第2話 沙奈、配信前にアイスを食べる


「実はわたしVtuber活動を始めててさ。

そう。最近デビューしたばかりなんだけど。

驚いた?」


「そうなんだ。今まで誰にも言ってなかったからさ。

うん。きみが初めて」


「活動してみてどうかって?

そうだね。楽しいよ。予想してなかった大変さとかが全くないわけじゃないけど、

それでも全体としてはかなり楽しくやれてるかな。

もしかしたら、わたし、向いてるのかもしれない」


//マイクをタッピングする


「これ、配信用に買ったの。で、何回か配信してみて、

そうだ。きみとの通話にも使えないかなと思ってやってみた。

設定とか、結構大変だったんだよねー。使えるようになってよかったよ」


「え? 配信の時の名前?

それはだめ。やだ。秘密」


//両耳をなでながら

「なんでって――知り合いに聞かれるのは恥ずかしいじゃん。

わたしを知ってる人は、現実のわたしを知ってるからさ。

そういう人は、画面越しに本当のわたしを見ることができる。

だから、あんまり知られたくないんだよね」


//マイクを軽く叩く


「ま、それはともかく。

そんなわけで、この頃、忙しくてさ。

寂しかったでしょ? わたしと話せなくて」


「そんなことない? またまたー。


//マイクに触れながら


……。//思い悩む


わたしは……寂しかったけどな」


「えへへ。なんてね。ウ・ソ。冗談だよ。

本気にしちゃった?


//耳の裏を軽く擦る


……」//思い悩む


「おっと。もうこんな時間だ。ちょっと待ってて」


//SE 椅子の軋む音

//SE 遠ざかる足音


//聞こえてくる鼻歌

//SE 近づいてくる足音

//SE 椅子の軋む音


「よっ……と。おまたせ。

突然ですが、クイズです。

わたしが今、手に持っているものはなんでしょう?」


//SE プラスチック容器のタッピング(数回)

//SE 容器の蓋を開ける音

//SE 容器の蓋についたアイスをスプーンでとる音


「いただきます。

//シャーベットアイスを食べる音(以下、台詞の合間で食べる)

んー、おいしい」


「正解はアイスでした。

わたし、配信前にさ、いつもアイス食べるんだ。

そ。一配信一個。アイスは一年中いつ食べてもおいしいよねー」


//長めにアイスを食べる


「百キロカロリーか……。いや、こっちの話。


……。//息を吸い込んでから吐き出す

これは、シャーベットだから。//言い聞かせるように

氷菓。

アイスクリームじゃないから。クリーム部分がないだけ低カロリー」


「というかさ。

わたし思うんだけど、アイスというのは、そもそも、この世で最も太らない食べ物なんじゃないかなって。アイスは体温より冷たいでしょ。冷たいものを食べると体が冷えるから、体をあったかくするのにエネルギーを使うの」

//手を擦り合わせる


「だからアイスを食べても体重は増えないの。ゼロカロリー。もしかしたらマイナスになるのかも。マイナスカロリー。食べれば食べるほど体重は減っていくの。

そう思わない?」


「思わないって?


くらえ」

//耳に息を長く吹きかける


//前の台詞より落ち着いた調子で

「わたし、自分がVtuberになるとは思ってなかったんだよね。

興味はあったんだけどさ、それは他の人がやることで、わたしは外から眺めてるだけなんだろうなって。

人と話すのってずっと苦手だったし、なによりも、自分の声が好きじゃなかったから」


「中学のとき、放送委員を任されて校内放送をやることになったじゃん? あれがすごく嫌で、わたしの担当は……ええっと、二週間だっけ? もう、期間中ずーっと休もうかと思ったね。


そんなこともあったでしょ? ね」


//SE スプーンを置く音


//マイクを両手で擦る

「あのとき、きみはさ、一緒に放送室に来てくれて、わたしの席のとなりに座ってくれて、震えてるわたしの手をぎゅっと握って、がんばれって言ってくれたよね。憶えてる?」


「んー? 憶えてない? こいつめ、照れちゃって。

//両耳をわしゃわしゃと指かきする


あれは嬉しかったなー。

先生に、部外者は立ち入り禁止だとか言われて、きみはすぐつまみ出されちゃったけどね。ふふふ」


「……。//昔を懐かしむ

考えてみれば、あのころからなのかな……」


「え? んーん。なんでもない」


//スプーンを取ってアイスを食べる

//しばらく無言


「……。//軽いため息

実はわたし、今、けっこードキドキしてるんだ。

あのね、今日の配信がね、すごい人とのコラボ配信でさ。

ちゃんと話すの今回が初めてで、うまく話せるかな、とか、間違えて変なことやっちゃわないかな、とか。

それにその人、チャンネル登録者数もすごく多いから、見に来る人はさ、その人のことを見に来るわけだよ。話もうまくて楽しい人だから、さ」


「なので、今はとてもナーバスな気持ちです。

わたしとは登録者の桁数からして全然違うからさ。見ている人には、こいつ誰だよ、って思われるんだろうなって。

いや、わたしは普段通りのわたしを見せればいいんだよ。普段の配信のときと同じわたしを。わたしを見に来てくれる人もいるんだから」


「それはそうなんだけどね……。//自信なさげに

でも、ちょっと震えてきちゃってさ。めちゃくちゃ緊張してて、失敗したらどうしようって不安なんだ。なんていうか、わたしなんかが舞台に登るべきじゃなかったんだ。スポットライトの当たらない客席で、舞台の上を羨んで見ていればよかったんだ。……みたいな、そんな気分」



「……。//幸せそうに

//マイクに触れる

ありがとう。きみはすごいね。きみはいつもわたしのそばにいてくれて、大丈夫、沙奈ならできるよ。がんばれって言ってくれる。わたしはいつもきみに助けられて、勇気をもらっているんだ。

今、もしきみが目の前にいたら、抱きしめてほしいって頼んじゃうかも。

……」//何気なく言ったが、居たたまれなくなった感じで


//残りのアイスをスプーンで集めて食べ終える


「……ごちそうさまでした。

なんか食べたりないか、な。冷凍庫にはまだあるけど……今日はもうやめておくことにするよ。そろそろ準備も始めないといけないし」


「配信の名前……は。やっぱり秘密、かな。

きみには教えてもいいかな、とは思うんだけど……。

安心はしてるから、さ」


「だって、きみは誰かに言いふらしたりする人じゃないから。


//両耳を軽く握る


わたしがVtuber活動をしているって知っても、きみは絶対、他の人にばらしたりしない。信じてるもん。


だけど、なんていうかさ……。

きみに言うと、わたしがね、頼っちゃうと思うんだ」


「わたしはいつもきみに助けられてる。きみはさ、別になんにもしてないよって言うかもしれないんだけど……沙奈ががんばったから、うまくいったんだよって言ってくれるかもしれないんだけど……。


//ぼんやりと耳をいじる


でも、ずっとこのままじゃいけないのかなって……。

わたしは、もっと自分に自信を持ちたくて……」


「うん。//決意を秘めて


だから……わたしがもっとしっかりした配信をできるようになるまでは、秘密にしておきたいかな……。きみが見に来ても恥ずかしくないような……わたしが胸を張って、きみに、見に来てくださいって言えるようになるまで……もう少しだけ待っててほしいんだ」


//声の調子を変えて明るめに

「まー、もしかしたら、それまでに見つかっちゃうかもしれないけどさー。

きみもVtuberの配信見たりするよねえ。この前会ったときそういう話したし」


「えー? したよー。

きみ、すごく好きなVtuberを見つけたかもしれないって言ってたじゃん。声がすごくかわいくて、がんばりやで、自分と趣味と話の合いそうな子だって言ってたよー」


「なんだー? 浮気かー? わたしというものがありながら」//冗談めかして

//早めのマイクタッピング


「で、誰なのよ、その子は。その声の素敵な女の子の名前はなんて言うのさ。

さあ言え、白状しろー」

//両耳を両手で押さえて揉む


「女の子とは言ってないって? いーや、きみのその反応は女の子だね。絶対そうだ。そうに決まってるよ」


「ふーん? なに、秘密なの? まあいいや。その話は今度会ったとき、とことん、根掘り葉掘り聞かせてもらうから。逃げられると思うなよ。きみの好きな子はどんな子って、何時間でも問い詰めてやる」


「じゃあ、そろそろ行ってきます。//まじめな口調で


//伸びをする

あー、緊張する。心臓ドキドキしてきた」


「……ん、大丈夫。深呼吸する。

//ゆっくり大きく複数回


//安堵による溜め息をつく

ちょっと落ち着いてきたかな。

きみのおかげ。……ありがとね、話に付きあってくれて」


//SE 椅子の軋む音(椅子に座り直す)


//SE 衣擦れの音

//内緒話をするように、やや耳に近い距離で

「あのさ、今日って何時くらいまで起きてる?

配信の後、もう少しだけ話せないかと思って。

あ、眠かったら寝てていいよ。何時に終わるかよく分からないし、日付も変わっちゃってるかもしれないから」


「いいの? ありがと。さすが幼なじみ。

それじゃあ、また後で。まだきみが起きていたら通話しようね。

もしかしたら、反省会になっちゃうかもだけど……。わたしが配信で大ポカやらかしたりしてたらさ……。

配信が無事終わったら、わたしたち、一緒に楽しく話せるよね……」


「ふふふ。なんてね。いい報告ができるようにがんばってくるよ。


じゃあね。うまくいくよう祈ってて」



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