第2話 女子高生に手は出さない

(どうしたものか……)


 バイト中の俺は抱き枕ちゃん(仮)の事で頭がいっぱいだった。


 気まずさは別にどうとでもなるからいいのだけど、問題は多々ある。


 いつ気が変わって血を全部吸われるかわからない事や、近所の人に見られて何か聞かれるのも困る。


 可愛すぎて気がついたら抱きしめてる可能性もある。


 そして絶対に起こるめんどくさい事も。


(絶対に来るよな……)


 小さくため息を吐きながら、これからやってくるとある女子高生の事を考えるのであった。




「あ、れーじさんがいる〜」


 そう言ってわざとらしく嬉しそうに指をさしてくる女子高生が入ってきた。


 薄い茶髪を帽子にしまい、童顔で親しみやすく、男ウケがいい性格、いわゆるあざといこいつは鬼柳おにやなぎ 汐音しおん


 俺にバイト中に話しかけてくる数少ない一人だ。


 別に誰とも話さない訳ではない。


 パートと主婦さんや、数名の年下とたまに話す事はある。


 汐音が異常なだけで。


「居るの知ってただろ」


「え〜、知らなかったよ〜。しおん知らなかったから嬉しいよぉー」


「伸ばすな鬱陶しい。早く前に行け」


 ここは有名なハンバーガーチェーン店なので、接客と厨房でわかれている。


 接客なんかを前でするから前と言って、厨房は後ろと表現している。


 人と話すのが好きではない俺はもちろん厨房にいる。


 汐音は接客、いわゆるレジ打ちなんかをしている。


「言葉のパワハラ受けた……。心が痛いから令字さんのお家行くね」



 汐音は俺と一緒の時間に入ると、ほとんど毎日(最初以外なので途中からは毎日)俺の部屋に来る。


 理由は今回のように心が痛いや、親と喧嘩して気まずいからとかだ。


 汐音の両親とは会った事があるけど、汐音とはとても仲が良く、とても喧嘩するようには見えなかった。


 そこは家庭の事情なので深くは聞かないが、喧嘩したと言う日に送って帰ると、汐音は元気よく家に入っていくので信じてはいない。


「だめ?」


「帰りは?」


「泊・め・て。はあと」


 汐音が手でハートマークを作りながら口でも言う。


「口で言うな。別にいいけど今日はだからな」


 訳ありとはもちろん抱き枕ちゃんの事だ。


 朝から今日もどうせ来たいと言う事はわかっていたけど、その説明をするのがめんどくさかった。


「あれ? 泊めてくれるの?」


「どうせ日穂あきほさんとひかるさんからも了承されてるんだろ?」


 日穂さんと光さんとは汐音の両親の名前だ。


 汐音の両親は何故か汐音が俺の部屋に泊まりたいと言うとそれを許す。


 俺が何かしたらどうするのか聞いた時は嬉しそうに「責任取ってね」と日穂さんに言われた。


「うん。でもいつもは最初に断るのに今日はご機嫌? まさか他の女を連れ込んだな。それが訳ありか。訳あり物件にしたのか!」


 微妙に合ってるから否定もできない。


「確かに今日見て思ったよ『あれ? 今日の令字さん、いつもよりも……』って何言わせようとしてんのさ!」


 汐音がそう言って俺の腹を軽く殴ってきた。


「自分で言ったんだろ。てか早く行かないとうるさいの来るぞ」


 うるさいのとは、みんなからお局様と呼ばれているパートさんだ。


 新人が何か忘れたら「なんでできないの?」などの事を当たり前に言って結構な数を辞めさせたり、俺と汐音のように、仕事中に話しているのを見ると「サボり? ほんと最近の若いのは仕事を軽視してるんだから」などと言ってくる。


 店長含め、みんなから嫌われているが、本人は圧倒的な自己肯定感を持っているせいでそれに気づかない。


「大丈夫だよ。あの人、当たり前のように遅刻して来るし、私は令字さんと話す為に早めに来てるから」


「ザ・口だけだからな」


 仕事を軽視してるのはどっちだと言い返したいが、そうすると空気が悪くなるので言えない。


 多分言ったとしても『私にはあなた達と違ってやる事があるの』とかなんとか言い訳されて終わるだけだ。


 ちなみにやる事とは若者の愚痴だ。


「仕事ができない人って口出しは好きだよね」


「お前は言うな。聞かれたらめんどくさいだろ」


「虐められて辞めさせられるって? その時は令字さんが養って(ハート)」


 今度は自分の胸の前でハートマークを作るだけにしたようだ。


「一人称が『私』になって真面目モードだったから流したけど、お前、俺の居る時間知って」


「あ、早く入らないとお局様になっちゃう」


 汐音はそう言って「後でね」と言って前に向かった。


「仲良しさんねぇ」


「嬉しい事に」


 一部始終をずっと後ろで仕事をしながら見ていたパートさんが優しい視線を向けながら言うので、本心で答える。


 汐音のように時と場合を考えられる子は好きだ。


 こちらが本気でめんどくさいと思ったらやめてくれるから話しやすい。


「でもさすがに高校生に手を出したら駄目だよ?」


「出しませんよ。いくら両親公認でも俺なんかが手を出していい存在じゃないのはわかってますから」


 汐音は可愛い。


 汐音がバイトに入ってすぐに告白した愚か者がいたけど、即フラれて辞めた奴もいる。


 今でも汐音に貢ぎ物を捧げて好感度アップを狙う奴もいるぐらいだ。


 そんな汐音に不安定なフリーターの俺が手を出して責任を取らなくてはいけなくなった時に困るのは汐音だ。


 だから俺は汐音とはこのままの関係を続けていきたい。


「令字君はやらないだけでやろうとさえすればなんでも出来るでしょうに」


「やろうとが出来ないんですよね」


「汐音ちゃんの為にって思ったら?」


「なるほ……」


 そこで重役出勤のお局様が登場したので話をやめて仕事をしてるフリを始めた。


(汐音の為にだったら俺はできるのか?)


 今度は汐音の事で頭がいっぱいになり、言い訳を考えなかった事を後悔するのはすぐだった。

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