第10話

 目をさました時、霧のなかにランタンをもったふたろーがたっていた。

 私は切り株に横たわっていた。

 霧のすき間から、夕陽がかけらとなって、こぼれおちていた。

 ここは私のしらない場所だった。

「白昼山の霧を吸ってはいけないと、しらなかったのか。これだからバカは困る」

 私はかすれた声で、荒野の花を煎じた茶で対策したことをつたえた。

 フム、とふたろーは顎に手をあてて「ぼくもおなじ茶を服用した。だけど特に問題はない。おそらくヒミコが飲んだものには、よくない不純物が混ざっていたのではないか」といった。私は花のすぐそばでウサギが死んでいて、その体液が付着していたことをおもいだした。

 ふたろーが運んだのだろうか、気をうしなった場所から移動しているようだった。

 水音がする。すぐちかくに、ちいさな泉があった。ここは、虫のたまり場のようだ。かれらは私たちを敵とみていないようで、平静を意味する青色の光を放ちながら、水面をつつきながらとんでいた。

 なにやら、肉の腐ったような、不快なにおいがした。

 ふたろーは泉に水筒をつっこみながら、ボソボソとつぶやいていた。

「迷ったのだろう。ここから迷わずに下山する方法をしっているか。カミキリカラスは、縄張り意識の強い鳥だ……、自分の帰巣ルートには、糞をおとしながら飛行する。この臭いは……、カラスの糞のにおいだ……。つまり、ぼくたちの同胞の成れの果てのにおいというわけ。ぼくは糞をたどり、山をのぼっていた。君は、糞を直でみないほうがいい……出所をさがさないほうがいい。女の子には刺激が強いかも…。ともかく肉食の獣たちは、カラスの糞がある場所にはよりつかないんだ……。

 つまり、町にもどりたいなら、糞をたどるといい」

「おもいだした。町の皆がふたろーをさがしている。リーダーのくせに逃げだして、アイツはとても臆病だって」

「は……? ゴミは見当違いしかしないんだな」

「でも、今は別のヤツがリーダーしている。ゆうかちゃんにとても似ている子で、俺がカミキリカラスを倒すって。すごい、危ない武器をもっていて……ア、ふたろー、しばらく帰ってこない方がいいよ。サメジマに、殺されちゃう」

「ぼくはまだ帰らない」

 ふたろーは水筒のコップに水を注いだ。

 ポケットから紫色の液体の入ったビンをとりだし、中身を数滴、水におとした。

 ビンには解毒作用のある液体が入っているようだった。

 一口のどにおとすと、とてもつめたくておいしかった。頭に残っていた重みがすこしずつとりのぞかれていった。ふたろーは私の弓を指さした。

「オマエ、弓をもっているな」

「ツカイカラスをおとすためにつくった」

「へぇ、やるじゃん。多くのバカは勘違いしているようだが、町は安全な場所ではなく、もう一つの巣だ。ツカイカラスが、町のいたる場所にいる。逆に、この山の霧は、小型カラスの目かくしになる。迷いこむ、危険な肉食動物も、霧の毒素にやられ自然淘汰されてしまう」

「でも……ふたろーは、弓をもっていないのね」

 ふたろーのカバンはふくらんでいた。

 なにが入っているのかたずねると、カミキリカラスを殺すための道具だといった。

 チャポンチャポン……と、水のうつ音が、カバンの中からかすかにきこえる。

「オマエは、町からにげるために白昼山をのぼったのか。今まで、この山で何人もの子が躯になったのはしっているだろ? なぜそんな無謀を」

「いいえ……私は、ゆうかちゃんをさがしにきたの」


 ふたろーは今すぐ下山するよういった。カミキリカラスの巣になにか仕掛けるようだ。「山はもうすぐ危険になる」とつづけた。

「私も手伝う。ゆうかちゃんをさがしにきた」

「おどろいた……。いつも、空き地の影で縮こまっていた弱虫ヒミコに、そんな勇気があるのか」

「カミキリカラスを殺せば、ゆうかちゃんにまた会える気がするの。ふたろーこそ、いつもは皆から臆病者ってバカにされているのに、やけにやる気満々だね」

「オマエの助けなんかいらない。ぼくは英雄になる予定なんだ。ぼくは……リーダーに決まったあの日、路地裏の影の中で、夕陽に祈りをささげた。そして、この作戦をおもいついた。そして、ぼくは英雄になる未来を夢想した。それは実行可能な未来だった。オマエみたいな足手まとい……エラー要素が、いっしょにいるのは、ゴメンだ……。マァ、囮が一匹ふえるというのは、大歓迎だが……」

 ふたろーの目は、鬼の目にかわった。

 なにか、悪いものがすみついている。

 その目は、サメジマの目とよく似ていた。

 私は囮になるのを断った。

 ふたろーはそこから、町の子どもたちに自分の力を見せつけたいという願望を私にいってきかせた。いつもバカにしたような目でみる男の子達、そんなサルみたいな頭脳しか持ち合わせていない男の子にこびる、女の子たち。皆がいかに稚拙で、愚かで、下等な生き物か……。彼は長い時間、唾を飛ばしながら、熱演していた。あまりにも長い時間だったので、私は泉の虫たちを追いかけてくつろいでいた。しばらくすると仲良くなり、虫たちは私の指にとまるようになった。光の虫たちにゆうかちゃんのことをたずねるが、彼らはなにもしらないようだった。光の虫は私に警告を発した。ふたろーは、平気なふりをしているが、脳の大事な場所が、毒にやられている。冷静な判断ができない状態にあった。脳のおくは、明確な攻撃性が芽吹いていた。それは山の毒気のせいだけではなく、恐怖によっても育まれる芽なのだ……。虫たちは「この少年はあなたがしっている者ではありません。非常に危険なのです、今すぐ、お帰りなさい」といった。

「あなたたちはどうするの?」

 彼らは……霧を捨て、ちがう山へとびたつ……といった。

 私はたちあがった。

 風がふき、おおきなカラスの鳴き声がし、山の樹をざわつかせた。

「というわけだ。わかったか? ちょうどよかった……だれか一人くらい、ぼくの偉業を伝達するヤツがほしかったのだ。オマエにまかせた」

「帰るね。邪魔みたいだから、任せる。また倒れてしまう心配もある。無理はしないようにね」

「あぁ」

「ア……。そういえばさ、ふたろー」

「ン?」

「ジュケンって、しっている? ユキ……でもいいけど」

「なんだそれ……、食べ物かい?」

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