第11話

 ふたろーは白霧のなかへと消えていった。

 もう会うことはないだろう。

 彼は振り返ることなく、いった。


 虫たちが案内してくれたおかげで、私は山をおりることができた。

 いつのまにか木々はすくなくなり、霧もうすれていた。

 わずかに残った白霧が、私の耳もとになびき、虫たちのささやき……あるいは、風が私に話しかけた。

 もう、もどってきてはいけない。

 山の樹がさざめいている……ふりかえれば、無数の光が、夕陽のむこうへととびたっていた。

 私は荒野を歩いた。

 肉食の獣たちは、カラスのくちばしを恐れて、どこかべつの場所へと移動したときいた。夕空の遠くのほうから、私のしらない、牙獣の遠吠えがきこえ、それはしばらくつづいた。迷子の子どものような、さみしげなものだった。

 そしてそれは、突如町からひびいた、一発の銃声によって、かき消えた。

 私は町をみた。

 町の風車は影につつまれている。羽は、夕陽のなかに、黒く沈みながら、ゆっくりまわっている。銃声におどろいたのか、風車のうえのほうで、数羽のツカイカラスが、くるくると旋回しながら、とびまわっていた。

 私は風車を目印にして速足で歩いた。

 町の通用口にひとりの少女が泣いていた。

 私にサメジマのことをおしえてくれた、みなみちゃんだった。

 どうしたの……? とたずねると、サメジマがまた、子どもを一人殺したといった。私は「だれを殺したの?」ときいた。

 みなみちゃんは動揺しているみたいで、サメジマを早く殺さないと、と質問にこたえなかった。私はみなみちゃんの手をひいて、場所を案内してもらった。みなみちゃんは目元をこすりながら、泣きながら歩いた。たどりついた場所は、河原……そこは、いつもプーカのたっていた、一本木のちかくであった。

 人体のかたちをしたものが一つ、河原に捨てられていた。……服をきていない。みなみちゃんは、それに目をむけた瞬間、顔を背けて、口元をおさえた。横たわっていた物は、『プーカ』であった。胸におおきな穴があき……本来なら、血がもれでるその傷口から、青色の火花がふきでていた。「プーカ!」私はプーカをだきあげ、名前をよんだ。返事はない。いつもの光のない目で空をみつめている。

 すこし離れた場所に子どもたちがあつまっている。

 ジュースケースに上にのったサメジマが中心にいた。いつもプーカがきていた紫色のローブをまとっていて、彼は、泡のように、わずかに存在がゆらいでみえた。サメジマは声を張り上げてなにかいった。それに呼応して、子どもたちもいっしょに叫んだ。なにをいっているのか、よくきこえなかった。

 みなみちゃんがいつのまにか隣にきていた。

「プーカは……カミキリカラスの手先だって、サメジマがいったの」

 プーカはなぜか、カラスにおそわれない。

 それは、プーカがカミキリカラスの手先だからだ。コイツはいつも、俺たちの動向をカミキリカラスにつたえているんだ。前回、俺が家のなかにかくれているのをつたえたのもコイツだ。

 そういって子どもたちをそそのかして、プーカを捕まえるよう指示し、彼女の胸元を撃ちぬいた。

 そして、彼女のローブを剥ぎ取ると、身にまとった。

 このローブには、空間を歪曲する力がある……。

 プーカの体をよくみろ、コイツは機械人形だ。ローブの力で、俺たちに、人のすがたをみせ、仲間である……と誤認させていたんだ!

 俺は環境に溶けこみ、そして、風と一つになれる。

 カラスはもう俺のすがたを視認することができない。

 俺たちは、勝ったのだ。

 今、サメジマは、次カラスが来た時、ローブの力で姿をかくし、その脳天を撃ちぬく……と子どもたちにいっているのだった。

 きづいた時には、私は弓を手にしていた。

 私は風だった。河を一筋のきよらかな風がふきぬけ、私はその流れに身をまかせて、矢をつがえた。

 私の指先と、矢と、サメジマの心臓の間に、透明で、強靭な、一本の糸が、張られているのがわかった。

 私とサメジマは、つながっていて、一本の糸だった。

 だから私は、その糸にみちびかれるように、矢を放つだけでよかった。


「ン?」心臓に矢をうけたサメジマは「ナンカ刺さっている?」と困惑をみせた。すぐに血を吐くと、私をみて、なにか叫んだ。私が二本目の矢をつかんだ時、今までサメジマがいた場所には、夕焼けを反射した河のながれだけがのこっていた。

 どこにいった?

 そして、目のまえにサメジマがいた。サメジマが私のそばにいる――と認知した時、私は頭に、強烈な振動をうけた。鉄砲で殴られたようだ……私の体は勢いよく地にころがった。弓は、転んだ拍子にプーカの横にふきとんだ。「コロス」サメジマは目を血で真っ赤にしながら、銃口を私の胸にむけ、引き金に指をかけた。

 死ぬのか。

 私は目をつむって、ゆうかちゃんの顔をおもいうかべた。

 その時、突風が私の体を殴りつけた。

 目を開けた。黒い巨大な風が、宙へと駆け抜けてゆく、その残像だけが、目のまえにのこっていた。

 風は熱をはらんでいて、私の前髪をチリチリとこがしていった。

 風がとおりすぎると、腹から上がなくなった、サメジマが、血を噴水のように吐き出しながら、バタリとたおれた。

 私は風の行方を目でおった……。風だとおもったものは、巨大な、カミキリカラスであった。カラスは、旋回しながら、ふたたび河原の上空にもどってこようとしていた。カラスのつばさは燃えていた。カラスの襲来に、子どもたちが叫びながら、河原からにげだし始めた。カラスは、食用のために、サメジマをおそったのではなかった。目には怒りの炎が宿っていた。子どもたちを追い、一人、また一人と、カラスはくちばしで、子どもたちの体を引き裂いていった。

「カラスが、燃えている」

 カラスは火の熱さにうめき、町の家屋に激突、破壊しながら、殺戮をつづける。

 風車の羽はくずれおち、燃えてゆき、もう風の通り道の役目を果たせなくなった。

 だれが、カラスを燃やしたのだ?

 町はしだいに、火につつまれる。火の海の真上で、苦しみながら、それでも必死にとぶ、カラスの巨大な影だけが、くっきりと黒くうかびあがっていた。

 —―白昼山の山頂が燃えている!

 だれかの叫び声がきこえた。

 白昼山の頂上から火が空にむけってのび、夕陽とまざりあっていた。

 私はひとつの結論にたどりついた。

 そうか、ふたろーが、カミキリカラスの巣に火をつけたのだ……。

 カラスの雛は……まだとべないのかもしれない。雛を焼殺され、己にも火傷を負わされた恨みに、カラスは怒り狂っているのだ。

 カラスのくちばしについばまれ、また一人の子どもの体が引きちぎられた……。

 真っ二つになった肉体の影が、火の海におちていく。

 カラスはこのまま、子どもたちを皆殺しにするまで、とびつづける。

 子どもたちの肉塊と、焼け焦げたカラスの羽が、ポロポロと、町にふりつづいている。私の目に涙がうかんだ。ゆうかちゃんがいつかいった、空よりふる『ユキ』。それはとても白く、うつくしいものだ……といったけど、この町にふる『ユキ』はよごれた赤で、死のにおいがした。

 私はつぶやいた。「この夕陽は、誰のものなの?」

 このままでは、子どもたちは皆死んでしまう。なんとか、生き延びないと。だが、体はピクリともうごかなかった。私のまわりは、火につつまれていく。サメジマの体が焼けてゆき、黒いかたまりになった。

「—―……」

 その時、死んだとおもったプーカが、かすかにうごいた。

「プーカ! ……プーカ!」

「——…………」

 なにか、つぶやいているようだが、まわりの音がうるさすぎて、よくきこえない。私は這いずりながら、彼女にちかづく。

「プーカ……いやだ……。私、死にたくない。このままだと、皆死んじゃう」

 プーカは、ずっと空をみつめたまま、壊れたように、なにかつぶやいている。

 ようやく、彼女のもとにたどりついた。

 胸元にたおれこみ、彼女の体温をかんじとろうとした――……おどろくほどに冷たい、これは、人体、ではない。

 頬に手をそえて、泣きついた。

「お願い……私たちを、助けて……あなたなら、できるでしょう?」


 ぼそぼそとつぶやくことばの形が、ようやく耳のなかに入ってくる。

 それはこんなことばをしていた……意味は、よくわからなかったけど。


「セーブ、または、ロードするファイルを選んでください」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る