顔を確認することは出来ない。

 だけど見ないでもわかる。目線の高さでもわかる。逞しい身体でわかる。


 


 太いくせにやたら器用な指。

 他の才能がないからただ剣を振り続ける事しか出来ず、我武者羅に剣を振りたくって胼胝が出来ちゃあ潰れ、出来ちゃあ潰れしたごっつごつの掌。


 魔法の器が無いからこそ白兵近接以外の取り得も無く、これといった目的も目標も夢も出来ず、ただ生き続けていただけのオレに義理母おふくろが下した初めての強制命令。


 それで船に乗せられて……。


 一ヶ月も共同船室にいさせられて辟易してた…よな? うん、そうだったと思う。


 で、陸が見えて――ここどこだっけ?

 ええと、エランの西大陸だから……つか『エラン』ってナニよ。


 そう浮かびかけた疑問符は一瞬で消える。


 自覚できてしまったから。


 ようやく背けていた目を戻せたのだから。


 しまった。

 自分は知らなかったはずの知識。だけどは知っている知識を。


 エランとはこの世界の名前。

 球形なのかお盆のように平たい大地なのか認識は不明だけど、世界にはこの名前がついていた。


 そして途切れた記憶の場所から離れてないのなら、ここは港町のガライラ。

 エランの西大陸クランドの玄関街。


 思い出したぞ……。


 おふくろは、オレを狩猟人バンカー教育機関に新設された初等部に入れって送り込んだんだ。


 そして、あの大海魔に襲われて、死ぬ寸前になって、記憶が戻っ……湧いた?

 うん。戻ったって感じじゃなく、って感じだな。


 ひょっとしてあれかな? 前世で読んでいたと思われる生まれ変わりってヤツ?

 転生してたけど今際の際になって走馬灯的に記憶が吹き出したってか?


 わっけ分からんっ!!!






 あ゛-あ゛-っと心の中で喚き散らかして、しばらく悶え苦しんでようやく落ち着いた。


 つか、余り声が出せんので助かった。人様に聞かれてたら恥ずいっス。


 泣き言塗れだもんなー。

 おふくろや兄姉達にバレたら指さして笑われるか、おもっクソしばかれる。どっちにしても勘弁してほしい。


 落ち着いた訳じゃないけど、腹は括らなきゃなぁ……。


 よっこいせっと寝台に腰かけて、またぼぅっと朝日が昇って来るのを眺めた。



 ああ、マジに転生したっぽいな。

 鳥の声も元の世界と何か違うし。きるるるる…とか鳴くのいなかった…よな?

 

 朝早いけど仕事に出る人もいるから声が聞こえる。

 知らない言語なのに、知ってる言葉として理解できちゃうこの違和感!


 それでも幸い、前世(?)の事はほぼほぼ思い出せんからかなりマシだと思う。

 意識のズレとかあったら大変だしなぁ。


 ああ、くそ。そして生物的な本能が違和感より前に出るのなー。

 腹が減ってきたわ。



 なるよーになるしかないか。


 顔をパンっと叩いて(痛かった)、気持ちを切り替える。



 は兎も角、今のオレは砂長虫の末子だ。

 何時までもぐずついてる訳にゃいかん。

 恥晒すのは死を意味する(主に身内によって)。



 オレは砂長虫の末子、


 ダイン=シー・ザインなんだから。









 こんなにゴツいのに、十一歳ってなんぞ……。


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