第4話 輪廻転生の理4
「は?」
「あ、いえ、[は]ではなくて、[蚊]です」
「いやオレが聞き間違えたみたいに答えんなや! オレの来世は蚊かよ」
どうやら蚊にショックを受けたのか、男は呆然としている。
蚊はまぁ、たしかにみんなの嫌われ者だし、寿命も短いけれども、転生業界のなかでは実は意外と評価は悪くないのだ。
詳しくは後述することになると思うけれど、蚊はその短い生涯をむしろ活かした、短いサイクルで転生を繰り返すこともできるし、しかも本能行動である血を吸うという行為自体に、蚊の職責としての転生値などの、戸籍票のパラメータもある程度鍛えることができる。
雪井も一度は転生してみたい候補ではあったけれど、見た目の気持ち悪さから今のところ人間で収まっている、といったところだ。
松澤という男の転生値は少なすぎて選択の余地がない。
人間と蚊の生物学的な優劣は雪井には分からなかったが、少なくとも、同じ人間に転生できるほどの数値ではないことは確かだった。
松澤がまた怒り出すかな、と思いきや、逆に諦めたような溜息が漏れた。
「そうだよな。オレみたいな野郎がまた人間に転生しようなんて虫が良すぎるんだ。しかし、蚊かぁ」
「僕もいくつか候補は考えてみたんですが、やっぱり、蚊以外にオススメの転生先はないですよ。いや、むしろ蚊はいい。なにより、好きなだけ空を飛べますからね」
「お、おう」
男はしばらく考え込んでいたが、おもむろに顔をあげた。
「わかった。いろいろアンタにゃ迷惑をかけたが、リターンで頼む。もう一回赤ちゃんからやり直すわ」
その言葉に、雪井は安堵の笑みがこぼれた。
男の最初の荒々しかった振る舞いもなくなり、どうやら納得してくれたようだった。
「わかりました。――では簡単な事務手続きを行っていただきます」
事務処理が終わって、男の背中を見送った。
雪井のここでの仕事はただひとつ、訪れる人間を次のステージに進ませることだ。それもただ送りだせばいいわけじゃない。
それぞれの事情を抱える人々に、次のステージでも希望を抱いてもらえるように導いてあげることが重要なのだと思う。
そんな風に助力することが雪井自身の使命だと感じている。
はたして、松澤という男に雪井の想いは伝わったのかどうか――
「一件落着で放心状態のところ悪いんだけど、ぐずぐずしてると昼休憩終わっちゃうけど」
「はっ!?」
空想にふけっていると、とつぜん隣の二七番から声がしてきて、雪井は我に帰った。
壁の時計はすでに十二時半を過ぎていた。
転生しますか、それとも初めからやり直しますか @mikamitetsuki
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