第6話

 ゆうかちゃんがすむ町には『夜』といううつくしい時間帯があった。

 夜は黒いから、すべてのものをつつみかくし、『星』といううつくしいものを空にうかべる。

 星は、願いをかなえる力があるらしい。

 ゆうかちゃんは、好きな男の子と、星をみにいきたかった……。だけど、彼女は相手にされなかったらしい。

 私は夜の黒さがわからなかった。


 脳を破壊されて死んだ子供は、夕陽がしみこんで、真っ黒になっていた。

 この真っ黒が、夜の黒さなのだろうか。


「プーカ……この蝶の名前わかる?」私はその時、プーカのいる一本木のちかくで、紫色の蝶を指にとめて、みつめていた。「みていたら目が回ってくるけど、同時に幸福な気持ちが沸きあがってくる」

「ルリスボミ。食用には不適合であり、鱗粉には催眠作用がある」とプーカがちいさくいった時、大きな破裂音が町中にひびきわたった。空をゆるがすような、とてつもなく大きな音であった。

「何今の音」蝶は私の指からとびたち、夢心地は遠のいていった。

 そして、プーカは「犠牲者、高橋 ノボル」といった。

 私は青ざめた。

「ウソ……カラスはきていないのに?」

 そのあと、女の子の悲鳴がきこえた。声のした路地裏に子どもたちがあつまると、頭を破壊された子供の死体が横たわっていた。


「いったい……だれがこんなことを……」ひとりの男の子が、吐き気にたえながら、死体にふれていた。「カラスの仕業ではないな……」

 カミキリカラスの噛み方とは異なっていた。首から上が残っている……。頭に大きな石でもぶつけられたのか、強い衝撃をうけ、破裂しているようだった。

 子どもたちは突然のできごとに狼狽え、リーダーのふたろーの名前をよんだ。

 しかし、返事はかえってこない。

 今、この路地裏には町の子どものほとんどがあつまっているようだったけど、ふたろーはきていないみたいだ。どこにいったのかな?

「弱虫ふたろーはとっくに逃げだしたんだ……、今頃、山の魔物に食われちまっている」年長の男の子が、忌々しく吐き捨てるようにいった。

 ひとりのちいさな女の子が、リーダーといいながら、うずくまって泣き出した。 

 恐怖はおぞましい速度で伝播し、泣き声はひろがっていった。

 別の男の子が、地面におちていた血でよごれた塊をひろいあげた。

 ちかくにあった水入りバケツで洗ってみると、銀色にかがやく塊があらわれた。

 すこし、大きめな石という印象だった。先端がすこしとがっている。私はそれがなんなのか、よくわからなかったけど、男の子はわかったようだった。

「これ……異国の兵器だよ。火薬を使うことで、鉄の塊をふっとばすことができるんだ。テッポウ、とよばれている」

 その時、すぐちかくでまた轟音が鳴りひびいた。

 耳が吹きとんでしまうんじゃないか? とおもわせるほどの音であった。私は耳をふさいだが、耳のおくでキンキンと反響していた。音源付近にいた子どもたちは、悲鳴をあげながら、サっととびのいた。子どもたちがひらけてできた空間に、ひとりの男の子がたっていた。

「オマエらうごくな。全員、だまって俺のいうことをきけ」

 男の子は片手を空につきあげ、細長い鉄筒のようなものをもっていた。鉄筒の先からモクモクと煙がふきでている。

「いいか? 俺に歯向かおうとするやつは全員殺す」

 男の子の前髪は長く、顔はよくみえなかった。

 口元に笑みをうかべていた。

 山から、そよ風がふいてきて、彼の前髪をゆらした。

 私はその顔をみた瞬間「ア!」とさけんだ。

「ゆうかちゃん!」

 私は反射的にかけだし、男の子……いや、ゆうかちゃんの手にすがりついた。

「私だよ……、ヒミコ! どうして、急にいなくなっちゃったの?」

 この……透きとおっていて、けがれのない力強い目は、ゆうかちゃんのものだ! 男の子の見た目しているけれど……。

「は……ッ? なんだオマエ、キモイんだけど!」

 気づけば私は地面にたおれていた。顔面がとても熱かった。殴られたのだと気づいた時、私の額のまえに、彼のもっていた鉄筒の先端がむけられていた。地面に横たわった、頭を粉砕された子のすがたが頭にうかび、私の歯はカタカタと鳴った。

「きめぇ顔……コイツ殺しても、特に問題なさそうだな。マ、弾がもったいねーか」

 鉄筒はおろされた。男の子がそのまま鉄筒をいじると、中から、シャコン、と小気味のよい音がなり、ちいさな鉄の塊がでてきた。

 涙でぼやけた視界に、男の子が身にまとった、赤いものが横切った。

 私は目を見張った。

「そのマント……」

「ン……? あぁ、コレ?」

 私のつぶやきがきこえたようで、男の子はマントに触れた。

「来る途中、山のなかで拾ったんだよ」

 それはゆうかちゃんのものだ……。

 私はそう叫びそうになったけど、怖くてなにもいえなかった。

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