第2話
「いただきまーすっ!」
「いただきます」
二人で手を合わせて晩ごはんを食べる。メニューはアリサのために作ったオムライスとサラダ。以前に美味しいって言ってくれたのと同じ味付けだ。
「ん~っおいひぃ~」
「ふふふっあんまり急いで食べるとむせちゃうよ?」
「分かってるよぉー」
アリサが木のスプーンで私の作ったオムライスを切り分けて食べている。大学を出て経っている社会人のはずなのに、夢中で食べるその様子は学生っぽくって少しおかしい。
「自分で言うけど、超美味しくできたオムライスだからね。アリサが夢中になるのも当然ってことよ」
「うんうんっはむはむ……幸せぇ~」
私は正面に座って食べるアリサの様子をじっと見つめる。
スプーンを持つ細くて繊細な指、オムライスを食べる度に開かれる口、そして咀嚼した後に飲み込むときの喉の動き。食べる動作の全てが……いやらしくて、守ってあげたくて、心が温かくなる。もう以前の、カップ麺やコンビニ弁当ばっかり食べていた恋人の姿はない。
「んえ? どうしたの?」
私の視線に気付いたのか、アリサは首を傾げた。その動きもずるいよ。100点あげちゃうっ!
「へへへ、アリサはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しくって。ついじっと見ちゃった」
「えー? 恥ずかしいなぁ……そうだリンっ」
アリサは台所に置いた弁当箱を指さした。
「いつもだけど、お弁当ありがとうっ」
「お礼なんて言わなくても良いのに、今日のお弁当はどうだった?」
「サイコーだったよ!」
「あはは、良かった」
笑顔でサムズアップを向けてくるアリサに、私もサムズアップを返した。
私は外で働いているアリサに毎日お弁当を作っている。理由は明白、私が傍にいなくてもアリサが私の作ったご飯を食べられるようにだ。
「嫌なメニューとか、食べられないことがあったら何でも言ってね?」
「えーないよぉ。彼女が作ってくれた弁当なんだよ? そんなの拒否できるわけないじゃん、できたとしてもしたくないっ!」
「もー照れるよぉ」
朝ごはんも昼ごはんも夜ごはんも、アリサの口に入るものは私が作ったものじゃないとダメなんだ。それ以外の物をアリサが食べるなんて許せない。例えそれが適当にコンビニで買った駄菓子であっても……やっぱり嫌かな。流石に市販の100円のチョコにまで嫉妬するのは行き過ぎている気がするけど、嫌な物は嫌なの。胸に刺されるような痛みが走るんだから。
「好き」
「どうしたの突然っ……私も、リンが好きだよ」
「フヘヘぇ」
「あははなにそれ変な笑い方っ」
駄菓子は仕方ないとしても、職場で用意されたコーヒーやお茶相手には嫉妬心を抑えられないからね? アリサが職場のご飯や飲み物に支えられるなんて嫌だから。職場の他の女から貰うお菓子? 友チョコ? 旅行のお土産? はははっ……それは戦争だよ。
「そのね? 本当に嫌なメニューとかあったりしない? それは作らないようにするからっ」
「えぇっ? そんなのないって! コドモみたいな言い方だけどっ……ちゃんと全部食べてきたでしょ?」
「まあ確かに全部綺麗に食べてきてくれるけど……それなら量はっ!? 私のお弁当以外に何か食べたりしてない? ほらっ量が足りなくて小腹がすいたとか」
「ないない。リンは朝も昼も夜も私のご飯を作ってくれてるじゃん? ちゃんと私のことを考えて量を調節してくれているからさ。いつも丁度良い量だよ。」
「ということは、私の作った以外のご飯は……」
「食べてたら今頃私は太ってるよ」
もし食べるなら……私を、私自身を、食べてほしい。私は昨晩ベッドで、アリサに付けられた首筋の小さな赤い跡を指でかいた。全然痛くなんかないし他人に見られても気にしないよ。むしろ……痛くしてほしい。アリサは私がいなきゃ生きていけないのと同じように、私だってアリサがいないと生きていけないんだよ? それをもっと、痛みでも良いから実感させてほしい。アリサが私の全てなんだから、アリサから来る痛みだって私の全てなんだよ。
「それよりリンはどうなの? お弁当作るのって大変じゃない? 負担だったら遠慮なく言ってよ?」
「負担なんかにはなってないよぉ。それに私がご飯を作らなかったらアリサはカップ麺とかコンビニの総菜で済ませちゃうでしょ?」
頬を膨らませる私にアリサは困ったように視線をそらした。
「そんなことは……! うう、否定できないなぁ……私料理下手だし、作るの面倒だし」
「やっぱりアリサは私がいないとダメね」
「うん……でもリン、してほしいことがあったら私にどんなことでも言ってよ? 欲しいものとかあったら私が買うから」
「ふふふ。ありがとう」
私はアリサの気遣いのおかげで胸に生まれた切なさを感じながら、思っていたことを今伝えようと決心した。
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