阿修羅かも知れない

西順

阿修羅かも知れない

 16歳の誕生日、「朝だー!」と目を覚ますと、阿修羅になっていた。あれである。三面六臂の阿修羅だ。部屋の姿見で見ても顔が3つに腕が6本。うん、阿修羅だ。服が破けているが。


「…………」


 いや何これ? 俺の母親は普通の人間だ。シングルマザーだから父親は知らないが、服飾デザイナーとして界隈では知られた人で、ゆったりしたオリエンタルな服をデザインする事で有名だ。何故その母から生まれた俺が、阿修羅になっているのか。


 どうしたものか。とあれこれ一人で考えても答えは出ない。母に相談しようと俺は恐る恐る自室を出て、リビングへと向かった。


「まあ! クスマ!」


 俺の姿を見て口元に手を当てて驚く母。ちなみにクスマは俺の名前だ。引いているな。と思っていたら、ぐいぐいと俺に近付いてくる。


「まあ! まあまあまあ!」


「な、何だよ?」


 なんか目が爛々としているんだけど? 嬉しそうにしているんだけど? 確かに我が家にはオリエンタルなインテリアが多く、仏像のレプリカのような物も少なくない。その中で1番多いのが阿修羅像なのは知っていた。


「とうとう阿修羅になれたのね!」


 手放しで喜ぶ母の顔を見て、口の中に苦いものを感じたとしても仕方がないと思う。


「とうとう、って事は、俺が阿修羅になった理由に心当たりがあるの?」


「そうね。話さないと駄目よね」


 母は決意を固めたように口にすると、リビングの椅子に座り、俺はその向かいに座った。


「私、昔から阿修羅様が好きだったの」


 それは知っている。


「あれは子供の、私がまだ小学校に上がる前の事。私は親に連れられ、奈良の興福寺に行ったの。そこで見た阿修羅像に一目惚れしてね。それからは寝ても覚めても阿修羅様の事を思わない日は1日も無かったわ」


「はあ」


 そこまで重症だとは知らなかった。


「そうやって思い続けて20歳の誕生日の夜の事よ。夢に阿修羅様が現れて、そこで私たちは……」


「はい、ストップ! 子供に朝からなんて話聞かせてるんだ!」


「ええ? ここからが良い所なのに。凄かったのよ。阿修羅様のテクニック」


 知らんがな。はあ。


「それでその夢に出てきた阿修羅との間に生まれたのが、俺だと言いたい訳?」


「だって事実でしょう? クスマはこうして三面六臂の身体になったのだもの」


 う〜ん、反論出来ない。俺の出自や父親がいない理由は判明したけど。


「こんな身体になって、これからどうやって生きていけって言うんだよ」


 俺は3つの頭を6つの腕で支えながら項垂れる。


「大丈夫よ。学校には私が言っておくから、クスマは朝食食べて学校行く準備なさい」


「学校行けっての!?」


「当然でしょう」


「制服が入らないよ!」


「何言っているの? あなたの学校、服装自由じゃない。だからその学校行かせているのよ。なのにクスマったら、いっつも周りに合わせて制服モドキを来て学校に行くんだもの、私がどれだけ悲しかった事か」


 泣き真似とかいいよ。あれ?


「もしかして、母さんがゆったりした服を作り続けてきたのって……」


 ニヤリと口角を上げる母。マジか。ビッグサイズの人向けじゃなかったのか。


「はあ、仕方ない。今日は我慢して母さんの服着ていくか」


「おい」


 だって趣味じゃないんだもんあの服。もっとモダンな服の方が俺は好きなのだ。


 ◯ ◯ ◯


 母のデザインした服に着替えて分かったが、これは完全に阿修羅である。これで学校通うのか。誕生日だと言うのに朝から気が重い。


「キャー! 似合ってるー!」


 うるさいな。スマホで写真を撮りまくる母を押しのけ玄関を出ると、


「え?」


 との声。背筋を冷たい汗が流れるのを感じながら振り返ると、お隣さんで幼馴染みのハルカちゃんがいた。うおー、マジかー、いきなり会いたくない人と会ってしまった。


 何を隠そうハルカちゃんは、俺が幼稚園の頃から片思いをしている相手だ。そんな相手にこんな無様な姿を晒す事になるなんて。いや、同じ学校で同じクラスなんだから、学校に行けばどうやったって会ってしまうんだけど。だけど、せめて、学校までの間に、心の準備をさせて欲しかった。


「クスマくん?」


「いや、あの、ハルカちゃん、違うんだ! これには訳があって! そう! 季節外れのハロウィン? 皆を驚かそうかと……」


 ううう、絶対に信じられてないよね。ああ、終わった。グッバイ俺の初恋。


「……格好良い」


「え?」


「格好良いよ、クスマくん! その慈愛と哀愁と憤怒に満ちた3つの顔に、天と地とその狭間を支えるかのような6つの腕! 最高!」


 …………そう言えば、ハルカちゃん、俺よりも俺の母と仲良かったっけ。そうか、こう言うのが好きだったんだ。


 頬を上気させて俺の周りをぐるぐる回りながらスマホで写真を撮るハルカちゃんと、俺は一緒に登校した。


 ◯ ◯ ◯


「ああ、疲れたー」


 俺は教室に入るなり、皆に軽く挨拶して机に突っ伏した。


「電車ですっごい見られてたもんね」


 とハルカちゃんも心配してくれている。見られるのはまだ分かるが、隠れて写真撮ってた奴ら、肖像権の侵害だろ?


「おお! クスマ、お前もとうとうこっち側か!」


 朝から大声で話し掛けてきたのは、狼男のジョンスくんだ。


「やってらんねえ」


 俺は左腕3つで顔を支えて応える。


「まあ、人間とは異質なものを排除したがる生き物ですからね」


 と話に割り込んできたのは、第1世代アンドロンドのポエリーさんだ。


「ええ、そんな人ばっかりじゃないよ」


 ポエリーさんの発言に、異を唱えるハルカちゃん。


「確かにこの学校に来て、ハルカのような人間がいる事も分かりましたが、でもそれがマイノリティである事も分かりました」


 とはアウルベアの二階堂くん。


「でも、少なくても味方がいてくれるだけで心強いわ」


 ハーフエルフの谷さんはハルカちゃんの友達である。


「ほら、お前ら席に着け、朝のホームルーム始めるぞ」


 俺たちが侃々諤々と答えの出ない話をしている所へ、担任のアポロン先生がやって来た。


「今日、クスマの親御さんから連絡があってな。まあ、見て分かる通り、クスマが阿修羅になった。だから何だって話だけどな」


 クラスに笑い声が上がる。


「クスマ、なっちまったんだから、覚悟決めて生きろよ」


「はーい」


 返事はしたが、覚悟なんてすぐに決められるものじゃない。はあ。と溜息を吐けば、右の顔に手を振るハルカちゃんの姿。それに右の3つの手を振り返すと、ハルカちゃんはグッと両手を握ってガッツポーズを示してくれた。そうだよな。もう戻れないなら、進むしかない。


「クスマ、ホームルームだからって、チャラけて良い訳じゃねえんだぞ」


「はーい」


 アポロン先生に叱られてシュンとなる。何事も最初から上手くはいかない。謙虚に着実に一歩ずつ進もう。三面六臂と言っても、俺の足は2本なんだから。

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