第3話

 広場に大勢の子があつまっていた。

 土管の上に、リーダーのタカシがすわっている。

 タカシは暗くしずんだ顔で、ぼそぼそと、カラスを殺す作戦を皆につたえていた。

 カラスは人の形をして、うごくものにとびかかってくる特徴があった。

 それであるなら、カカシをつくり、紐でくくり、釣りの要領で誘導し、食いついたところを全員でおそいかかるのはどうか?

 そんな作戦だった。皆、その作戦に不満をうかべているようだ。

 カラスの体は巨大だ。くちばしも強靭であり、子どもの骨をやすやすと噛みくだく。黒い羽におおわれた翼は、大木に激突してもきずひとつつかない。

 だから、……非力な子どもがあつまって、力のかぎり攻撃しても、返り討ちにあうのではないか。

 そんな反対意見が出た。

 タカシの目は、とてもよどんでいて、疲れがみえた。

「このまえ、ミズキがタクロウの家のまえに成った木の実をたべて、一日ほどしびれの症状があらわれたよな? カカシの首筋に……その木の実をつぶした果汁をぬりたくるんだ……。カラスが首に噛みつくと、ヤツの体はしびれる。うまくいけば、飛行中に羽がうごかなくなり、墜落するかも」

 土管のすぐそばに一本の樹がたっている。……その影に、暗い表情のふたろーがかくれていた。彼は、タカシの案を鼻で笑った。

「あれは……人がたべたから『フクハンノウ』がでたんじゃないの? ぼくは……荒野のトカゲにあの木の実を食わせたことがあるけど、ヤツには反応がなかった。人だから、効いた可能性がある。それにカラスはとてもかしこい……。クロキが死体に毒をふくませたことがあっただろ? あの時、カラスは毒をかぎつけたのか、その死体をたべようとしなかった」

 ふたろーはそこで一度、大衆をみわたすと、バカにしたような笑みをうかべた。

 それから数分もの間、タカシや、その前のリーダーの子が、いかに考えなしで、無鉄砲な存在か、ふたろーは淡々とかたった。

「ぼくがリーダーになったら、オマエたちのような、サルの浅知恵な作戦はしないだろうな……。ぼくは『帝国』で軍師ができるほどの才能をもっているのだからね。カミキリカラスの討伐くらい……クールに、そして、あざやかに、マァ一時間もあれば完遂してみせるよ……。ハァ、ぼくがリーダーじゃないとは、ついてないね」

「は……? 軍師の才能? なにいってんの? オマエの才能は、逃げ足が速いことだろ? いつも、カラスがやってきたら真っ先にいなくなるくせに」

 だれかがそんなふうにいって、嘲笑した。

 つられて、子どもたちの間で忍び笑いがひろがる。ふたろーは顔を真っ赤にすると、樹の裏にかくれてしまった。

「フフン……そうやって隠れている方がふたろーにはお似合いだよ。それともリーダーやるか?」

 リーダーになった子は、カミキリカラス討伐のさい、先頭にたつ義務があった。

 過去のリーダーは皆カラスにくわれてしまった。

 リーダーが死ねば、男の子たちはくじをひき、次のリーダーを決める。

「ヨシ、弱虫ふたろーはほっといて、俺の作戦通り始めよう」

 タカシの号令で、皆は手分けして必要な材料をあつめることになった。私は子どもたちがバラバラになるまえに「あの~……」と手をあげた。

「だれか、ゆうかちゃんがどこにいったのかしらない」

 タカシは「は?」と汚物をみるような目で、土管の上から私をみおろした。

「だれだよ……それ。あれか? いまじなりーふれんど、ってやつ? ヒミコ、オマエ、友達いねーからって頭おかしくなった?」

 たしかに私に、ゆうかちゃん以外の友達はいない。だけど、そんな言い方はヒドイとおもう。

「なにをいっているの……? タカシ、あなた、ゆうかちゃんが初めてこの町にきた日、顔真っ赤にして話せなくなっていたじゃない。あんなに可愛い女の子をわすれたというの」

 タカシはふざけんな! と土管からおりると、私につめよった。しばらく私をにらんでいたけど、急に、人をバカにする、きたない顔にかわった。「わかった……ヒミコ、オマエそんなウソいって皆にかまってほしいんだろ? 皆オマエみたいなブスの友達になってくれねーもんな」

 私は涙がでそうになった。

 涙をこらえながら必死に状況を理解しようとした。

 タカシはウソをついているようにはみえない。彼は、本当にゆうかちゃんのことをわすれているようだ。

 私はそのあと、広場に残っている子に、ゆうかちゃんのことをたずねた。

 だけど皆、タカシのいうように、ゆうかちゃんなんて子しらない、と首をふった。

 子どもたちの影が、ちりぢりになってゆく広場の真ん中で、私は頭をかかえた。

 これはどういうことだろう。考えたくない話だけど、カラスにたべられてしまったのなら、わすれるなんてことはない。現にさっき、ふたろーが前のリーダーの子を罵っていたではないか。もしもカミキリカラスに食われたのなら、皆はゆうかちゃんのことをおぼえているはずだ。

 その時、とおくの空からかん高いカラスの鳴き声がひびいた。

 だれかが叫び声をあげて、かけだした。

 山の頂上ちかくで、黒く、巨大なつばさがはためいていて、……それはすこしずつ大きくなっていた。カミキリカラスが、エサを求めて町にむかっているようだった。

 子どもたちは、悲鳴をあげながら逃げ始めた。

 私は川辺へと走った。川辺には『プーカ』がいるのだ。

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