第5話

 ある日、ゆうかちゃんは私をつれて竹林に入った。

 竹を切って弓矢をつくった。矢じりは川にしずんでいた鉄や、骨を使用した。

 弓をみて子供たちはバカにした。

 ゆうかちゃんは子どもたちを相手にせず、町にすむ、小型のカラスを矢で射る練習をした。彼女が矢を射る度に、背中のマントが、天をまうつばさのように、うつくしくなびいた。

 —―ツカイカラスはカミキリカラスと、音波をつかって会話できるの。

 ようやく一羽のカラスをしとめた時、ゆうかちゃんはそういった。カラスの頭にナイフを入れ、ピンク色の肉塊をとりだした。ゆうかちゃんはそれを道端にすてると、自慢の赤い靴でふみつぶした。

 —―私たちはコイツらにいつも監視されているの。カミキリカラスを殺すには、まずツカイカラスから殺す必要がある。

 ツカイカラス。カミキリカラスよりも小型で、ちいさな群れをつくって行動する。エサは人の頭ではなく、木の実や昆虫である。ゆうかちゃんのいう通り、ツカイカラスは私たちのすぐちかくにいた。電線やゴミ捨て場の上にたち、黒い目でしずかに私たちをみていた。

 いつも子どもたちがあつまる広場にゆうかちゃんはいかなかった。すぐちかくの電線に、常に一羽、ツカイカラスがとまっているからだった。このカラスは非常にかしこく、ゆうかちゃんが弓をかまえると、すぐに空へとびたった。

 ゆうかちゃんのいったことが真実かどうか、たしかめる方法はない……。だけど、たしかに彼女がカミキリカラスに襲われたことはないし、餌食になるのは、いつも広場にあつまる子どもたちだった。


 ユズキちゃんが死んだショックに、トボトボと下をむいて家に帰っていると、空から視線をかんじた。

 電柱のうえにツカイカラスが一羽とまっている。

 カミキリカラスの今日の食事はもうおわった。だから、みつかっても脅威はないはずだった。それでも不安になった私は、足早に路地を駆けぬけた。

 追いかけてくるかとおもったけど、カラスはその場からうごかなかった。

 私はもう一度ゆうかちゃんの家にむかった。

 玄関の前でゆうかちゃんの名前をよんだ。やはり反応はなかった。中に入ってしばらく探してみたけど、やはり、だれもいなかった。

 家は空っぽになっていた。

 生活に必要な物、カミキリカラスを討伐するために、コツコツと作っていた物、そして、私との思い出の物も、すべてがなくなっていた。

 わずかな希望が砕かれて、私はへなへなと畳のうえにくずれおちた。

 本当は家に入った瞬間にわかっていた。この家をつつみこむ、重苦しいのオーラのようなものが、この家にはだれもいないと私に語りかけていた。


 どこにいってしまったの……。

 私は家に帰ることもなく、ゆうかちゃんの部屋で泣いた。

 一人で泣くにはこの部屋はひろすぎた。少し前までは、ほんの少し手をのばせば、彼女の手がそこにあった。しかし今は、なにもなかった。町がつくりだした影が、私をなぐさめるように、忍び入っている。

 時々、窓の外のずっとむこう……山のほうをみて『帝国』とはどんな町なのか、想いを馳せる。

 彼女がそこで笑っているすがたをおもいうかべる。

 どのくらいの時間が経っただろう、カラスの鳴き声がふたたびきこえた。

 私は逃げる気力もなくうずくまっていた。

 その日は別の子がたべられた。

 涙が枯れた頃、私は家をでた。


 その後、カラスは七度ほどおとずれた。

 七人の子どもが犠牲になった。

 私はプーカから死んだ子供の情報をきいた。話したことのある子もいれば、接点のない子もいた。

 タカシも食われた。

 釣り作戦を実行したが、カラスは、カカシには目もくれずに、タカシに食らいついたようだ。

 新たなリーダーをえらぶくじ引きがおこなわれ、ふたろーがえらばれた。

 ふたろーはリーダーにきまったその日、泣きわめき、行方をくらました。

 

 私はその間、ゆうかちゃんとすごした場所をまわっていた。

 野良犬がおおくでる裏路地、子供たちが眠る墓、動物の骨がしずんだ川……どこにも、ゆうかちゃんはいなかった。

 竹林にゆき、虫の鳴き声をききながら、弓をつくった。

 矢をつがえてみたが、おもうようにとばない。空き缶を的に放ってみるも、風にながされてしまう。ゆうかちゃんは遠くからでもカラスを射抜いていたが、その方法がよくわからなかった。彼女のすがたは、赤いマントのかさなり、一筋の風であった。

 しばらく練習して、コツは、矢と一心同体になることだ、と理解した。

 風が、的と私の間にながれている。それを矢とむすぶのだ。

 呼吸をととのえると、私と弓に一本の線が引かれる……その時に指を離せば、矢はまっすぐにとんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る