第3話 輪廻転生の理3

「あぁ、もういいよ。めんどくせえ。難しいこと考えるの得意じゃねえし、アンタだってこのオレのこと見てそんな風に思ってるんだろうが」

 本音を言ってしまえば、たしかにこういう乱暴な人間とは距離をおきたいのが、雪井の本心だ。この仕事を続ける意思があるうちは、けっきょくいつかは逃げ道もなくなって、立ち向かわないといけない時がやってくるのだ。

「松澤さん、貴方の場合はRe値のほうが転生値よりも多いです。転生することも可能は可能ですが、リターンのほうがわずかですが補正値もつきますし、良いと思います」

「あー、べつにオレはどっちでもかまわねえよ。っていうか転生ってなんだよ。意味わかんねえわ」

 ほんのさっき、一瞬だけでもこの男の瞳の奥に光った、希望の欠片のようなものは幻だったのだろうか。

 雪井は松澤という男の抱えてきた心が見えず、これ以上どう説明して良いのか分からなくなりそうだった。

 まだまだ未熟なキャリアでは対応できそうにもない。

「だからさぁ、アンタがそんな顔で悩む必要なんてないわけ。オレはどっちだっていいんだからよ。じゃあさ、いいよ、リターンってオレがまた赤ちゃんからやり直すってことなんだろ? …………おふくろがまた暴力振るわれてるところなんて見たくもないし、転生とかってやつでいい。そっちにしてくれ」

 投げやりな態度でそう言い放つと、男は腕を組んだままじっと動かなくなった。

 雪井のなかに、次第にこの男に対する鬱勃とした怒りが湧いてくるのを感じた。

「本当にいいのですかそれで? たしかに転生は新しく、別の何かに生まれ変わることで、今までの築いてきた関係性をリセットしたい目的の人には有効かもしれません。しかし、貴方の場合は本当にそれで転生後も生きていけますか」

「知るかそんなもん。べつに生きたいって思ってここに来たわけじゃねえし。おこがましいっつんだよ」

 違う。この男の口から出したいのはこんな荒れ果てた言葉で、こんな捨て鉢な感情じゃない。

 雪井はかける言葉も失って、男の燃えては冷めてを繰り返すような感情の瘧(おこり)を受け続けた。

 人の感情というのは、そういうものを受け続けていると、すぐに身体の奥底の芯がずんずん冷えていく。そして一度冷え切ってしまったら、すぐには暖まらない。

「っていうかさ、なんでアンタそんなにオレに親身になろうとするわけ? どうせ役所の人間なんだろう、ここは。そういう雰囲気がするし」

 男が半分小ばかにしたような感じで言ってきて、雪井はそれに対して腹を立てることもなく、純粋に首をひねった。

「うーん、そういえばなんででしょうね。僕も面倒なことは逃げるほうのタイプですから。でも、不思議と貴方のことは嫌いになれないのです。こんな答えってありですか?」

 そう少し照れたように言ってから、雪井は今日はじめて笑った。じつにさわやかな笑顔だった。

「――フッ、なんだよ。ぜんぜん役所人間っぽくないじゃんそれ。変なヤツ」

 それにつられて男もまた笑っていた。

「まあいいや、アンタが悪い人間じゃないってことは分かった気がする。べつにオレだってアンタを困らせたくて駄々をこねてるわけでもねーんだ。ちなみにだけどよ、転生ってしたら、オレの場合は次なんになるわけ?」

 少しカドが取れたような口調で男が訊ねた。

「えっとですね、貴方は――蚊、ですね」

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