第12話 いざ 大和一之宮 三輪明神の内へ

 世間では10月7・8・9日の三連休だが、ウチのおっちゃん(旦那)は10月5・6・7日が休みとなったため私に聞いてきた。

「平日やし旅館とかホテルもちょっと安いんちゃうかな。どっか行く?」


 しかしただ今絶賛無職中、しかも職安からの失業保険もまだ貰っていない、さらにさらに市県民税の支払い通知書も届いたばかり。(これが高いんじゃ……)

 泊まりがけで出かけるのは、一銭も稼いでいない身には贅沢なのではと日帰りで何処かに行くことにした。

 近くで行きたい場所と聞かれれば、もちろん山歩きだ。しかしメタボで生活習慣病予備軍のおっちゃんは嫌がるに違いない。ならば平坦な道ならどうだ!と、奈良県の桜井から天理まで続く「山辺やまのべの道」を歩こうと提案してみた。

「それってどのくらい歩くん?」

「16キロぐらいかな。途中どっこも寄らんかったら4時間ぐらい、お寺とか神社に参拝したら6時間ぐらいやって」

 さっそくググって答えると、

「無理」

 一言。はい、終了。チーン。

 チッと舌打ちして考えた。じゃあ桜井市の三輪にある大神おおみわ神社に参拝して、山辺の道は歩かず車で天理市に向かい石上いそのかみ神宮参拝ではどうだ!山辺の道は、いつか私独りで歩くわい。

 この提案におっちゃんは取りあえず同意。よしっ!

「そしたら時間あるから、大神神社のすぐ近くの狭井神社から三輪山に登って頂上にある興津磐座おきついわくらに参拝出来んねんけど、それに行っても良いかな」 

「それはどの位の距離なん?」

とおっちゃん。

「登り下り足して4キロぐらいやって」

「そのくらいなら、まあ……」

 しぶしぶ承諾したおっちゃん。やったーっ!

 でもね、山登りの2キロは結構キツいで、そして標高は467.1メートルだよん、とは言わずにおいた。

 

 車で行くとばかり思っていたのに、おっちゃんは電車で行くと云う。それやったらひとりで行った方が好き勝手出来るし、神社にも山歩きにも興味が無いおっちゃんと無理に一緒に行かなくても良いのでは?とも思ったが、Amazonから届いた荷物をいそいそと開けながら、

「いっぱい歩くからそれ用の靴買ってん」

とちょっとうれしそうなおっちゃんを見て、そのままのプランでいくことにした。


 大神神社おおみわじんじゃ 大和国一の宮 三輪明神。

 御神体は三輪山そのものである。

 国道169号沿いに立つのは高さ32.2メートル、柱間23メートルの大鳥居。その大鳥居の向こうには、標高467メートル、周囲16キロメートル、面積350ヘクタールの美しい三輪山が見える。

御諸山みもろやま」とも呼ばれ、一木一草に至るまで神が宿るといわれる神体山。 

 

 大神神社の御祭神は大物主神。配神として、大己貴神おおなむちのかみ(大国主神の別名)と少彦名神すくなひこなのかみが祀られている。

 大物主神とは果たしてどんな神様なのか。

 大国主神と仲良く出雲で国造りをしていた少彦名神が、突然常世の国へと帰ってしまい「これからどうやって国造りしていけばいいんだよ~」と落ち込み嘆く大国主神。そこへ海の向こうから神様がやって来て云った。

「我を倭の青々とした垣のようにめぐる東の山に齋祀れ。我を祀るなら国造りに協力してやろう」

これが御諸の山上に坐す神であった。

 古事記にはそう書かれている。

 このやって来た神様は、大国主神の幸魂さきみたま奇魂くしみたまといわれる和魂にぎたまである。なので大物主神は大国主神でもあるんだとか。参拝の時は「幸魂 奇魂 守給へ 幸給へ」と三度繰り返し唱えましょうと書かれてあった。

 また三輪の神様は「蛇」の姿で人前に現れることが多いので、玉子がたくさんお供えされているそうだ。


 大神神社の入り口にある二の鳥居を潜ると、幽玄な神気を帯びた世界へ。参道を進むと祓戸神社が。こちらは伊弉諾神が黄泉の国から生還した際に禊ぎをされた折りに成り坐した祓戸四柱神を祀っている。近頃一部で話題の瀬織津姫神も祀られてます。

 その直ぐ先には夫婦岩。玉垣の中に大小二つの磐座が仲良く鎮座されている。おっちゃんと並んで参拝するのが何やら気恥ずかしい。さらにその先の手水舎で手と口をすすいだら、いよいよ大神神社拝殿である。


 大神神社のパンフレットには、

『記紀に記される通り、当神社は御神霊が鎮まる三輪山を直に拝する原初の神祀りを今に伝える我が国最古の神社です。つまり、当神社には現在では神社建築には当然の如く建つ本殿を有せず、拝殿より三ツ鳥居(ともに国指定重要文化財)を通して三輪山を拝します』

と書かれている。

 つまり神様が祀られている本殿はありません、この拝殿から鳥居を通して三輪山にいる御神体を拝んでねと。

 拝殿の右手には成願稲荷神社や天皇社、神宝社、神坐日向神社、大行事社、少し離れているが八阪神社などがある。

 私とおっちゃんは左手に進んだ。

 まずは活日いくひ神社。御祭神の高橋活日命はお酒の杜氏の祖として崇敬される。命の詠んだ歌。

『この神酒は 我が神酒ならず 大和なす 大物主の 醸みし神酒、幾久幾久』

 そしてさらにその先へと歩いて行くと、私の一押し「少彦名命」が祀られている磐座神社。社殿はなく玉垣の内にある辺津磐座へきついわくらを拝する、古代祭祀の形態である。

「スクナ様はね~ 医薬の神様でもありお酒の神様でもあるねんで~ こないだ行った和歌山の加太の淡島神社もスクナ様が主祭神やったやろ。中国の薬祖神の神農神と一緒に祀られたりしてるから、神農さんって呼ばれたりもすんねんで~」

 得意げにペラペラと少彦名命の自慢をする私と「へえ~」と『いちへえ』のおっちゃんの温度差がスゴかったが、別の社よりも念入りにお参りして狭井神社に向かった。

 狭井神社の御祭神は大神荒魂神、大物主神、事代主神ほか。

「荒魂」とは進取活動的な働きをする魂で「和魂」の対であるそうだ。境内には病気平癒に霊験があるとされる薬井戸があり、御神水を頂けます。

 さあ、ここで本日のメインイベント「三輪山登拝」への申込みが出来るのだ。

 まず複写式の申込み用紙に記入。名前、登る人数、住所、携帯電話の番号。そして緊急連絡先として登拝中に何かあった場合、連絡がつく人の電話番号も記入こちらは必須事項のようだ。自分の携帯番号や自宅の番号を書いた人は作務所の説明係の方に色々質問され、書き直しさせられていた。

 そんなにヤベえ場所なのか……とちょっと不安げなおっちゃん。

 そして「三輪山参拝証」と書かれたたすきを渡される。それを首に掛けて登拝するのだそうな。

 さらに、陰陽師安倍晴明が式を打つときに使用するような、人形ひとがたに切った白い紙を渡され、それに自分の名前と生年月日を記入した。

 左肩、右肩、左肩の順番で自分の肩をその人形で祓い、登拝口の入り口に置いてある箱の中に入れる。厄除けだと説明されたけど、神山に入る前に己の穢れをその人形に移したのかも知れない。

 出発前に渡された『三輪山登拝のご案内』をもう一度入念に読み込む。この案内の紙には入山心得や禁止事項、所要時間、登拝道緊急時居場所確認標の地図が書いてあった。

 居場所確認標とは、何かあったら社務所の緊急連絡先である番号に電話をする、その際に自分の現在位置を示す目印として①~⑨の居場所確認標で何番の辺りに居るので助けて下さ~いと言えば良いように山中に置かれてある標識のことだ。

 居場所確認標識は ①丸太橋 ②中の沢 ③三光の滝 ④水呑台 ⑤中津磐座(大己貴神) ⑥烏山椒の林 ⑦こもれび坂 ⑧やしろ前(高宮神社) ⑨奥津磐座(大物主神)の9つ。

 しっかり確認しておっちゃんにも伝えた。

 

 さて、準備完了。いよいよ出発だ。

 一礼して登拝口から中へと入る。ここからは神様の御神体の内部突入だ。緊張しながら丸木階段を登り始める中年、いや初老夫婦。おっちゃんの体力や如何に。と言うことで次回に続きます。

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