第弐話 大海魔・下


 喧騒は続く。

 自分らの土壌シマに殴り込みをかけられた訳だから憤怒冷めやらぬも当然だろう。

 尚且つ相手はかの有名な大海魔であり、どれだけ船を呑まれたか数える事も出来ない船乗りにとっては不倶戴天の怨敵だ。


 襲撃の序盤こそ、近海に出現したという事態による混乱と、波止場の船を護ったり被害を受けた船から脱出した船員らを救うのに必死で、手を乞真似る事しかできないでいた。


 しかし、立て直せると早い。


 確かに海上で殺しヤリ合うのなら装備を整えた船団をそろえる必要がある。

 だがは陸だ。


「来たぞーっ!!」

「場を空けろーっっ!!」

「重ぇぞクソがぁっ!!」


 人力だけで荷車を押してかけてきたのだから相当早い方だろう。

 幌馬車ほどもある巨大な射出機が三つ、専用の荷車にのせられたそれを、むくつけき男たちが数十人がかりでここまで押してきたのだ。


「足ぃ固めろぉっ!!」


 仕掛けを動かすと、荷車の脇に固定用の足が四本突き出る。

 その足を歯車を回して地面に設置させ、人の背ほどもある長い杭をぶっ刺して無理矢理個体するのだ。


「チックショウっ!! 固ぇなぁ!!」


 何しろ港町の石畳だ。荒事に慣れている男衆でも杭打ちに掛かる負担は大きい。

 だが、甘い事は言ってられない。言えない。


「餓鬼が一人で踏ん張ってんだぞ!! 無理でもぶっ込め!!」

「分かってらぁ!! クッソがぁっ!!」


 文字通り身体を張って、仲間船乗り達を庇い、今も尚時間稼ぎをし続けている少年がいるのだから――



***

***

***



 つ、辛みツラたん辛みざわーっっ!!

 思わず零す三段活用ーっ!!

 

 トッと床を蹴って裂け目を飛び越え、着地した瞬間に転がるという、クソルーティンを繰り返してる。

 失敗イズDEADなのでこれ以上文句も言えない。

 つか、何時まで続けりゃいいんですかねぇ?!


 不幸中の幸いなのは、エラい見晴らしが良くなった事。

 うん。甲板がね、もうね、ウネウネが薙ぎまくって遮蔽物無くなったねん……。

 足場も無くって行ってるけどねーHAHAHA!


 そうこう心の中で悲嘆にくれてたら、またウネウネが一斉にぐおんって撓った。

 目にした瞬間、オレは横に向かって駆け、触腕を誘導する。


 案の定、振り下ろすんじゃなく横薙ぎになった。

 最初の一本を飛び越え、続く極太だんぶとを這い蹲って躱す。

 オレは髭の配管工じゃねーんだぞ!! こんなクソコース誰がやりたいと申したか。


 何というかかんと言うか、避けに避けて避けまくってたお陰か、どうにかこうにか動きの癖を掴めた。

 足止めちゃだめだわ。そこに上から叩きつけが来る。

 だから、転がりまくって駆けまくってる訳だ。


 が、しかし、流石にしんどい。


 全力疾走! ってほどじゃないからスタミナ配分的にはまだイケそうなんだが、悲しいかな身体が痛みを

 つまり、脳内麻薬が切れそーなの。


 足止めて息を整える事もままならんというね……。

 実際には少しはできるんだけどさ。


 甲板の端に移動してやるんだよ。

 すると叩き潰しと薙ぎがくるから、それに合わせて回避するだけ。

 端っこ削られるからまだマシという、ぎりぎりファイトさ。


 アレだ。ゲームとかで敵の攻撃で足場が削られるヤツ。アレをリアルにやったらこんな感じ?

 マジ勘弁なんですけど?!


 おまけにゲームと違ってこっちは攻撃出来んとキた。


 いや、全くできん事はないけど、下手にかすり傷とかでも作っちゃうとね、こーゆーケダモンは死ぬまで襲い続けてくる訳ですよ。

 だから向こうが力尽きて『これは食うのがメンドいっ! 』って思わせるのが早いんですわ。


 だから、辛いツラたん辛みざわっと泣きわめいて逃げるんです。

 故事曰く――

 ゴキブリのよーに逃げーるっっ!! だ。

 こっちは飛べないけどねっ。逃げ道無いよっ!! オーマイガーっ!!






「小僧、死にたくないなら避けろーっ!!!」


「ファっ?」


 その声にダインは、反射的にぴょんと跳ねてしまった。

 当然の様に襲い掛かって来る触腕。


 何かのスイッチが入ったかのように、ダインの身体が勝手に動いた。

 もはやボロボロの鉄塊となっている得物を盾の様に構えて、衝撃の大半を受け流す。

 それでも質量が違い過ぎる為、彼の身体は錐揉みをするように回転しながら吹っ飛んしまった。


 


 偶然、波止場に打ち寄せた波が押し返されて、更に寄せた波によって三角波となってたところに直撃する。

 貫通はしたが、波によって勢いも回転も大半が消されていた。


 一見、背中を見せている死に体であったが、彼の意識はちゃんとある。

 反射的に意識を――のありったけを得物に走らせ、大地を打った。

 しかしその音は、


「っ撃てぇーっっ!!」


 命令一下、どぉんっと腹に響くような魔法弾の発射音でかき消された。


 射出機から発射されたのは練に練られた氷結魔法。

 怒りやら意気込みやらで強化に強化を受けたそれは、触腕よりぶっとい氷柱だ。


 発射された三本は、それぞれ触腕一本づつに命中、炸裂した。

 魔獣の腕を引き継ぎらんと込められた威力は凄まじく、ぶち当たった部位は完全に氷結し、砕け散った。


 流石の大魔獣もこれには相当堪えたのか、海面に胴を曝してもがき苦しんだ。


「うっしゃあぁっ! もういっちょイくぜぇっ!!」


 念をねる魔法担当の女も、テンションが上がったか荒い言葉で魔力をゆく。

 時間はかかるが、畳めば畳むほど威力が上がるし、何より今はテンションが上がっているので速度も上がっていた。

 ローブがはためき足が丸見えになのも気にせず、畳んだも魔力にかたち魔法にする。


ジル穿てオント氷結のカイラル御柱!!」


「第二射、っ撃てぇっっ!!」


 再度、響き渡る轟音。

 強い衝撃によって射出機の固定用の杭がへし折れ、三機とも土台からひっくり返った。

 が、発射された魔法は既に展開されており、三つともそのぶよぶよとした胴体に直撃する。

 一瞬、巨大な氷の結晶が出現し、胴の三分の一が吹っ飛んで砕け散った。


「ザマぁあっっ!!」


 ボロボロながら腕をぐいっとまげてガッツポーズを見せる防衛隊の面々。

 湾内に大魔獣の絶叫が響いているが、そっちは誰も気にしていない。

 喧嘩を売られたから、リボンつけて返してるだけなのだから。


 もういっちょ行くか?! と、意気込みを見せるが、生憎と射出機はバク転している。

 だったら、直接魔法使ったらぁっと発動具を構えるが、相手はお手本のような悲鳴らしき叫びをあげ、外洋に向かって移動を開始していた。


「ざっけんなぁっ!!」

「ゴっルぅあっ!! 逃げんのかぁっ?!」

「とっととクタバレ!! くっそがぁ!!」

「テメーっ!! 次はぜってーぶっ殺ぉす!!」


 勢いづいた者たちが、わーわー喚きつつ石を投げたりしているが、これだ元気なのも被害が少ないからだ。


 大型輸送船が一艘、完全に廃船となってしまったが、他の被害船は少ない。

 確かに中破している船もあるにはあるが、修理可能範囲なのでどうにかなる。

 あんな大魔獣の襲撃でここまで被害が無かった事は奇跡なのだ。


「おい、そいつは大丈夫か?」


 皆の興奮も冷めやらぬ中、流石に迎撃を指揮していた者は逸早く落ち着きをとり戻していた。

 その言葉にはっと目を向けると、既に数名の救護員が応急手当を行っているのが目に入る。


「はい…無事です。

 相当の打撲を負っていて疲労も凄まじいでしょうが…命に別状ありません」

「そう…か」


 その言葉に、指揮官はほっと胸を撫で下した。

 何しろこの少年の貢献度は相当大きい。

 足場の悪すぎる海上だというのに、あれだけ身体を張って引き付けてくれていた。


 今のところ死亡者の報告は入っていない。

 これだけの事件にしては驚異的な被害の少なさである。

 だからこその貢献なのだ。


 ふと見ると、地面には彼が突き刺した剣があった。

 石畳に深く突き刺されたそれの跡はここまで二メートルもある。


 あの少年は、あの体勢から石畳に剣を突き刺し、衝撃を殺して受け身をとったのだ。


 何という事だろう。

 判断もあるだろうが、土壇場でそれを行えたのは練度が尋常ではない証拠だ。

 

 感心より呆れを持った彼は、その剣の柄を握り引き抜いた。


 いや――抜けた、のではない。

 力を入れた瞬間に手応えが消えたのだ。


 その剣の刀身が、粉々に砕け散ったのである。


「これは……」


 文字通り木っ端微塵だ。

 今の今まで刀身という形を保っていたそれは、砂利の様に細かく散ってしまったのである。


 衝撃や、摩耗だけでははならない。

 までなるには、よほど細かく…もっと言えば密集する草の根の様に細かく魔力を隅々にまで行き渡らせ、その上で物質の限界まで酷使していなければならない。

 つまりは――


「そこまで繊細に…魔力を込める事ができていた、だと?」


 あのが?


 先ほどまでの悲鳴混じりの喧騒とは違うざわめきの中、残された柄を握りしめながら、彼は担架で運ばれてゆくダインを見送った。


 その柄も、あっさりと手の中で握りつぶされた。

 






 これが、

 ダインの再誕、第一歩である。


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