そうだ。温泉行こう。

「ジンさんて『明日世界が終わるとしたら』とか『無人島に何か一つ持って行くとしたら』みたいな思考ゲームしたことあります?」


 廃校舎で黒板に日記を書くジンさんの後ろで聞いてみた。こういうのよくやったよね。


「あるよ」


「あれなんて答えました?」


 ジンさんはチョークの粉を払いながら振り向いて、私が差し出した缶コーヒーを受け取った。

 手土産は缶コーヒー2箱と、小型の発電機と蓄電池。さっき保健室の前に設置してきたからすぐにでも使えるはずだ。


 今日は小回りが利いて馬力もあるカブで来た。自動遠心クラッチ (足元で変速)で片手も空くし、元々出前用に作られたものだから積載量も多い。


 コツコツと電動とガソリン駆動両方集めて、うちの車庫は半ばバイクの博覧会場と化している。

 特殊車両も見つけたら拾っておこうかしら。大型特殊免許取っといて良かった。自衛隊駐屯地って近くにあったかなあ。


 うーん……でも木をなぎ倒して行くのは避けたい。


 ジンさんは缶のプルタブを引いて、一口飲んでから答えた。


「なんだっけ。多分いつも通りって答えた気がする」


「あー、なんかそんな感じ」


 のんびりおっとりしていて、絶妙にゆるい。決してマッチョではないのに、何が起きてもあまり動じない印象。


「ルイさんは?」


「私は……最後まで足掻く、でしたか」


「ははは。なんかわかる」


 ジンさんは笑いながらチョークの粉がついた指で飲み終えた缶の裏をこすっている。


 別に汚してもいいけど。飲んだ空き缶は取っておいてもらう。おいおいわかることだが、銃の試し撃ちの的に使うのだ。


 ジンさんに書いてもらうことはその都度私が指示する。

「自分で書いた方が早いんじゃない?」って言われたけど、中学生の私は細かい変化や筆跡やらにうるさかったと思う。

 違和感なく読んでもらう為にも、そういうところは齟齬そごがない方がいい。


「見て見て、ミステリーサークル」


 ジンさん、唐突に得意げに私を見上げる。缶コーヒーの裏で机の上に描いた謎の模様。


 こういう子、小学生の時クラスにいたな……。


 思わず半眼になりながら気の無い拍手をする。


「スゴイスゴイ」


「棒読みじゃん」


「さっきのゲームだけど、『無人島に一つだけ持って行くとしたら』は?」


「この状況で究極にシュールな質問だよね、それ」


「いいから」


「えー、迷うなあ。ルイさんはどうするの?」


 質問に質問で返されてイラッとする。こちらが答えている間に考えるという訳か。


 私は腹いせにジンさんの描いたミステリーサークルを消して、その上に肘をついた。ちょっと悲しそうな顔をしたのは無視する。


「そうですね。まず質問がおかしい。無人島に行くのに一つだけしかものを持ち込めないなんて」


「じゃあ、なんでもありだったら何持って行くの?」


「テント、寝袋、マッチ、携帯燃料、ナイフ、なた、釣り竿、防寒具、鍋」


「スラスラ出て来るねえ」


「時々想定してましたからね。実際叔母さんと一緒に無人島ツアー行ったことあります」


「ルイさんの叔母さんもすごそうだなあ」


「私の話はいいんですよ。ジンさんだったらどうするんですか?」


「そうだねえ。僕だったら……」


 ジンさんはいったん言葉を切って、私をじっと見た。邪気のないキラキラした瞳である。イヤな予感がする。

 そういった予感は当たるもので、穏やかな牛のような目をした男は、ニコニコしながら先を続けた。 


「ルイさんみたいな人連れて行くかなあ」


「それずるくないですか?」


「なんでもいいんでしょ?」


「自分のことは自分でやってくださいよ。そもそも無人島でしょうが」


「じゃあ、ルイさんみたいなアンドロイド?」


「発想小学生か」


「いいじゃないの、遊びなんだから」


 穏やかに微笑まれてムキになっていたことに気付く。それはそう。それはそうなんだが。

 サンシェード付きのデッキチェアに悠々と座ったジンさんに指示されて、あくせくと働く自分の幻が一瞬見えてしまった。


 考えてみればこの状況も、遠隔で操作されて生きてきたようなものかもしれない。


 あの日。廃校舎に忍び込んでいなければ。

 あの時。手記を読んでいなければ。

 ここに再び足を踏み入れていなければ。


 いくつかの違う未来があったのかもしれないな。しかし起きてしまったことは仕方ない。仕方ないが……。

 私は勢いよく立ち上がった。弾みで古い椅子が倒れ、予想外に大きな音が出た。


「なんか腹立つ」


「え?怒った?帰るの?」


「いいえ。これからジンさんにはバイクの乗り方覚えてもらいます」


「いいよ。車あるから」


「燃料探すの手間でしょう?乗れるようになったら便利ですよ。少しは自分で遠出しましょう」


「え〜。僕基本的にインドアなんだよね~。なければないで困らないし」


「そんなこと言ってる場合ですか。自転車乗る感覚でいいんですって。まさか乗れない?」


「そういう煽りには乗らないことにしてるんだ〜」


 のらりくらりと躱そうとするジンさんに、またもやイラッとしたが、ここでムキになっても逃げられてしまいそうな気がする。


 その時、私の視界に、彼の日記の文章がふと目に入った。


『たまにはゆっくり湯船につかりたい』


 うん。そうだ。これだ。これなら釣れるかもしれない。

 

 私は呼吸を整え、ジンさんに向かって厳かに告げた。


「そうだ。温泉行こう」

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