129話目 宇垣昌弘が国産飛行機で初飛行。
1910年といえば航空機にとって黎明期である。
日本一の大財閥の宇垣財閥だが、一条輝(ゴーレム)くんという若者に日本飛行協会を設立してもらい、飛行機の発展に寄与してもらおうと思っている。
史実の日本の場合、1910年の9月8日 - 山田猪三郎が国産飛行船、山田式1号飛行船で自由飛行に成功している。
第2回飛行には、女性記者、磯村春子が同乗し、空中体験記を書いたりしているし。
12月19日 - 徳川好敏大尉(アンリ・ファルマン式複葉機)と日野熊蔵大尉(グラーデ単葉機)による日本初の動力飛行をしている。
だが、この、アンリ・ファルマン式複葉機もグラーデ単葉機もマジでヤバそうな飛行機で、命がいくらあっても足りない感じの飛行機である。
で、ゴーレム達に、
『この時代にあってもおかしくない複葉機をつくってくれ。』
と命令したのだが、完成したのは
木製で布貼りな複葉機である。
翼の間にはワイヤーが張ってある。
なるほど。
複葉機だ。
液冷の100馬力エンジンらしい。
(車用にも使えそうなエンジンです。)
確かに、この時代としては安全そうなのだが、なんか世界の最先端をぶっちぎりで独走していそうな複葉機でもある。
1915年頃のドイツの戦闘機みたいだよなコレ。
まぁ、いいか。
と思って初飛行したら、
日本初の動力飛行機の初飛行で、
国産の動力飛行機の初飛行でもあるらしい。
あれ?
新聞がデカデカと『宇垣財閥の当主が
国産動力飛行機で初飛行!!』って
宣伝してるじゃねーか。
なんだよ、国産飛行機のお披露目って!
もういいわ。
『宇垣10年式複葉機』に名前は決定。
陸軍に献納するわ。
とりあえず10機でいいか。
練習機も作らなきゃな。
こうして宇垣航空機製造会社が爆誕したのだった。
この時期に欧州やアメリカの飛行機を
いくつか見たのだが、ほんとにコレが
飛ぶのと言いたくなる物ばかりで、
ゴーレム達は購入を断念した。
その結果の国産飛行機製造であり、
国産飛行機初飛行である。
宇垣財閥が主導で進めていた
『日本工業規格(JIS)』も本格的に
スタートする事になった。
まぁ、日本の軍隊の持っているトラックも自動車も銃も宇垣規格だからなぁ。戦艦も装甲巡洋艦も駆逐艦もそうだし。
日本の飛行機はどうなりますかね。
自動車の世界最高速度記録を更新する為にベンツが開発したカスタム車が
200馬力ですので、この時代の飛行機や
レース用の車も相応の馬力のエンジンを搭載可能なのは確かです。
他の飛行機メーカーの飛行機は鳥人間コンテスト的な、飛べるの?と言いたくなるような飛行機が多い中、
あの宇垣が作ったんだからとコピーされ、この形の飛行機がスタンダードな
飛行機になってしまいます。
ええ。飛行機の試行錯誤時代を、
一気に終わらせちゃいましたよ。
やっちゃいました。
1910年か、、、
空母はいつだっけ?
(主人公は1910年だと、金剛級の設計がそろそろじゃね?と思っています。
金剛が完成するのは1913年なので、
間違ってはいないのですが、、、)
(空母、鳳翔の誕生は1922年なのに
すでに空母の事を考えています。)
(果たして空母はどうなるのか。
主人公は史実の知識を思い出せるのでしょうか?)
埼玉県の所沢空港だけじゃなく、東京の府中にも空港ができちゃいます。
そして府中の飛行場近辺が航空産業のメッカになって発展していくのですが、どうなりますやら。
『宇垣10年式複葉機』ですが、
単座が戦闘機。複座が爆撃機&偵察機。
複座で、前と後ろの両方で操縦できる
機が練習機になりました。
設計思想は良いのですが、エンジンの馬力が馬力ですので、普通で平凡な
複葉機です。
まぁ、最初に作った飛行機ですしね。
『木製、削り出しのプロペラって、なんか効率が悪そうだよな。』
なんて昌弘は考えています。
プロペラの試行錯誤時代も短縮するつもりなのでしょうか、、、
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