第5話 女の子同士なら大丈夫

「しょれで」


「食べながら喋るな」


 汐音が白米を食べながら喋りだしたので、睨みながら言うと、ちゃんと飲み込んでから「ごめんなさい」と謝ってきた。


「それで、抱き枕ちゃんはほんとに吸血鬼なの?」


「さっき俺の血を飲んでたろ」


「そういうプレイの可能性だってあるじゃん」


「血を飲むプレイとか狂気すぎるだろ」


 そんなスプラッターなプレイは求めていない。


 ちなみに当の本人の抱き枕ちゃんは部屋の隅っこで俺の漫画を静かに読んでいる。


「なんか存在全てが神々しいよね」


「中身はポンコツなんだけどな」


「主ら聞こえておるからな」


 抱き枕ちゃんが器用に右目だけをこちらに向けて言う。


「やば、怖いけどあれ超便利じゃない?」


「確かに。漫画が二冊同時に読める」


 その場合、右脳と左脳を使い分けなければいけなくなるが。


「そんな優れたものでもないぞ。さすがに長時間やると頭がおかしくなる」


「やっぱそうなんだ。それなら普通に視野を広げた方がいいのかな?」


「視野を広げるよりも、予測の方が大切じゃないか?」


「令字さんだからできるんだからね、それ」


 俺のバイト先にはもちろん新人が入ってくる。


 新人の世話をしなければいけないときは、常に新人を自分の仕事をしながら見ている。


 もちろん常に見れる訳ではないから「どうせここは間違えるんだろうなぁ」って思うところを重点的に見ている。


 案の定間違えてくれるので指摘していたら「うわぁ、令字さんしてる」と汐音に馬鹿にされて事がある。


「自分の隣に居るならまだわかるけどさ、少し離れた場所で仕事してる新人の子を見ながら自分の仕事の質も落とさずにやるって難しい事なんだからね」


「新人って間違えるところ同じだから、それを見ればいいだけじゃん」


「確かにそうかもしれないけど、普通は何かを探してる人の視線だけで欲しいものはわからないよ」


「何年もやってれば、そこを探してる人はなにが欲しいのかってわかるもんだろ」


 家とかならともかく、置いてある場所が決まっているのだから、そこを探しているならなにが欲しいかなんてわかると思う。


「お局様を見てみなさい。あの人の視野は目の直線上しかないのかってぐらいに狭いよ」


「あれは視野が狭いんじゃなくて、都合のいい事しか見えないだけ」


 人が何かをしていれば「それやって」と、さも自分が気づいたかのように言ってきたり、逆に人の失敗はにはグチグチ言ってくる、


 そして自分の失敗は人のせいにする。


「人の成功は自分の手柄で、自分の失敗は人のせいってほんとに人生楽そうだよな」


「やりたい事だけやってるんだろうね」


「お主ら、言いたい放題じゃな」


 抱き枕ちゃんが読んでいた漫画を読み終えたようで、漫画を閉じて次の巻を取りに行った。


「妾はその者に会った事がないからわからぬが、人間はみなそういうものじゃぞ?」


「わかるよ。確かに大人になっても自分が一番でありたいって人はいる。だけどそういうガキ大将みたいな考えは子供の時しか通じないんだよ」


「自分に自信があるのはいい事なのかもしれないけど、仕事って一応チームプレイになる訳だろ? それを壊してる奴の味方はできないって話」


 お局様にも何かあるのかもしれないけど、そんな事を言ったら人間みな何かしら思う事はある。


 大小はあれど、それに違いはないのだから、自分勝手が許されるとは思わないで欲しい。


「別に妾には関係ないからいいのじゃが、影でコソコソ言う者は痛い目を見るぞ」


「それなら大丈夫だよ」


「なぜじゃ?」


「令字さんは普通に本人の前でも言うから」


「……令字よ。お主が一番チームプレイを壊しているのではないか?」


「だから最近は控えてるんだよ。こうやって影で言う事にしてんの」


 最近はめんどくさいし、俺以外に当たる事がわかったから直接言わないが、少し前までは普通に言い返していた。


 一度、癇癪かんしゃくを起こして勝手に帰った事があるが、その日はとてもスムーズに仕事ができた。


「触らぬむのうに祟りなしって事なんだよな」


「言っても聞かないしね」


「お主らも色々と考えておるんじゃな」


「その喋り方そろそろやめない?」


 確かに吸血鬼の口調は「のじゃ」が想像つくが、さすがにうざくなってきた。


「うるさい。主らはさっさと食事を済ませい」


 どうしても抱き枕ちゃんは素で話したくないようだ。


 少し不機嫌な抱き枕ちゃんを放置して、俺と汐音は晩ご飯を済ませた。




「水も滴るいい女」


 汐音がシャワーからあがると、そんな事をいきなり言ってきた。


 ちなみにうちに泊まる時は毎回言っている。


「そうだな」


「でたよ、令字さんの棒読み。そこは『世界一かわいくて見惚れた』とか言いなさいよ」


「世界一かわいくて見惚れた」


「ほんとはドキドキしてるくせに」


 汐音が頬を膨らませてそっぽを向いた。


(そりゃするだろ)


 俺の心臓は風呂上がりの汐音を見ると高鳴る。


 本当に水も滴るなんとやらなのだ。


「いつもみたいに抱きついたり、キスしたりしてもいいけど、今日は思考を変えようかなぁ」


 汐音が胸の前で腕を組みながら言う。


 抱き枕ちゃんに右目だけで睨まれた。


(否定ができないのが辛いんだよな)


 実際、汐音には抱きつかれた事もあるし、頬にキスをされた事がある。


 言い訳のように聞こえるだろうが、全て不意打ちだった。


 避ける事も止める事もできたけど、もう一度言う。不意打ちだった。


「令字さんには悶々として貰おう」


 汐音はそう言って抱き枕ちゃんに四つん這いで近づく。


「ねぇ、まーちゃん」


「まーちゃんとは妾の事か?」


 抱き枕ちゃんが右目を俺から汐音に移した。


「うん。抱き枕のまーちゃん。だめ?」


「別に構わない。それでなんだ?」


「襲っていい?」


「……は?」


 抱き枕ちゃんが本当に言ってる意味がわからなかったようで、ついに漫画から両目の視線を移した。


「大丈夫だよ。女の子同士だから純血

 守られるし」


「いや、そういう意味での聞き返しではない。なんでそんな事をするのか聞きたいんじゃよ」


「女の子のくんずほぐれつって男の人は興奮するでしょ?」


 全ての男がそうとは限らないが、確かに百合ものは需要がある。


 俺だってソフトなものなら好きだ。


「つまりお主は令字を興奮させたいから妾を襲うと?」


「それとまーちゃんの身体を触りたい」


 汐音の顔がだんだん火照ってきた。


「令字、この娘は頭のネジが飛んでいるのか?」


「かわいいだろ?」


「主ら二人ともネジが飛んでいる事はわかった」


 汐音は別におかしくない。


 ただ欲望に忠実なだけだ。


「ねぇ、いい? 令字さんには抱かせたんでしょ? なら私も触ったり、なんならもっとすごい事だってしていいよね?」


 汐音の顔が人には見せられない顔になってきた。


 俺は結構あの顔が好きだ。


 自分を全てさらけ出しているところに可愛さを感じる。


「まぁ、よいか。令字には世話になっておるのだから、令字の好いている者の願いを叶えるて、ひゃっ」


 抱き枕ちゃんが喋っている途中で、我慢できなくなった汐音が抱き枕ちゃんの背中から手を入れて胸を揉んだ。


 抱き枕ちゃんの服は、背中がひし形になるように編んである真紅のドレスだ。


「すごいもん持ってるくせにかわいい声出すじゃん」


 汐音の目が完全にヤバい奴の目になっている。


「や、やめてよ。れいじが見てるよぉ……」


 抱き枕ちゃんが今にも泣きそうな声で言う。


 顔は真っ赤だ。


「やば、かわいい。そんな事言われたらもっといじめたくなるじゃんよ」


 汐音が抱き枕ちゃんを俺の布団に押し倒し、肩に手を掛けた。


「……まーちゃん、脱がすよ」


「や、だ、ダメ」


 抱き枕ちゃんが抵抗しようとするが、下手に動くとドレスが脱がされそうで動けない。


「れ、れいじぃ……」


「かわいいな。安心しろ」


 俺は抱き枕ちゃんに優しく微笑む。


 抱き枕ちゃんもほっとしたような顔になった。


「俺はこれからイヤホンをして動画を見るから、何も見ないしなにも聞こえないから」


 そう言って俺はキッチンの前の廊下へと歩き出した。


「ちょっ、や、待って、ま……」


「も、もういいよね……」


 そこで俺はイヤホンを耳にさして動画をいつもより大きめの音で見ていたからその後にどうなったからはわからない。


 でも、日付が変わる少し前に、泣きじゃくる抱き枕ちゃんが俺に抱きついてきたので部屋を覗いたら「至福……」と言って汐音が俺の布団の中で悶えていた。


 何故かさっきまで汐音が着ていた服が布団の外にあったが見て見ぬふりをして、抱き枕ちゃんを宥める事にした。

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