第3話 家島

 ゴールデンウィーク。いつもは「どこ行っても人いっぱいやし」と家に引きこもっていた。しかし今年の私はひと味違う。

 ♪知らない街を旅してみたい♪

 おっちゃん(旦那)のお休みが直前までわからなかったため、泊まりがけの旅行はキツい。日帰りでゆっくり出来るところ……うーん、どこも人がいっぱいかなぁ。

 そんな時ふと旅行雑誌に載っていた「家島」が目に留まった。播磨灘、家島諸島中部に位置する島。人口は2700人ほど。

 その島には、鳥居から海が見える家島神社があった。雑誌の写真を見て「この神社に行きたい!」と強く惹かれた私は日帰り旅行を計画した。

 おっちゃんのことは「島やし、絶対魚介が美味しいで」と食べ物で釣った。


 姫路港から船で三十分ほど。船は今まで乗ったことが無いほど小型だった。

 天候にも恵まれ、空は雲一つ無い青空。船は揺れと騒音がかなり激しいが「なんか冒険っぽい。海賊王に俺はなるっ!」とわくわくした。 

 船の窓から空を見上げると、お天気なのに綺麗な虹が見えた。アーチは描いていなかったがくっきりしたレインボーカラーが青空に浮かんでいる。虹が薄く空に溶け込んで行くまでずっと眺めていた。

 

 島に到着したのはちょうどお昼時だった。おっちゃんは「あと三十分船に乗ってたら、俺ヤバかった…」とちょっと青い顔で言った。ともかくお昼ご飯を食べよう!

 しかしここで大誤算。観光客はG・Wにしてはかなり少なかったが、お店はどこも予約客で満員。うろうろと島を巡るが食べられるところがみつからない。どんどん無口になるおっちゃん。ひーっ 何でもいいから食べさせないと機嫌が悪くなる一方だ。

 やむなく普段なら絶対に選択しないであろう「カフェ」風のお店に入った。 

 魚介なんかあるのかなぁと思ったが、そこはさすが海に浮かぶ島。ちゃんと海鮮丼がありました。でも残り1食分だけ。もちろんおっちゃんに譲り、私はしらす丼を食べた。カフェ丼なんてどうせこじゃれてるだけで、見た目重視のバエーみたいなやつでしょと侮っていた私達でしたが、美味しかった。ごめんなさい。海舐めんなよ。

 おっちゃんのご機嫌が少しアップしたので、早速レンタル自転車で島を探索に向かう。

 電動機付き自転車に初めて乗る中年夫婦(いや初老か?)こぎ始めの、背中を誰かに押されてるみたいな感覚に「おおぅ」と同じタイミング、同じ言葉で反応する。

 よし。大分自転車にも慣れてきた。快適!

 運動不足のため、せめて自転車は普通のママチャリでもうしばらくがんばるつもりだが、やっぱり電動機付きって楽ちんやなぁ…と感動していると、進行方向の右手に家島神社とは違う神社が見えた。

                

「真浦神社」

 主祭神は奥津彦神 配祀神は奥津姫神 兄妹神の竈神。

 竈神は荒神で穢れに敏感。神の意に反した行いをすれば祟りがあると言われている。でも台所の神様で家族の守護神。本来は広く親しまれる神様だ。念入りに手を洗ってと。

 私は神社でお願い事をしたことがない。いつも「参拝させていただきます」とご挨拶するだけだ。手を合わせていつものようにご挨拶。となりのおっちゃんはむにゃむにゃと何かお願いしている。

「何お願いしたん?」

自転車に跨がりながら参拝が終わった後に尋ねると

「金、金、金」

俗物めっ。穢れまみれのおっちゃんなのだった。

 そのままひた走る。左手には海が広がる。右手には祠やお地蔵様のような石像、五百羅漢みたいな大量の石の像。 

 十分ほどで目的地に到着した。


「家島神社」だ。

 海沿いに建つ鳥居をくぐって振り返ると鳥居から海がのぞいている。素晴らしい!

 参道の先には更に鳥居と石の階段が。

 七十段。

 恐る恐るおっちゃんを伺う。無言で階段を登り始めるおっちゃん。慌てて後を追う。階段の中ほどで「しんどいっ!」と叫ぶおっちゃん。エヘヘと笑ってごまかしそのまま知らん顔で登り続けた。 

 境内は登って左手。社殿に向かうと右手下方に海が広がっていた。

「うわあぁぁ」

 またしても感嘆が被る、へとへと夫婦。右も左もそして後ろもすべて海。島の先端に位置するこの神社は島の守り神。

 主祭神 大己貴命 配祀神 少名彦名 天満大神 神武天皇が即位前に祈願された神社だそうだ。海の神様(宗像三女神みたいな)ってわけじゃないんだなぁ。

 風が吹いた。神社に行くと良く風を感じる。ここは海風が気持ち良い。階段を登ったかいがあったと大満足だった。

 階段を降りて海側の鳥居へ戻り、近くのベンチに座ってしばらく二人で海を眺めた。

「海は、ええなぁ」

 おっちゃんが呟く。

 海はこの島に恵みをくれる。その一方で……

 来る途中のたくさんの石像を思い出した。四方八方海に囲まれたこの小さい島では、海が荒れればどこにも逃げ場がない。きっとこれまでにたくさんの命が奪われたことだろう。

 でもこの島の人たちは海とともに生きることを選んだ。たくさんの感謝と畏敬の念とともに。

 目の前の海は静かで大きく、そして美しかった。


 帰りは爆走に次ぐ爆走。

 船の出航まで時間がない。それを逃せば次の便まで一時間以上。自転車を漕いで漕いで漕ぎまくった。

 そう言えば島民の方にほとんど出会わなかった。良かった。迷惑な観光客だと思われなくて、とホッとしつつ自転車を走らせた。

 出航五分前。レンタサイクルのお姉さんは

「もう(自転車は)そこにほっといてくれていいです、ここは私に任せて!早く、早く船へー!」

と、おとぎ話でピンチを助けに来た騎士のように叫んで手を振ってくれた。

 帰りの船は行きよりも大きくて、揺れも騒音も少なく快適だ。空には来る時の様な虹はなかったが、相変わらず青く澄み渡っていた。

(さようなら)

 後方に小さくなる家島にお別れする。 

 隣に目を向けると、おっちゃんが口を開けて子どもみたいな顔で寝ていた。今度来るときは美味しい海鮮を予約するからな。ごめんな。

 でも次に家島神社に行ったら、おっちゃんはきっと海側の鳥居の前で

「俺はここで海を見とく」

と言うだろうけど……

 そう思うとふふっと笑いが込み上げた。

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