エピローグ・世界の終わりを君と一緒に

 パン!キィン!


 発砲音と軽い金属音が河原に響く。縁を弾かれた空き缶が河川敷の砂利の上に落ちる。


「おお〜、上達しましたねえ」


 銃を下ろして安全確認したジンさんは、納得が行かないような顔をしてこちらに近づいて来た。


「なんかさ~。こういう予定調和的展開イヤなんだよね」


「というと?」


「ものごとが上手く運んでも、結局君が過去で見たことをなぞってる訳でしょ?つまらないなあって」


 よく晴れた空をバックに、憂い顔のジンさん。頭上を雲雀ひばりが飛んでいく。


 まあ、たしかに。バイクの練習がてら出かけた先で、偶然見つけた銃砲店。たまたま開いていた装弾ロッカー。通常は厳重に鍵がかかっていて簡単には開かないものなのだ。


「それこそ神様の予定調和でしょう」


「神様なんて信じてないくせに」


 考えることはいつかの逆。ジンさんはまだ不満げだ。


 しかしお陰で練習もずいぶんできた。山の中はどれが元々の木でどれが元・人類か区別がつかないので、こうして広い河川敷で練習してきた訳だが。


「山の中の温泉がいいって言ったのジンさんでしょう。熊とか出たらどうするんですか」


「それはそうなんだけどさ」


 やっとその気になったジンさんが、山奥の秘湯巡りの記事を書いた時に行った温泉がとても良かったと言うので、こうして色々準備してるというのに。


 日帰りできそうな範囲で山の温泉探すの大変だったんだから。書店で地図探して。ネットがあった頃が懐かしい。

 水道設備はイかれてるだろうから、自然に湧いててなおかつ適温のところじゃないと入れない。となると、湧き水や川が近い方がいいってことで、山の温泉なのだ。


 文句ばかり言うジンさんに、知らず知らずのうちに頬が膨らんだ。


「わがままだなあ」


「僕らの名前だってさ。冗談みたいな巡り合わせだと思わない?」


「ジンとルイがですか?あー……なるほど」


 言われてみればしょうもない駄洒落みたいだわ。

 思わず渋い顔をした私に、いま気づいたのかとジンさんがおかしそうに笑う。


「僕ら地球最後の人類ジンルイコンビね」


「くだらねー」


 娯楽が無さすぎて笑いの沸点が低くなっている。2人でお腹を抱えて笑い転げてしまう。

 そうしてひとしきり笑った後、ちょっと虚しくなって黙々と缶を拾い集めた。


 ふと見上げれば、木々と川の消失点に焼けるような色の夕陽が沈みかけている。川面を渡る涼しい風。もうすぐ夏が来る。その前に温泉行けるといいなあ。


 気が付いたら隣に来ていたジンさんも、夕陽を眺めながら感慨深げに呟いた。


「まあでも……君が過去にそこにいてくれて良かったよ」


 妙に距離が近い。彼の顔が赤いのは夕陽のせいだろうか。褒められているんだろうか。私はさりげなく距離を開けながらモゴモゴと言い返す。


「はあ。雰囲気出すのやめてもらえます?」


「え~?何か始まらないの?」


「地球最後の人類だからって別にくっつかなくてもいいじゃないですか。それに地球は広いんです。外国に生き残りのヒューさんとマンさんがいるかもしれないですよ?」


「ヒューとマンて!どやって外国行くんだよ~」


 ジンさんはまたゲラゲラ笑い出した。そしてなぜか河原に落ちていた平たい石で水切りをし始める。そういうところ、本当に小学生みたいだな、と思う。


 川面に点々と水玉模様を描く石の行方を眺める。最後にとぷん、と沈んだ小石は川底に沈んで見えなくなった。先のことなんて多分神様にだって分からない。


「私も日記を全部読んだ訳じゃないですからね。この先予想外のことはたくさん起こりますよ」


「それはそれでめんどくさそうだな」


 結局どっちなのよ。まあ何が起こっても対処するつもりではあるけど。


 なぜ自分たちだけが人の形を保っているのか考えなかった訳じゃない。でも運命なんて意味づけするほどロマンチストでもなければ、原因解明に乗り出すほどの気概もない。人類がこの星の頂点に立つべきだという考えは危険だ。


 ただ、生きている。そこにあればいい。この先滅びるならばそれもよし。他の人類を探しに行くもよし。


 今はただ。そうだ。温泉に行こう。


 世界の終わりを君と一緒にのんびりと過ごそう。

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そうだ。温泉行こう。 鳥尾巻 @toriokan

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