第壱話 大海魔・上
何とも言えない浮遊感の中、意識が覚醒する。
夢から覚める時のあの引き摺り下ろされるような感覚じゃなく、どすんと物理的に落下したかのような重い感覚での覚醒。
何とも不可思議な感触だ。目覚めの感覚としては初めての体験ではなかろうか。
はて、ベッドから転がり落ちでもしたのか?
そうとう強く打ったか、背中が何かスゲェ痛い。床もギシギシ悲鳴上げてるし。
等とぼんやり思っていたその時、
「?!」
衝撃波を喰らったかのように、ずしんと全身に痛みが走った。
マジ痛ぇっ! ドスゲェ痛ぇええっっ!! 何ぞコレぇぇ?!
背中痛いっ、後頭部痛いっ、腰痛いっ、腕も足も痛いっ、ぶっちゃけ全身余すとこなく痛ぇえっっ!!
声を上げられないっつーか、声すら噛み潰さなきゃならんほど痛みが断続的にオレを襲う。
気分的には吐きそうだけど、がきんっと歯を食いしばってるもんだから、息すらまともに吐けん。
仰け反る程痛いってナニ?! ナニこの新感覚!?
なんだっつーのこの状況&状態は!?
上手く言えんが、山から転がり落ちて岩に叩きつけられながら谷底に落下して地面に叩きつけられたらこんな感じ? いや極普通に死ぬけども!!
オレ、ンなアホタレな例えを考えられる程度に超生きてるし!
アレ? こんな無駄な事に思考割けるって事は、実は思ったより余裕あるんじゃね……?
――等とのん気な事を考えていた次の瞬間、胸の奥から猛烈な怖気が湧いた。
ぞくっとするとかそんなレベルじゃない。
膨らんだ風船がパチンと爆ぜる直前みたいな緊迫の隙間のそれ。
一言、拙いっ!
ファッ?! とトンチキな声が出掛かるが、強烈極まる嫌な予感に反応し、真っ先に体が勝手に動いた。
と言っても、こっちはまだ痛い痛いと半泣き状態の、お手本のような死に体。
電撃的回避……など、痛みで引き攣ったままのオレじゃ無理スグル。
お世辞にもカッコイイとは言えないが、芋虫ゴロゴロ的に大旋回してその場から身を離せられた自分を誉めたい。
何しろ、その直後に今まで横たわっていた場所が弾け飛んだのだから。
というか、それくらいしか見えなかった。
何かでっかいモンがぶち当たった。多分床に。と、感じ取れたのはそれくらい。
状況不明なのに、(それほど)パニックになっていないのは幸いか。
いや強烈な緊張感によって脳内麻薬が吹き出したか、一時的に痛みが麻痺ったのも助かるな。
いや、ンな事を悠長に判断できてるんだから冷静と言えるかもだけど。
訳も解らず猛烈に全身が痛くて、現在進行形でドすげぇ怖い目に遭ってる……うむ、状況確認終了。
結論。なーんもわからんっ!!
こんな状態で混乱であたふたしてないなら上出来じゃないか。そう思おう。それしか道が無いとも言うが。
等とヤケクソに自分を納得させていた訳だが、その残ってた余裕も次の瞬間に吹っ飛んだ。
今さっきまで転がっていた場所。床板をめりめりと音を立てて引き裂きつつ現れたモノ。
映画やドラマとかでよく聞いた、野獣やら怪獣やらが漏らしているあの唸りを伴って、ぐにゃりと押しあがってくる、一抱え以上はあるだろう太く青黒い丸太。
「ぬぅ……」
思わず変な声が出てしまったオレを責めないで欲しい。
ふつーこんなの目にしたら奇声くらい出るわ。
いやホント最初は丸太に見えたんだよ。ぶっといし。
どっかの祭りだかでオッサン達が跨ってる御柱より太いんだぜ? 凄く、大きいです…とでも言っときゃ良かったのか?
だけどその
深海を思い出す青黒さを持つそれは。
野太い唸り声を漏らしているそれは……
何て言えばいいか。
強いて称すなら――
何か知らんがオレは、青い空の下、狭い足場の上で、明らかに敵意ビンビンと判る金色の眼差しを持った大蛇(?)と相対するというシチュエーションの中に、いた。
なーんぞ、コレぇええええっっ??!!
***
***
***
カンカンカンと非常時を告げる鐘がけたたましく打ち鳴らされている。
港には非常警報の声が飛び交い、大波によって波止場に打ち寄せられる船を護ろうと、船乗り達が必死に船に図陀袋やら土嚢を挟んで対策を続けていた。
次いで必死に海上から逃げてくる船乗り達の救出も急がれている。
「もうちょっとだ!!」
「諦めんなーっ!!」
脱出用の小舟なので立派な櫂は付いていないが、幸いにも念の為にと複数乗せられていた事と、人の数の多さによって意外なほど多くの人間が無事に上陸できている。
「早く、早く」
「担架よこせ!! 怪我人が先だ」
続けられる救援活動と防災活動。
それを尻目に、大きな哭き声と轟音が響き続けていた。
「くっそがっ!!」
「何でこんな近海に来やがんだよ!!」
「狩手はまだか?!」
彼らの声を叩きつぶすかのようにまた響く哭き声。
「怪物がぁ!!」
海上には半ば沈みかけた船があった。
いや、元は船だったという程までに損壊した建造物で、浮かんでいるのは奇跡だろう。
そしてそれを破壊しているのは巨大な何か。
巻き付き、
絡ませ、
貫き、
へし折り、
じわじわといたぶる様に破壊してゆく、数本の巨大な触腕。
大海にしか出現しないはずの海の大魔獣。
弱点のある本体は決して姿を見せず、長く力強い触腕のみ曝して船を襲う大蛸の化け物。
人はそれを大海魔リグドと呼んだ。
「これで最後か?!」
ざっと見て脱出した船は、船体の損傷こそあれ全て接岸できているようだ。
最後に救出された船に、意識はないものの船長は乗せられており、副長と船員が何とか彼を担いで陸に上げる事に成功している。
「誰か数から漏れた奴ぁいるか?!
数は合ってるか!?」
救援に携わっていた湾岸防衛隊の者がそう声を飛ばすと、肩で荒い息をしつつ副長が答えた。
「あ、あと、一人」
「何?」
「あと、一人いるんでさぁ」
「ど、どこにだ?!」
「あ、あそこに……」
老いに手が掛かってはいたが、それでも男気の太い彼は、普段見せる事のない弱々しさをあらわに指さした。
大海魔に纏わりつかれている船を。
「あそこで、
命懸けて、化け物を引き付けてくれてるんでさぁっ!!!」
***
***
***
愚痴かます暇くらいいただけませんかねぇーっ!?
等と心の中で絶叫しつつ、ゴロンゴロンと床を転がりまわって回避しまくる。
天井なんかすっ飛ばされて無くなってるもんだから、青空が見えてんのに状況は地獄だぜ。
陽光が目に沁みるぜコンチクショーが!! 泣けるぜ!
俺は
転がって、壁に当たるとその壁を蹴って向きを変える。
それを追いかけて
目の端にそれを入れつつ、更に飛込み前転で転がって…飛ぶ!
何か足場が無くて下の階に落ちた。二階から飛び降りた程度だから気にしない!!
そんなオレを覆う様に、影が陽の光を遮った。
考えるよりも先に回避!!
間一髪、上から降ってくる大蛇(仮)を更に転がって避けた!!
回避は成功したが、ずどんっと重い衝撃が上がって、俺は一瞬柱に浮かんでしまう。
そんな無防備なオレに対して横殴りの丸太が迫る。
こなくそーっ!!
反射的に持っていた得物でもって、それに乗っかる様に受け流して事なきを得るが、反動でソウルフルにスピンしてしまって着地にミスった。
あ、拙…っっ!!
判断より先に身体が動いた。
左斜めに前転し受け身をとり、身構える前に床を蹴って更に距離をとる。
つか、床に大穴が開いてたから飛んで正解。
さっきまで転がってた場所は二連連続で丸太が押し寄せてきた木っ端みじんになっちまったよ。
「…Oh」
思わずそう零したのは許してほしい。
何せ距離をとって初めて気付いたんだよ。
ここ、建てもんの中じゃねぇーっ!!
でっけぇ船の上じゃん!! つか海の上じゃねぇか!!
逃げ場がねぇえっスっ!!
奇跡的に沈んでないボロクソになった船の甲板の上。
頼れるのは痛みによって痛みが鈍ったこの身と、ずっと手に持っていた得物…何か短いけど幅のでっかい変な形の剣一本。
これでどーしろと?
オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…と、
ああ、畜生。怒ってやがるな
うねうね蠢いてる柱――ようやく分かったわ。蛇じゃなかった。
海の上だから、でっけー磯巾着か蛸だかの魔物の触腕なんだろなぁ……。
それらが並んでぐにぐにしてるのは苛立ってるからだと思われる。
そりゃ自分得意の
……だけどな、大人しく餌になる気はねーぞ?
そっちの都合で死んでやる義理なんざねぇーんだよ。
生き汚く生きるのが信条なんだよ。馬鹿野郎。
幸い見えてる範囲の触腕は六本だ。
蛸の八本足より少ない。
つまり、手間は蛸より二本少なくてお得という事だっ!
轟っ!! と、六本が同時に襲い掛かってきた。
同時だぜ。ラッキー!
その触腕のでっかい隙間に飛び込み、一瞬床を蹴って跳び、足元を叩き潰される衝撃から逃げた。
そして着地後、即座に身体を身を地面に這わす。
正解!
また大きく横薙ぎが来た。
逃したからだろう、更に苛立った奴はやみくもに触腕をぶんぶん振り回してオレを探した。
確かに地の利も、力もオレには足りない。
その上、満身創痍っぽい。
だけどな、故事にはこうなるんだよ。
曰く――
「逃げ回りゃ、死にはしないっ!!」
ってな!!
生きてりゃ、勝ちなんだよ!!
例え死んでも死んでやらねーっ!!
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