SWORD & EDGE

西上 大

第零話 果てなく遠き隣より


 ふと気が付けば見知らぬ空間。


 あんまり唐突でヤんなっちゃうが、ホントにここが何処なのやら何が起こってるのやらサッパリサッパリでどうしようもない。


 にして自分、落ち着いてね? と思わないでもないんだけど、我が事ながら超不思議なほど混乱を感じない。

 つっても落ち着いているかというと、それとも違うような気がする。


 ものっそい感覚的に言うと、死を自覚してる? そんな感じだ。新感覚というか珍感覚というか……。


 しかしこれが死だとすると、俗に言う『あの世』に行けるのか、忘れ名川(所謂、三途の川)がお目にかかれるのか。

 或いは昔の宗教家が言ってたように「無」に向かうのか、そのどちらかになるのか。

 その結果や如何に?


 ……いや、実際に無になるんだったら感想もヘッタクレもなかったか。


 それに見知らぬ空間なんて言ってはいるけれど、実のところ自分が生きてきた世界と区別や認識ができる訳じゃないし、そもそも全く視界が利かない……つか視界が無い。


 詰まるところ何も見えないんだから断言できんのだわ。


 だというのに、ここはという事だけは解る。


 何というか感触というか、自分に感じる異物感が半端無い。

 何故か疎外感みたいなものは無いけど、自分がこことはというもの凄い感覚が湧いて出ている。


 でも、何故か怖さはない。


 これだけ異物感があるのに懐かしいという感じがする。


 いや、懐かしさを感じるほど馴染んでいってるというか、周囲に溶け広がってゆくというか……湯の中で砂糖が溶けてゆく感じといえば解り易いか?


 或いは、帰って来たというか…還ってきた? そんな感じ。


 もしここが輪廻転生する時の場だと言われたら、そのまま納得できてしまうかもしれないほどに。


 いや自分、神論者なくせに輪廻転生論には懐疑的な方だったんだけどね。



 そんなこんなで状況の理由はサッパリだし、今の状況も理解の外だけど、他に解ってしまってる事が一つある。


 自分の身体は


 いくらでも手足を、感覚を伸ばせられ、いくらでも意識を広げられる。

 そんな万能感じみたものを覚えられるくらいの広さを感じられる。


 だけど


 どんどん意識が四方八方に広がってゆくのに、自分という器を全く感じない。


 そんなエラい開放感があるのだけど、異物感による閉塞感もあるという矛盾しまくりの状態。正に新・感・覚。


 まぁ、辛さとか怖さとかを感じないのだけは救いか? 尤も肉体が無いのだから、そもそも感覚を感じる方がおかしいのかもしれないけど。


 そんな意識だけしかない中で辛うじて理解できたのは、どこかからどこかへと流されているという事。


 上から下へなのか、下から上へなのか、

 それ以前に右と左すら理解できないくらい感覚が混濁してたりする。

 流されていると解っただけでも上等な方だろう。


 ……いや、流されてるんじゃない。

 どこかに


 それを感じた正にその瞬間、真っ暗闇の向こうにが見えた。



 点は見る間に強く大きくなっていき、それから伝わってくるモノに圧力プレッシャーを感じ始める。


 身体のない自分が何をどうして感覚を感じられているのかなんて理由はさておき、押し返される様な圧力の方に向かって、自分はぐんぐん引っ張られていった。


 やがてその圧力というのは光である事に気付く。

 光に圧を感じてしまうほど長い間、闇の中にいたという事なのか?


 下手したら時間感覚もわやくちゃだよなぁ……まぁ、肉体が無いとそうなるのかもしれないが。



 そうぼんやりとしている間にも、自分はどんどんどんどん吸い込まれてゆく。


 普通、闇の中にあったモノが光に接すればどうなるかは想像に難くない。



 いや、ファンタジー的な流れなら、だけど。

 科学的なら現状じゃ材料不足だ。どっちかというとオカルト的な状況だ。


 しかし自分はこのまま消えるのかな?


 いや我ながらすごいドライな考えだけど、自分ってこんなヤツだったっけ。


 まー 魂だけになってるんだったら、しがらみが綺麗サッパリ無いはずだし、なってもおかしくないかも。解んないけど。


 身体無くすなんて初体験だし。



 とかなんとか消滅の危機すらぼんやりと受け止めていたのだけど、それは杞憂に終わる。


 何しろ起こった状況は真逆だったのだから。


 つっても上手く説明できんな、この感覚は。


 ええと……上だか下だか、右だが左だか知らんが…


 何がどうズレたかっちゅうと……。

 あ~……アレだ。


 ドラマとか見てて、別のチャンネル。まぁ、違うジャンルのドラマに変えたとするやん?

 で、同じ役者が出てたとしても、登場するキャラクターは違うやん? それに近い。


 要はっていう感じ。


 自分は、『全く知らない、よく知ってる自分』になりつつある。


 

 光に近寄るに連れて自分は何かを満たしていった。


 どこに何がと問われると返答に困るが、


 ほら、アレだ。張り子? あんな感じにガワがあって、その中に流し込まれてるというか、引っ付いていってる感じだ。


 ちょっと違うのは骨組みが無い事か。いやひょっとして自分自身が芯なのか?



 光を光だと認識できる様になってゆき、

 それが視覚と感覚で感じられていると理解できるようになってゆく。



 やがてその感覚は全体に広がっていった。



 いつの間にか頭を感じる。



 生命を訴える心臓を、胸を、胴を感じられる。



 前に伸ばせる腕を、何かを掴みとれる手を認識した。



 そして立ち上がり、前に進む為の足を感じた。



 何もない空間の中、

 何もない自分だったが、いつの間にかモノとなり、自分として再誕していた。




 そして今こそ解る。


 あの光に引っ張られていたのではない。


 光の向こうから呼ばれていたんだ。



 それがナニなのか誰かなのかは知らないが、この闇の中でずっと自分を呼び続けていたらしい。


 個体認識すらあやふやだった自分だけど、その声に導かれて個を思い出し、からだこそ違えどじぶんを取り戻せた。


 ここで恩というのも変な話だけど、それに応えるのは筋というのも。

 まぁ単にここに引っ張り込んだ贖罪かもしんないが、それはそれだ。


 そうこうしてる間に、視界はその光だけになっていた。

 慣れたか馴染んだのか知らないが、眩しさは感じない。


 それでも呼び声はまだ続いている。


 近寄ったからか、呼んでいるとはっきり理解できたからか、その声の意はであると感じた。



 こんな自分にわざわざ願うとか?



 いや逆か。こんな自分にでも頼らなければいけない状況だという事か。



 そこまで切羽詰っているという事なのか。



 そんなに手数が必要だというのか。そこは――




 ……良いだろう。何だが知んないけど。


 応えよう。よく解んないけど。


 の頼みなんだから仕方がない。





 それに、






               自分は平気だ。







 全く全然平気だ。

 気合い十分元気モリモリだ。漲ってるぜ。いきり立ってるぜ。オールオーケーだ。だから、



 だから――そんなに泣くんじゃねぇよ。



 呼び込んだ後悔ってか? 巻き込んだ罪悪ってか?



 ンなもんいらねぇよ。呼ばれて飛び込んだのは、オレをのはオレだ。



 じぇんじぇん覚えてねーけど、多分オレだ。間違いない。オレが保障する。



 ナニがどーしてどーだろーとも、アレがそれでどーだろーと自業自得だから。




 だから泣くな。どーせならアホォなオレを嘲笑え。


 そしたらオレは奮起してナニクソッてがんばれる。


 例えどんなトコだろうと頑張って踏ん張って足掻いて一生懸命生きてやる。




 ――だから笑って馬鹿にして送り込んでくれ。


   何がなんだかよく解らんが……オレにドドーンと任せとけ!!――




 欠片も根拠はないけどな!


 だけど昔の人は『我に艱難辛苦を与えたまえ』って言ってたくらいやし。

 いやオレはそんなマゾじゃねーけど。



 兎も角、屁理屈も理屈の内だし、空元気も元気の内だ。



 そう、オレ自身が、選んだ意思なんだよ!!!






 ……伝わったかな? 多分伝わったよな?

 何か、笑ってくれてるような気がする……。



 そして感謝の念みたいなモノを感じられる。



 ずっと遠くで、驚くほど近くで、泣いて笑ってずっとずっと応援してくれる。そんな気がした。



 だけどそれは正しいと確信している。

 返答というか、声は無かったのだけど想いや念はしっかり伝わってきたのだから。



 刹那、牽引が強くなった。



 ……ああ、そこに行くんだな。

 オレのような『些細なモノ』が必要なそこに。


 全身の力を抜き、その流れに身を任せ、

 無意識にその光の中へ手を伸ばす。


 の気配が遠ざかる。

 だけどずっとオレを見てくれている。それも確信できた。

 だからオレも力づくで言葉を送った。





     ――んじゃ、ちょっくら行ってくるわっ!!――





 強い何かにその手を取られ、ぐいっと引かれたと感じたのが最後の記憶。




 そこから何があったのかは全く覚えていない。




 だけどこれだけは言える。




 意思を伝えたあの時から何も無かった自分は――になり、




 そんなオレをいっぱいの想いで見送ってくれただれかがいたと。




 

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