1-4 憂いの先

🍦


今日は涼しく過ごしやすい。


カットソーをミニスカートにタックインし、ヒールを履いていった。


ヒールを履いたことでいつもより目線が高くなるけれど、それでも彼と目を合わせるには少し見上げないといけない。


原宿の駅前で待っていると、オーバーサイズの服とジーンズ、ハイカットスニーカーを履いた彼がやってきた。


いわゆるストリート系のファッション。


左の上腕二頭筋あたりにはワンポイントのタトゥーが垣間見える。


あの駄菓子屋で連絡先を交換してから私と彼は毎日のように連絡するようになっていた。


その会話の中で前から気になっていた店に行くことになった。


原宿と渋谷の間にある日本茶のカフェ。

そこでランチをしてからさらに下北沢のカフェに行くというカフェのはしご。


渋谷方面への歩道橋を渡り、細い路地から少し歩くと目的の店はあった。


芝生の広がるテラスにはサックスブルーの車が座っていて、そこはお店というよりも普通の民家のような雰囲気。


店内に入ると、彼は急にテンションが上がり出した。


どうやら好きなジャンルの音楽が流れていたらしく、口数が多くなっていた。


私はそれを見て少し緊張がほぐれた。


キャッシュレスのお店だったので、スマホで会計を済ませて外のテラス席で料理を待つ。


私は彼にマシンガントークを放っていた。


内容のない話にも彼は笑顔で聞いてくれていた。


その厳つい見た目とは逆によく笑う人だと思った。


いつもはもっと無愛想だとって言っていたけれど、つまりそれは私との時間を楽しんでくれているってこと?


特別扱いされいてるってこと?


考えすぎかな。


だけれど、私は彼といると居心地が良いのは事実。

優梨といるときのそれとはちょっと違う。


うまく言えないけれど、時間よ止まれって思う。


お互い同じタイミングで食事を終えてから少しだらだらする。


本音を言うとご飯をおわかりしたかった。


お茶つきの定食はご飯のおかわりができたが、さすがに初デートでがっつくのは引かれそうだったので我慢した。


下北沢に向かうため、渋谷まで歩いて井の頭線へ向かう。


人混みのなかマークシティ方面へ歩き、井の頭線につながる上りのエスカレーターに乗ろうとしたその瞬間、横並びで歩いていた彼が突如後ろに回り込んだ。


スカートだったから私のことを気遣って回り込んでくれたんだと思ったけれどそうじゃなかった。


さっきまで笑顔だった表情が険しい。


後方をチラチラと見ながら何かを警戒しているようだ。


彼のすぐ後ろには10代くらいの学生らしき男の子がいた。


右手に持っているスマホが明らかにおかしい。


ディスプレイが地面の方を向いているのだ。


(まさか、盗撮?)


その男の子は少し不満そうな表情をしているが、一方の彼は眼鏡の奥からその子をめつけている。


その表情に狼狽ろうばいした男の子は逃げるようにエスカレーターを駆け上がっていった。


爽やかでモテそうな感じだっただけに少しショックだった。


そう、彼はその男の子の挙動に違和感を覚え、瞬時に守ってくれたのだ。


人を見た目で判断してはいけないという我が家の言い伝えは当たっているのかも。


出会ったばかりだからまだわからないけれど、この人はそれに当たる気がする。


というより信じたいと思った。下北沢から目的地に着くと、その店には行列ができていた。


映えるものがたくさんあるその店は紅茶専門店。


カウンターに座って注文をする。


私は紅茶を、彼はなぜかアイスコーヒーを注文した。


「このコーヒー甘すぎなくて美味い」


慶永よしひさくんってビターコーヒーの方が好きなん?」


「理想はブラックコーヒー。甘すぎると食欲なくなるんだよね」


「それわかるかも。ご飯食べる前やと、思ってるより食べられんくなるっちゃん」


紫苑しおんちゃんいつもアイス食べてるって言ってたよね?食欲なくならないの?」


「アイスは別腹やけん。無限に食べられる」


そう言いながら2人でガッツリ料理を食べた。


下北沢を軽く巡った後、まだ時間もあったのでそのまま渋谷に戻ることにした。


渋谷に着く頃には少し陽も落ちてきてほんのちょっとだけ肌寒さを感じる。


宮下パークを歩いていると、横丁にある九州食市を見つけた。


「美味そう!なんか腹減ってきた」


さっきカフェでガッツリ食べてませんでした?と思いつつも私もお腹がすいてきた。


「あっ、ごめん。いつも食べてるから違うところのほうが良いよね?」


横丁には九州食市以外にも、四国食市や北海道食市などもある。


せっかくなので、明太子や餃子などを食べることにした。


彼があっという間に平らげる。


私も食べるペースは早い方だけれど、それでも彼は早かった。


すべて食べ終わると、彼がおもむろに食器を重ねて店員さんが片づけやすいようにしている姿を見てギャップを感じた。


その姿はとてもナチュラルで、普段からやっているのだと感じた。


高架下からファイヤー通りへと渡り、代々木公園の方へと向かう。


右手にはアパレルショップやテナント募集中の店が並んでいて、左手には消防署が見える。


ガードレールを挟んだすぐ横で、スピード超過した車が数台走っている。


その中でもとりわけ大きな音を立てながら走り去っていく1台の外車。


そのつんざくような音が嫌で目を眇めると同時に少し歩道側に寄れた。


程なくして、ビシャッという水が飛ぶ音がした。


その短く強く音に反応し、目を見開くと、さっきまで右側にいたはずの彼がいない。


消えた?


水たまり+スピード超過の車から私が濡れないように瞬時に車道側に回ってくれたのだ。


この人って未来が見えるの?


そんな非現実的なことを考えながら彼の方を見ると、服が濡れていた。


オフホワイトのTシャツの左半分はすでに変色してしまっているのに、


「大丈夫だった?濡れてない?」


と私の方を心配してくれた。


「私は大丈夫。それより、Tシャツ乾かさんと風邪引くけん」


彼はそうだねと言って服を買いに近くのお店に入った。


店員さんや周りのお客さんに腫れ物に触るような目で見られる彼に申し訳なく思った。


「お待たせ」


黒いTシャツに着替えた彼はさっきよりも少し大人っぽく色気を感じた。


「ごめんね。お洋服いくらやった?」


「気にしなくて良いよ」


そう言うと、彼は何事もなかったかのようにニコッと笑った。


代々木公園に向かう途中、青いボトルのロゴが有名なカフェを見つけた。


彼は店員さんの説明を聞きながらどの豆にするか迷っている。


私はモカを注文し、彼はブラックを頼んで外のベンチに腰掛ける。


お店をバックに2人でコーヒーを顔の近くまで持っていき、数枚写真を撮る。


すると、


「へっくしょん」


彼がくしゃみをした。


「風邪引いたと?」


「いや、平気」


さっきの水しぶきで風邪を引いてしまったのだとしたら、そう思うと申し訳なさが増す。


そうは言ったが、数秒後にまた嚔をした。


顔を見ると明らかに顔色が悪い。

肩で呼吸しているのがわかる。


彼はかなり辛そうだ。


代々木公園に行く予定はキャンセルして、彼の最寄り駅まで送ることにした。


電車の中でも彼はずっと寒そうにしていた。


「ここで大丈夫。送ってくれてありがとう」


「うん、気をつけて帰って」


そのすぐ後、彼から、


「今日はありがとお」


とだけきた。


誤字にツッコミを入れるべきか迷ったけれど、それよりも体調が心配だった。


「こちらこそ色々とありがと。ちゃんと身体温めるんよ」


それから全然既読がつかなかった。


体調は大丈夫かな?


色々あって幻滅されたかな?


杞憂きゆうに終われば良いのだけれど……


☕️


昨日のことはほとんど覚えていない。


高熱で布団から起き上がることもできず、畳みかけるように孤独感にも襲われた。


心配して誰かが看病しに来てくれるなんていうドラマのような展開などもちろんなく、き込みながら布団にくるまる。


時刻は朝の7時半。


流石に出勤できる状態ではなかったので上司に連絡して休ませてもらった。


LINEを確認すると彼女から連絡が来ていた。


「具合大丈夫?熱とか出とらん?」


すぐに返したかったが、指を動かす前に意識が飛んだ。


既読だけをつけて。

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