第8話

 サメジマが背にまとった真紅のマント。

 あれはゆうかちゃんのものだ……。私は彼女の背中になびいた、あのうつくしいマントが好きだった。みまちがえるはずはない。

 なぜ、ゆうかちゃんの着ていたマントを、おなじ顔のサメジマがもっているのか。彼は山で拾ったといっていた。それが本当なのかはしらないけど、山にいけばなにかわかるかもしれない。……ゆうかちゃんにあえるかもしれない。


 しかしそれは、恐怖と向かい合わせの感情であったのは、たしかだ。

 もしも……ゆうかちゃんの死体をみることになれば、私は平静を保っていられるだろうか。


 子どもたちはカミキリカラスが寝床にしている白昼山に入ることをおそれる。

 カラスの脅威はもちろんだけど、山にはつねに白霧がかかっていて、毒がふくまれていた。それを長時間吸うと、体が衰弱してしまう……といわれていた。

 魔獣たちはそれをしっているのか、うごく獲物を襲わない。

 霧に力尽きたところを捕食するのである。

 ゆうかちゃんは霧をおそれなかった。

 花をお湯にひたし、茶にしたものを飲み、山に潜入した。

 その花には解毒作用があり、体を守ってくれるようだった。

 山には、町にいない昆虫がおおく生息していた。光を放つことができる。白霧のなかで、ほのかにかがやく虫たちを指さし、ゆうかちゃんは「クリスマスをおもいだすわ。キレイね」といった。ゆうかちゃんがすんでいた『帝国』には、『ユキ』といううつくしく冷たいものが空からふるみたいだった。


 ゆうかちゃんが茶にしていた花は、荒野に多く咲いているものだった。

 花をみつけ、採取しようとちかづくと、かたわらに野兎が死んでいた。

 骸にはツカイカラスがむらがっていた。

 私は弓を手にとった。手がふるえているのがわかった。カラスは私のすがたをみるなり逃げだした。

 花には兎から染み出た体液が付着していた。

 私は花をよく洗って、茶にした。

 体にとりこむと、奥底がポカポカとあたたかくなってくる。

 荷支度をして家を出た。

 

 白昼山にいくには、河の上流にむかって歩いてゆけばいい。

 このよごれてしまった河は帝国につながっている。

 帝国には……『夜』と『ユキ』がある。

 昔、ゆうかちゃんの町に遊びにいきたいといった。あの時、ゆうかちゃんはなんと返しただろう。ゆうかちゃんはやさしい子で、私が傷つくようなことはいわなかったはずだ。だけど……あの、さみしそうにふせられた目だけはおぼえている。

 彼女はやさしい子だ。なにか、大切なことをかくしたかったのか、あるいは、私へのなぐさめをさがしていたのだ。

 眼前は真っ白になっていた。白昼山の山林に入ったのである。霧がかかっている。霧にふくまれた水分で、私の頬がぬれている。頬についた水滴は、涙といっしょにぬぐいおとすことにした。

 葉のうごく音ともに、木々のすきまに獣の気配をかんじる。

 ここはもう危険な場所なのであった。

 私はランタンに火をいれた。ゆうかちゃんは、このランタンにおまじないをかけてくれた。山林にすむ虫たちのおおくは臆病で、人のすがたをみると、木陰のおくへと逃げかえってしまう。ゆうかちゃんはランタンの灯かりを虫にちかづけ、彼らに友好の証をしめした。彼らに道案内をたのむことで、ゆうかちゃんは視界の悪い山の中でも、迷うことなく散策し、下山していた。

 やがて……霧のむこうから、数匹の昆虫がよってきた。だけど……彼らの光は、警戒を意味する、赤色を示している。私はあわててランタンの灯かりを消し、その場から駆けだした。

 大樹の根元に腰をおとし、呼吸をととのえる。「おまじないの効果が切れているんだ……」私はランタンを荷袋にしまいこむと、その奥から、ちいさな布袋をとりだした。中に入っているのは、コズラの実であった。目印代わりにこれを足元におとしながらすすみ、山を調査することにした。

 だが、しばらくすると、体に異変がおこった。

「……?」

 頭がぼんやりとしてきた。

 どうやら、肺に毒がまわっているようだった。

 先ほど走った時に、霧を多く吸いすぎたらしい。

 この山で走ることは自殺行為である。迷う原因にもなるし、多くの空気を取り入れることから、霧の毒気にやられてしまう。毒除けの茶を飲んでいるけれど、許容量をオーバーしているみたい。体はどんどん重くなっていった。

 やがて、私は地面にむきでた木の根につまづいてころんだ。袋に入っていたコズラの実が、地にちらばった。

 上空の木の枝から、バサバサと、鳥のとぶ気配がした……。

 いけない。もし、ツカイカラスがとんだのなら、カミキリカラスに報告されてしまう。早くここから逃げなければ……。

 私はそうおもって足にうごいてとお願いするけれど、まったくうごいてくれないの。もしもゆうかちゃんがいたら……私の手をひっぱってくれるだろう。

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