第35話 トレインストーリー

 車を運転するようになり、電車に乗る機会がめっきり減った。常日頃、満員電車に揺られながら出勤をしている方からすれば「へっ、なんとも大層なご身分で」と口端を曲げられるかもしれないけれど、電車に乗らない生活というものが、これが結構寂しいもんで。たまにふらっと電車に乗りたくなってしまう。

 なぜ電車が好きなのかといえば、電車に乗っている人の数だけストーリーがあるように思えるからだ。目を瞑りたくなるほど不気味な人や、拳を振り上げたくなるほど非道な人も居たりするが、黙って座って音楽を聴いている人、本を読んでいる人、ぼーっと流れる景色を見ている人……。仲間内でヒソヒソと盛り上がっていたり、ぎゃははと盛り上がっていたり、真剣になにか相談していたり、泣いている友達を慰めていたり。そんな乗客たちを観察していると、見ず知らずの他人と移動を共にするというのは結構楽しいなと思う。

 数年前、姉の住む町からお子と電車に乗って帰ったことがある。この日は非常に興味深い人間模様に遭遇し、今でも思い出すと「むふっ」としてしまう。

 私とお子が乗った駅の次の駅で、私服の男子高校生二人が乗車した。日曜日、二人で買い物に出かけたらしく、二人ともパンパンに膨らんだ古着屋のショップバッグを提げている。二人ともちょっとダボついたシルエットの服を着て、オシャレだったしイケていた。

 彼らは私とお子が座る長シートの端に座った。向かいの窓に反射し、二人の姿が見える。……え、ちょっと近すぎない?

 田舎の日曜日、昼過ぎの電車内は閑散としていた。私たちの座るシートは、私とお子と、彼らしかいない。向かいのシートには、端のほうに三人家族が座っているのみ。

 そんなに窮屈そうに座らなくても、余裕を持って座るスペースは十二分にあった。しかし彼らは、女の子同士でもそんなにぴったりくっついて座らんぞ!? と目を見張るほど、きゅうきゅうに座っていた。しかも真夏。冷房が効いているとはいえ、外で汗をかいてきただろうにそんなにくっついて暑くはないのか?

 二人とも、膨れた古着屋のショップバッグは足元に置き、両足で挟んでいる。そのためにお互いの膝と膝が触れ合っているのだが、気にする様子もなくひそひそと顔を近づけてなにやら楽しげだ。

「このあとどうする? うち、今日親いないけど……」

「っばか、こんなとこでなに言ってんだよ……!」

 みたいな、高校生らしからぬ(?)会話をしているようには見受けられない。ただ本当に楽しげに、きゃっきゃうふふと顔を寄せ合っていた。

 あー聞きたい。彼らの会話を聞きたいがすぎる。しかしお子が寝てしまい、汗でしっとりと濡れた額が私の太ももに埋まっている。お子を起こし(ギャグではない)、こんなに閑散とした場所でわざわざ彼らのほうに場所を移動するなど不審すぎる。私は仕方なくその場所から、向かいの車窓に映る彼らの楽しそうな表情と、口の動きを読む読唇術とやらで会話の内容をなんとか知ろうとした。

 結果から言うと、私は読唇術の才能が皆無だったし、他の乗客に気を使ってなのか、はたまた本当に誰かに聞かれたりしたらやばい会話なのか、ひそひそ声すら聞こえないよう途中から耳打ちをしはじめたのでやっぱりなにを話しているのかは分からなかった。もしや血眼になって君たちの会話を聞こうとしていることに感づかれた……? 口元を手のひらで隠されたらもう諦めるしかない。私も寝るとするか。そう瞼を閉じかけた時だった。

 二人が同じタイミングで振り向き、窓の外の何かを見た。私は目を見開く。お互いが内に振り向いた瞬間、もうきっすしちゃうのかと思った。なんなら鼻とか口とか掠ったんじゃないか……? なんて妄想しながらドキンコドキンコと跳ねる私の心臓をよそに、車窓に映る彼らの後頭部はぶつかりそうなほどに近かった。揺れる二つの頭がなんとも愛らしく、こんな田んぼだらけの風景になにを見たのかわからないが、また二人は視線を合わせて笑った。

 ……もういい。彼らがなにを話しているかなんて。そんなこと知らずとも、彼らの休日のひとコマを見れただけでも幸せだ。彼らとこの空間を共有できたことに感謝しかない。

 二人は重そうにショップバッグを持って立ち上がり、私の地元の駅で降りて行った。彼らを無事送り届けた電車が静かに発車した時、私の視線の端には、先に降りたAくんがBくんにエスカレーターを先に乗るよう促している光景が映った。TOUTOI。彼らのおかげで、地元が少しだけ好きになった。


 入れ違いで、また二人の男子が乗ってきた。先ほどの彼らが座っていた場所の、ちょうど向かいの席に二人は腰掛けた。

 座るなり、大股を開いたAはイヤホンでなにかを聴きながらスマホをいじり、控えめに座っているBはずっとリュックの中をがさごそとしていた。

 うんうん。私の中の(BLを除く)男子高校生って、こんな感じだ。そう思いながら、そういえばさっきの彼らは一度もスマホを見ていなかったなと、マスクの下で静かに「むふっ」とした。

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