第4話

 やがて、一軒の家に巨大なカラスが激突した。

 家はたちまち壊れてしまい、カラスはすぐにとびたった。

 そのくちばしには……子供がひとりくわえられていた。

 とおくからなので、だれなのかはよくわからない……だが、手足を必死にバタつかせているから、まだ生きていることはわかった。そういえば、だれかがいっていた……カミキリカラスは巣をつくっていて、雛を養っている。ずいぶん前は、カラスは子どもの頭部のみをもちかえっていたが、雛がおおきくなるにつれ、肉がさらに必要になった。そして、巣にかえるまで生かし、その場で殺せば、肉がまだ新鮮で、つまり……おいしいうちに、雛に与えることができる……。

 カラスは山にむかってとび、そのすがたは、夕陽にすいこまれ、すこしずつちいさくなっていった。

「プーカ」私は枯れ木にもたれていた少女に声をかけた。

「あなた、ゆうかちゃんがどこにいるかしらない?」


 プーカはいつも川辺でひとり、ポツンとたっている女の子だった。

 彼女のきている紫色のローブは、つねに風にゆれている。

 プーカは、よごれた川をしずかにみつめ、時々ながれつく異国の書物を拾いあげては、自分の小屋にあつめていた。小屋には、他にも、川に流れついた、死人の骨がつまれているというあやしい話もあった。

 彼女は話しかけても、ほとんど反応がないから、皆にきらわれ、疎まれていた。

 噂によれば、話していると魂をぬかれるらしい。

 彼女はどこからきたのか、何者なのか。

 死の世界の案内役なのだろうという説が流れていた。いつも河をみているのは、三途の川をおもいだしているからではないか……。

 たしかにプーカの目は、死人の目ににている。ずっとみていると、おかしくなりそうだった。

 そんなプーカに積極的に話しかけていたのが、ゆうかちゃんであった。


 あれは……ゆうかちゃんが初めてこの町にあらわれた日のこと。

 今日みたいにカミキリカラスが町をおそい、子供たちはいそいで家のなかに逃げかえる中、ゆうかちゃんは空き地につったったまま、ぼんやり空をみあげ、カミキリカラスの羽のうごきを観察していた。

 —―ゆうかちゃん、早く逃げないとカミキリカラスにたべられちゃうよ!

 私はあわてて彼女の腕をひっぱり、自分の家につれていこうとした。だが、どんなに力をこめても、そのほそい体は、ピクリともうごかなかった。

 —―ダンプカー……くらいかしら。すごく巨大ね。

 ダンプカー……? とはゆうかちゃんが住んでいる町の、乗り物のようだった。

 —―あんなのが家に突っ込めば、木でつくられた家は簡単に崩壊するでしょう。家の中は安全にみえて、実はまったく安全ではないわ。カラスはとても聡明よ。むやみに追いかけまわして、狭い路地に逃げこまれるよりも、その姿でおびえさえ、逃げ場のない牢獄におびきよせた方がラクなことをしっているの。

 ゆうかちゃんは、いいおわると、微笑みをうかべた。

 —―私は確実に安全な場所をしっているわ。どうする? ここからあなたの家は近いのかしら? もうカラスは、すぐそこにまできている。無事に逃げ帰れる? それよりも、私についてきたほうがいいんじゃない?

 そうして、手をひかれてきた場所が、プーカのいる、川辺の一本木の下だった。

 ふしぎな話だが、なぜかプーカはカラスにくわれなかった。彼女がもたれている木は、すでに枯れ木で、葉は一枚もなく、身をかくすことはできない。見通しのよい空からは、彼女の姿は丸見えだろうし、逃げもしない彼女は、絶好のエサであるはずなのだが……。

 そこだけみえない壁があるように、カラスは彼女を無視して、他の子どもたちを襲った。ゆうかちゃんは、なぜかそれをしっていて、利用した。カミキリカラスがあらわれた時は、プーカのいる一本木に避難すれば、襲来を回避することができた。

 私はこの事実を他の子どもたちにもおしえるべきだといった。

 そうすれば、カラスは私たちを捕食できない。子どもたちはみな、カラスのくちばしをおそれている……。だけど、ここににげれば、私たちはもう、カミキリカラスにおびえなくてよいのだ。

 だけど、ゆうかちゃんはつめたい言葉で否定した。いつのまにか、私の首筋には、ナイフの刃がそえられていた。すこしでも、彼女が手をうごかせば、私の首は切られてしまう。

 —―それは禁じられていることなの。ルールが守れないなら、あなたを殺さなくてはいけない。

 私はこわくて「ごめんなさいごめんなさい」とあやまった。

 そして、ゆうかちゃんはナイフをしまい、よくわからない話をした。

 進化の可能性がどうだとか、生き延びる強い遺伝子の剪定だとか、火におびえた野ネズミの怪力の話とか……そんな話だったけど、私にはよくわからなかった。

 —―だからこのことは私とあなただけの秘密。約束できる?


 プーカは私の質問にはこたえずに、ジっと、よごれた川をみていた。

 異国では今……戦争がおきているらしい。

 血で赤くよごれ、時々、川岸に鎧の鉄くずがながれつく。

 しばらくして、ごにょごにょと、プーカのくちびるがうごいた。

「……そう、あなたもゆうかちゃんをしらないのね」

「犠牲者、立花ユズキ」

「ユズキちゃん……? さっき、カミキリカラスに連れ去られた子?」なぜか、プーカはいつも、カミキリカラスの犠牲者をしっていた。そしてこんなふうにつぶやいておしえてくれるのだ。

「そんな……」ユズキちゃんは、私によく、コズラの赤い実をおすそ分けしてくれる、やさしい子だった。笑うと頬にちいさなえくぼができる。

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