第33話 トラブルメーカー
その昔、宮殿のように美しい学び舎に、一人の勉強熱心な少年がいた。彼の名はマークス。
マークスは四六時中、華奢な体には似合わない分厚い本を小脇に抱えていた。クラスメイトからは「勉強に取り憑かれている変人」と煙たがられていたが、そんなことは意にも介さず、マークスは勉学に励んだ。人を救える人間になる。そんな大きな夢を掲げて。
マークスは放課後が来るのが楽しみだった。教会のようなステンドグラスに彩られた静かな図書室で、「先生」に会えるからだ。先生の名はトーマス。ゆるくカールした黒髪と長い脚、緑色に光る美しい瞳。学園中を魅了するトーマスを、この時間だけは僕が独占できる。普段は仏頂面のマークスも、トーマスの前だけは笑顔でいられた。
先生はすごい。僕の知らないことをたくさん知っている。他の人みたいに僕をバカにしたりしない。マークスはトーマスに陶酔していった。トーマスも、自分を慕って教えを乞うマークスが可愛くてしかたがなかった。
二人で居る時間が少しずつ長くなっていく。楽しい。嬉しい。幸せ。マークスは普段から笑顔が増え、次第にクラスメイトのマークスへ向ける目も変わっていった。朝の挨拶から始まり、話しかけられることも増えた。
そんなある日、クラスメイトの一人がマークスの席へやってきた。そうして声を潜める。
「なぁ、皇帝のスカーフの話、知ってるか?」
マークスは首を傾げる。勉強とトーマスにしか興味がないので噂話など知るはずもない。
「この学園のどこかに、皇帝のスカーフが隠されているらしい。ものすごく高価なもので、一度西に盗まれて、それを取り返した後にここへ隠した。西に気づかれたら戦争になるぞ」
馬鹿馬鹿しい。そんな噂話に振り回されている時間があるなら少しでも勉強したらいいのに。マークスは適当に相槌を打ちながら、また分厚い図鑑に視線を落とした。
放課後、いつものようにトーマスの元へ向かう。トーマスはいつもの席で長い脚を組み、書物を読み込んでいた。風が吹き、長い前髪が靡く。緑色の瞳が僕を見る。跳ねる心臓と紅潮する頬。これが「恋」という感情だとはマークスは知らない。
「先生は知ってる? 皇帝のスカーフの話」
勉強の合間、マークスは自分の方に頭を乗せて目を閉じているトーマスに問う。大きく音を立てる心臓を、少しでも落ち着かせるために。
トーマスはその問いに、人差し指を唇に乗せた。静かに、ゆっくりと。
マークスは確信した。トーマスはスカーフの在り処を知っているのだ、と。触れた温度が僅かに上がった。僕が知ってはいけないことなんだと、マークスはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
翌日の放課後、いつものように図書館へ行くと、知らない大人が三人居た。貸し出し係がいつも座っている、ガラス張りの小さな部屋に。トーマスの姿はなかった。
マークスはガラス張りの小さな部屋から死角になる席へ座った。三人の声が聞こえてくるが、知らない言葉だった。心臓がどきりと嫌に跳ねる。西の言葉だ。
「マークス」
振り返るとトーマスが書棚に身を隠していた。声を出したかったけれど、トーマスはまた人差し指を唇に乗せた。小さく手招きしている。
身を縮め、すぐにトーマスの元へ駆け寄った。怖い。下品な笑い声が聞こえてくる。トーマスの腕の中からそっとそちらを除くと、一人の男が金色と緑色をしたスカーフを広げていた。
「すぐにここから逃げよう」
トーマスの優しくも熱い声が耳にかかる。トーマスも怖いんだ。大丈夫、僕がいる。そう心で唱えた。
西の三人が行ったあと、書棚の間をすり抜け、出口へ向かう。トーマスの腕をギュッとつかむ。トーマスは優しく微笑んだ。
いつもの席に続く通路をトーマスと駆ける。怖かったけれど、すごく穏やかでもあった。トーマスも同じ気持ちだと思ったから。この気持ちがなんなのかは分からないけれど、すごく温かい。
外が一瞬カッと明るくなった。色とりどりのステンドグラスが全部オレンジ色になって、割れた。
トーマスは僕の頭を大きな腕で包み込んでくれた。
「トーマス、僕怖くないよ。トーマスが一緒だから」
「ああ、俺とマークスは、これからもずっと一緒だ」
炎が辺りを包む。爆発音よりも大きく、トーマスの吐息がそばに聞こえる。
マークスはトーマスと抱き合い、温かい眠りに落ちた。
その時私と言えば、実家に居た。西でも東でもない、素敵な宮殿風でもない、普通の民家だ。
しかしそこにも炎は広がっていた。飼い猫を助けなければと彼の元へ寄ったが、彼はこんなときでも楽しそうに虫を追いかけている。
玄関と窓から燃える木を持った野郎が二人入ってきた。両親の叫び声が聞こえた。
「逃げて!」
二階へ向かい叫ぶ。
「なにー?」
姉の呑気な声。
「逃げてってば!」
「聞こえないよ〜」
二階へ駆け上がり、姉の部屋のドアを蹴破り叫ぶ。
「逃げて!」
ようやく姉と兄が逃げる。私は屋根の上に逃げたが、姉と兄はなぜか家の裏で誰かと話している。敵か味方かもわからない。なんとなく敵と察し、屋根から炊飯器を落としてその二人を殺した。
「上に来て! 早く!」
燃える田園。遠いマークスとトーマスに想いを馳せ、目前に広がる地獄をどうにかせねばと思考する。
大きな爆発音とともに、目が覚めた。
お久しぶりです〜。本を読んだり漫画を読んだりハリーポッターを見返したりしていたらもう2月も中旬に。相変わらず変な夢ばかり見ています。トーマスでマークス。スカーフはジブリの柄でした。
こんな夢を見るたびに「戦争 夢」などと朝イチ検索。いつもどおり「人間関係悪化の兆し」「ストレスが溜まっているのでリフレッシュせよ」「トラブルに巻き込まれる」などといった診断。もうわかりましたってばなんて思いながら調べちゃうんだよなぁ。
こんな夢を見るたびにトラブルが起きてたんじゃあ、私の毎日は常にトラブル。まぁ確かに。トラブルメーカーであることは否めない!(こんな診断ばかりじゃあ認めざるを得ない)
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