第3話 扉の先には死体がある?

「あ、令字さんだ〜」


 バイトの終わった汐音が手を振りながらスタッフルームに入ってきた。


「あ、じゃないだろ。それとも帰るか?」


「令字さんのお家に帰る」


「だから待ってたんだろ」


 俺の住んでいる部屋はここから近いけど、女子高生を夜道に一人で歩かせるのが嫌なので汐音が俺の部屋に来る時はいつも待っている。


「またお局様に何か言われた?」


「言われたな。『仕事が終わったのにいつまでここに居るんだか』って横目で見られながら」


 俺が汐音を待っていると、お局様は毎回小言を言って戻って行く。


 いつも興味がないから無視しているが。


「言い返さないの偉いよね」


「言い返したらお前とか、一緒に働いてる人に当たるだろ?」


「あの人言いたい事言ってるだけだから何か言われたら言い返せないんだよね」


 俺だって善人ではない。


 さすがにうざくなったら言い返すが、そうすると他の人に当たり散らかすので基本的に無視か「そうですね(棒読み)」で返す。


「令字さん優しいからね」


「優しくないだろ。あの人が異常なんだよ」


「あ、私にだけか」


 汐音が肘で「このこの〜」と突いてくる。


「かわいいのはわかったから早く準備してくれる?」


「かわいいが最近適当なんだけど? 準備するから令字さんはかわいいの言い方練習してて」


「めんどくさ」


「もしいい感じに言ってくれたらなんでも言う事聞いてあげる。おすすめは将来を共に過ごすかな?」


「言う事はそっちが決めるのね」


 汐音が「えへっ」とあざとい笑みを向けて着替えを始めた。


(かわいいの練習ってなに?)


 そもそもが叶えて欲しい事がないから真面目にやる必要もないのだけど。


 でも多分汐音は真面目にやらないと拗ねる。


 拗ねた汐音を眺めるのは結構面白いからいいのだけど、前はそれで汐音の両親から呼び出しを受けた。


 別に怒られた訳ではない。


 なんか嫉妬の目線をただ向けられた。


(要は心を込めればいいのか)


 汐音の事は可愛いと思っている。


 だからそれをそのまま伝えれば心は込もるはずだ。


(後は言い方か……)


 そんなこんなで色々と考えていたら、更衣室がガサゴソ言い出した。


「私、帰還」


「帰還はしてないだろ」


「そうやってマジレスばっかりしてると嫌われちゃうよ」


「それは悲しいな……」


 汐音に嫌われるのは結構悲しい。


 多分次の日にはなんとも思ってない可能性もあるけど。


「私は嫌わないけど? それだけ仲良しって事だからね」


「お前はほんとに不真面目そうなのにいい子だよな」


「貶してんの、褒めてんの?」


「超褒めてる」


 不真面目そうと言うのも、俺を小馬鹿にしてるところを言ってるだけで、汐音は基本的にスペックが高い。


 顔も性格も仕事に関しても。


 勉強は……触れると怒るので何も言わない。


「準備できたなら早く行こう。めんどくさいのが来そうだから」


「令字さんセンサーだ。当たりすぎるから行こっか」


 俺達は逃げるようにスタッフルームを後にした。


 ちょうど出たタイミングで厨房とスタッフルームを繋ぐ扉が開いた音がしたので本当に危なかった。




「それで訳ありってなに?」


「昨日の夜にとある抱き枕が不法侵入してきたんだよ」


 汐音が「真面目な顔で何言ってんの?」という顔で見てきた。


「俺も意味はわからないのはわかって言ってるけど、実際そうなんだよな」


 どうせバレるから隠す気はないけど、今は多分吸血鬼と言っても同じ顔をされるだけだから抱き枕という事にしておく。


「つまり、私の事は抱いてくれないのに、昨日出会った初対面の女を抱いたと?」


とげと含みのある言い方だけど、否定ができないのが辛い」


 確かに俺は昨日女を抱いた。


 変な意味はなく、文字通りの意味で。


「私の事は抱いてくれないのに?」


「同じ事すればいいのか?」


「二番目なんていや!」


 汐音がそっぽを向いてしまった。


「お前を抱き枕にするのはなんか犯罪臭がすごいからできないだろ」


 昨日の絵面は、俺が小さい女の子を抱き枕にしてるからそちらの方が犯罪だと思うが。


「抱いたって文字通りの意味?」


「当たり前だろ。お前がいつ来るのかわからない部屋で変な事はできないだろ」


「でも抱き枕にするのも駄目だと思うんだけど」


 暗いからよくはわからないが、多分汐音は今とても真顔だ。


「マジレスは嫌われるんだろ?」


「令字さんは私を嫌わないから大丈夫。……嫌わないよね?」


 汐音がとても弱々しい声で聞いてくる。


 たまにこうして弱さを見せてくるから嫌いになれない。


「お前はほんとにかわいいよな」


 俺はそう言って汐音の頭を優しく撫でた。


「……百点だけど、不意打ちなんよ」


 汐音がまたそっぽを向いてしまった。


「じゃあなんでも言う事聞いてくれるのか?」


「いいよ。そんなに私をめちゃくちゃにしたいって言うなら」


「だからしないっての。そういうのはせめて親の了解を得てから言え」


「ふっ、甘いね。もう既に得てるんだよ」


(あの人達は娘を軽く見すぎだろ)


 娘を溺愛してるくせに俺の部屋に泊まらせるのだっておかしいのに、事故が起きてもいいと言う。


「どうせお前は他に好きな人を作って俺から離れるんだよ」


「それは私を馬鹿にしてる? それともそうなって欲しくないって言う愚痴?」


「お前と一緒に居るのは楽しいから後者かな」


 今のは本当にただの愚痴だ。


 汐音にはまだこれから色んな出会いがある。


 それを思ったら俺との関係なんて気がついたら無くなっていてもおかしくない。


 それが少し怖い。


「令字さんは私の事好きなの、嫌いなの?」


「好き」


「嫌いって言われたら身体を売るところだったよ」


「嫌いな訳ないだろ。俺は嫌いな奴を家に入れないし」


「つまり今居る人も好きなんだ」


 墓穴を掘った気分。


 抱き枕ちゃんの事は嫌いではない。


 ただ一つ間違いを正すとすると、あれは入れたのではなく、勝手に入ってきたのだ。


「俺が部屋に入れてもいいって思ったのはお前だけだよ」


「急な愛の告白やめろし。寝込み襲いたくなるでしょ!」


「多分捕まるのは俺だからやめて」


 両親の了承を得てるとはいえ、それは汐音の言葉を信じるならだし、事が起こった後にしらを切られたらそれまでだ。


「じゃあ今日は私を抱き枕にして」


「俺の快眠が……」


「そんなにいいの?」


「一度抱きつけばわかる。あれはやばい」


 寝ていたからよくは覚えていないが、今日起きた時の疲れの取れ具合は尋常ではなかった。


 実際、いつもは帰り道は疲れているのに普通に歩けている。


「確かに今日はずっと元気だよね」


「一日ちゃんと元気でいられる量の血で最高の眠りを貰えるなら格安だよな」


「血?」


「献血みたいなもの。本人に聞いて」


 俺の住んでいるアパートに着いたので階段を上り部屋の前に行く。


(俺は平気だけど、あっちは大丈夫なのか?)


 朝の吸血だけでどれぐらいもつのかわからない。


 もしかしたらお腹を空かして倒れている可能性もある。


 朝の気まずさもあるけど、もしお腹を空かしていたらちゃんとお礼も兼ねて血をあげたい。


「大丈夫な量は自分でわかるか」


「さっきから何言ってるの?」


「独り言。さて……と」


 鍵を開けて扉を開き、見てはいけないものを見たので扉を閉めた。


「どうしたの?」


「鍵開いたから俺の部屋だよな」


 部屋の番号を見て自分の部屋なのを確認する。


「中に死体があった」


「え!?」


「俺が遅かったばっかりに……」


 そう言って俺はもう一度扉を開けた。


 そこには倒れる抱き枕ちゃん(大人の姿)と血文字で『お腹空いた。血〜』と最後は線になっているものが書かれていた。


「ホラーかよ」


 とりあえず俺と汐音は部屋に入った。

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