第4話 おっぱいさん
「抱き枕って、この倒れてるエロい体つきの人?」
「そうだな。俺もこの姿は初めて見た」
汐音が引いてるように見えるけど、気にせず抱き枕ちゃんに近づく。
「生きてるか?」
「血、飲みたい」
「血が飲みたいからってケチャップ飲むからそうなるんだよ」
床に書かれている血文字はケチャップだ。
もったいない事をしたので怒ろうかとも思ったけど、血を飲む量を控えめにさせたのは俺だから強く怒れない。
「今飲む? それとも風呂に入っ──」
言ってる途中で抱き枕ちゃんが俺の首と肩の間のところに噛み付いた。
「ん、あぁ、んっ」
時折聞こえる
「……ふぅ、おいし」
抱き枕ちゃんが口元に付いた血を下で舐めとった。
(だからエロいんだって)
朝は少女の姿だったからまだ良かったが、大人の姿の抱き枕ちゃんは汐音が言った通りに体つきがエロい。
違う言い方をするならグラマラスだ。
そんな抱き枕ちゃんが舌なめずりなんかしたら破壊力がやばい。
「大人モードやめない?」
「なんでじゃ?」
「口調もさっきまで素だったろ。とにかくエロいからやめよ」
「発情したか? まぁ仕方ないな、妾は魅力的だから」
そう言う抱き枕ちゃんの顔が少し赤い。
どうやら小さい時に幼児退行する訳ではなく、あれが素のようだ。
「令字さんもおっぱい魔人なのか……」
何やら後ろであらぬ疑いをかけられた気がする。
「そこの女は誰だ?」
「俺のバイト先の子。断じて新しい獲物じゃないからな」
「なんじゃ、つまらん」
抱き枕ちゃんがつまらないと言いつつ、汐音をちらちらと見ている。
「おっぱいさん」
「それは妾の事か?」
「はい。令字さんとは何もしてないですね?」
汐音の目がマジだ。
確かに普通の男ならこんな美女と一緒の部屋に居たら何かしててもおかしくない。
ただ俺はこの姿を寝ぼけ眼で一度見ただけで、何かした訳でもない。
「そうじゃな。令字には抱かれただけだな」
「それは文字通りの意味で?」
「……なるほど」
(嫌な笑顔)
「昨日は激しかったぞ。妾がやめろと言うのに令字は妾を離そうとしなくてな」
俺は寝てたからわからないけど、離さなかったのは確かだから嘘は言っていない。
「令字さんの浮気者!」
汐音が涙を流しながら扉を開こうとしたので、それはまずいと思い勢いで抱き寄せてしまった。
「なに、私がちょろいからって抱けば許されると思ってるの?」
「あんまやりたくないんだけど。なんでも言う事聞くって言ったよな?」
汐音が身体をビクつかせる。
「令字さん、変わったね。前はチェリーだったから私の誘いに乗らなかったんだね」
「お前のせいで俺の好感度が爆下がりなんだが?」
恨みの視線をニマついている抱き枕ちゃんに向ける。
「愉快愉快。妾を辱めた罰じゃ」
「一週間血は飲ませないからな」
「な、ちょ、ちょっと待って。それは酷い。私もう令字の血じゃないと満足できない身体になったの」
「知るか。汐音に変な事吹き込んだお前が悪い」
慌てふためく抱き枕ちゃんにガチの恨みの視線を送り続ける。
「令字さん」
「なんだ?」
「汐音って呼んでくれたね」
俺はあまり人の名前を呼ぶのが得意ではない。
名字なら呼べなくもないけど、汐音の場合は名字で呼ぶと「お父さんとお母さんと私の誰かな〜」と煽ってくるので基本的に「お前」にしている。
どうしてもの時だけは「汐音」と呼ぶ。
「令字さん、許して欲しい?」
「俺には一切の悪いところはないけど許して欲しい」
「じゃあ私の事をこれからは汐音って呼んで」
「それでいいのならわかった」
それぐらいで許してくれるのなら安いものだ。
俺が名前を呼べないのは、恥ずかしさと馴れ馴れしいと思ってしまうからで、今更恥ずかしさのない汐音にそう言われたら拒絶する理由もない。
「ありがとう、汐音」
「じゃあそれとね──」
「ちょっと待て。なんで二個目が出てくる」
「誰も一つで許すなんて言ってないよ?」
(この女……)
知ってはいたけどずる賢い。
ここぞという場面で自分の欲求を全てぶつけてくる。
「まずはね、今日は一緒に寝るでしょ、後は一緒にお風呂もいいよね。もういっそ既成事実までいく?」
「俺は汐音の事を大切にしたいんだよ。だからそういうのは慎重にしよ?」
「はぅ」
汐音の耳元でそう囁くと汐音が顔を真っ赤にして力が抜けたようだ。
「運ぶぞ」
「や、その。あぅ」
汐音をお姫様抱っこで持ち上げて中に運ぶ。
「土下座痴女。来い」
「痴女て。私そんなエッチな子じゃないし」
抱き枕ちゃんがいつからしていたのかわからない土下座をやめて、俺の後に続く。
「汐音の靴」
「あ、はい」
抱き枕ちゃんに汐音の靴を脱がさせて玄関に置いてこさせた。
「さて、ちゃんと話をしようか」
汐音を下ろして俺も隣に座る。
抱き枕ちゃんもやってきて隣に座った。
「横一列は話しづらいだろ」
そう言って俺が二人の向かいに座り直した。
「汐音は落ち着いたか?」
「うん。さっきのが私を照れさせて黙らせるやつだってわかってるから」
「本気なのもわかって欲しいんだけどな」
据え膳食わぬはなんとやらと聞くが、汐音はまだ高校生なのだからもっと慎重になってもいいぐらいだ。
石橋を叩き割ってからコンクリートで作り直してから渡るぐらいにしないと。
「汐音とのこれからは日穂さんと光さんを含めて話すとして。今の問題はこいつだろ?」
俺はそう言って抱き枕ちゃんを指さす。
「そうだよ。このおっぱいさん誰なの? 流したけど、令字さんの血を飲んでたよね。羨ましい」
「最後のは聞こえなかった事にして、こいつは吸血鬼だそうだ。名前は抱き枕ちゃん(仮)」
「妾は抱き枕ちゃんでいいと言っておるだろうが」
また吸血鬼ムーブが始まったようだ。
「あなたが抱き心地いいと言う。最高の睡眠をあなたにというキャッチフレーズの抱き枕ちゃんさんですか」
「抱き枕が名前でちゃんは敬称だからさんはいらないぞ」
「そこなのか? まぁ妾の抱き心地はいいものだろう?」
「ほんと最高。今日も頼む」
俺がそう言うと汐音に睨まれた。
「今日は私って約束した」
「してはないだろ。別に汐音がいいならいいんだけど」
「負けないからね」
「敵対心の強い娘だ」
汐音の睨みに少したじろぎながらも、堂々としている。
「汐音は何かいい名前思いつかないか?」
「抱き枕ちゃんの? 本人が気に入ってるからそれでいいんじゃないの?」
「そうなんだけど。適当過ぎたなって」
断られるつもりで言った名前がまさかの好評で俺としても戸惑っているのだ。
「じゃあ『シダレ』で」
「シダレ?」
「うん。いい名前でしょ?」
「ちなみになんでシダレ?」
「それはもちろん、私と抱き枕ちゃんと令字さんの頭文字を繋げたから」
汐音の『し』と抱き枕ちゃんの『だ』と令字の『れ』でシダレ。
「お前はどう思う?」
俺は当の本人に聞いてみる。
「朝も言ったが、妾の前の名前が嫌すぎて大抵の名前ならなんでも嬉しいぞ?」
「その中でも嬉しいかどうかだよ」
「シダレか……抱き枕ちゃんの方が可愛かったな」
どうやら吸血鬼と人間では名前の価値観が違うようだ。
「残念。じゃあこの名前は私と令字さんの子供に付けようか」
「そんな未来があったらな」
変に否定してもどうせ丸め込まれるのでふわっと返すのが一番だ。
汐音はそれで喜ぶから。
嬉しそうな汐音を眺めてから、俺は晩ご飯の準備に入る為に立ち上がった。
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