寝ていたら吸血鬼に起こされたので、キレて抱き枕にしたらとても安眠できた。

とりあえず 鳴

第1話 不思議な同居生活

(何かいる)


 眠る事の大切さに気づいたのはいつからだっただろうか。


 俺も学生時代は眠る事よりもしたい事が沢山あった。


 だけど大人になって気づく。


 寝ないと死ぬ。


 冗談抜きで寝ないで仕事に行くと体調が悪くなり、仕事の質が落ちてクビになる可能性がある。


 フリーターの俺はまだいい。


 これがもし正社員だったらと思うと……。


 やはり正社員よりフリーターがいいと思ってしまう。


 まぁそんな事よりも今は俺の上に居るであろうナニカだ。


 正直眠いから気にせずに寝たい。


 というかそうする事にした。


「人間、血を飲ませ──」


「うるさい黙れ」


「ひっ」


 そうしてナニカを黙らせて二度寝をした。


(血とか言ってたか? まぁどうでもいいか)


 そんな事が一瞬頭をよぎったが、気にせずに眠った。




「……」


 仕事がある日はちゃんとアラームをつけて寝る事にしている。


 いつも起きたい時間の二時間前からアラームを鳴らして、不機嫌になりながら起きたい時間まで五度寝くらいしている。


 そして今日とそうするつもりだったが、最初のアラームを消そうとした時に違和感があった。


「まぁとりあえず消すか」


 現実逃避をしてからアラームを消し、現実に戻る。


「……誰?」


 俺は何故か金髪ロングの小さい女の子。


 いわゆるロリっ子を抱き枕にしていた。


「すごい快眠できたけど、まじで誰だ」


 昨日はいつも通りにバイトから帰ってきて、風呂に入り、晩御飯を食べて、少ししてから寝た。


 どこにもロリっ子を抱き枕にする過程がない。


「ん、んー」


 ロリっ子が寝ぼけながら俺に抱きついてきた。


「可愛いって思ったらロリコンだよな。でも可愛いんだよな」


 正直に言う。


 このロリは可愛い。


 白い肌に長い髪。


 そしてひんやりしていて何より抱き心地がいい。


「いや、ちょっと待て」


 流れそうになったけど、確実な事がある。


「こいつ不法侵入だよな」


 確実に俺は入れてない。


 だからこのロリはどうにかして入り込んだという事だ。


「戸締まりはしてるからありえないはずだけ、ど……」


(なんか思い出しそう)


 そういえば昨日の夜に起きたような気がする。


 何かに覆いかぶさられて、血がどうとか言われた気もしなくない。


「ん、ん?」


 どうやら一番手っ取り早い方法ができそうだ。


「おはよ」


「おはよう?」


 ロリっ子の赤い眼と目が合う。


 そしてロリっ子がとても可愛らしい声で挨拶を返す。


「お前は誰だ?」


 キョロキョロしているロリっ子に問う。


「わらわ? わらわは吸血鬼だよ?」


「そういう設定?」


「いや、違うよ! ていうかなんでわらわは人間に抱きついてるの?」


 ロリっ子は不思議そうに俺の顔を見てくる。


「お前が抱きついてきたんだよ」


「そ、そうなの?」


 ロリっ子が顔を赤くしながら手を離した。


「お前はどうやってここに入ってきた?」


「普通に玄関から」


「鍵は?」


「吸血鬼の力の前では人間の作る鍵なん、なにして」


 俺はいち早く鍵の確認がしたかったので自称吸血鬼のロリっ子を抱きかかえて玄関に向かう。


「おーろーせー」


「壊れてないな」


 ロリっ子が俺の胸をぽかぽかと叩くがあまり痛くない。


「あ、今吸血鬼なのに力ないって思ったでしょ。わらわは吸血鬼だから朝は力でないんだよ」


 何故かドヤ顔で胸を張りながら言う。


「鍵、壊したんじゃないのか?」


「そんな事したら人間困るでしょ?」


「随分優しいな。じゃあ、どうやって入ったんだよ」


「吸血鬼ってね、あんまり知られてないけどなんにでも変身できるんだよ」


 ロリっ子があどけない顔で言う。


「それでね、霧になって入ってきたの」


「……」


「あー、信じてない顔。見せてあげたいけど夜じゃないと力出せないよぉ」


 ロリっ子が悲しそうに俺の髪を弄り出した。


「昨日の夜に俺の血を飲ませろって言ったのはお前か?」


「うん。綺麗だったでしょ?」


 正直全然覚えていない。


 あの時は眠くて目を開けてなかったから。


「もー、見ててよー。わらわの夜の姿はすごい美人で綺麗なんだよ」


「そうか……」


 吸血鬼かどうかは置いておいても、この子が普通でないのはわかった。


 だから対応に困る。


「俺はお前をどうすればいいんだ?」


 不法侵入だからと警察に連れて行ったら何かしそうだし、だからといって外に放り出してもまた夜になったら来そうだ。


「わらわも血を飲んだら帰るつもりだったからね。だから夜まで居させて」


 あどけない顔でそんな事を言われても……。


「まぁいいけど」


(俺ってちょろいな)


「やったー。血も飲ませてくれるなんていい人間」


 別にそこまでは言ってないけど、明日に支障がでないなら別に飲ませてもいい。


「やっぱ貧血になるのか?」


「飲むと? 加減すればならないけど、それだと三食欲しくなる」


 つまりは人間と同じという事になる。


 貧血にならない程度が人間の一食分のようだ。


「身体に支障がでないなら今飲んでもいいよ」


「え、いいの?」


「要は昨日から何も食べてないって事なんだろ?」


「うん、ぺこぺこ」


 ロリっ子がお腹を擦りながら言う。


「ちょっと待っ」


「いただきます」


 座ってからにしようと思っていたのに、声の後にほのかな痛みが首筋にきた。


 ロリっ子が夢中になって俺の血を飲んでいるのがわかる。


「いつまで飲む気だよ」


「……」


「おい」


 まだ違和感はないが、いきなり貧血にでもなられたら困るのでロリっ子の背中を優しく叩く。


「あっ、ごめんなさい。美味しくてつい」


 ロリっ子が手の甲を口元に当て、顔を赤くしながら言う。


 目もトロンとしていて艶めかしい。


(エロいだろ)


 いかがわしい気持ちになる前にロリっ子を強く抱きしめてから床に下ろした。


「今のぎゅーはなんなんでしょうか」


「理性を保つ為に」


「そ、そうなんですか。あ、あれですよ。吸血鬼には魅了の効果がありますから」


 ロリっ子が俺の布団に潜り込んで毛布で顔の下半分を隠しながら言う。


(俺の頑張りを無意味なものにしようとするな)


 そんな事を思いながらロリっ子から視線を外した。


「そういえばお前は名前あるのか?」


「えーとね、あるにはあるよ。でも好きじゃないから好きに呼んでくれていいよ」


「それだと抱き枕になるけど」


「今のに比べたら全然いいよ」


「どんなの付けられてんだよ……」


 抱き枕より嫌な名前なんて想像がつかない。


 断じて抱き枕という名前をディスってる訳ではない。


「好きにね」


 さすがに抱き枕はあれなので、少し真面目に考える。


 だけど俺はネーミングセンスはないので自信はない。


(吸血鬼。ロリ。抱き枕)


 思いつく単語を並べて何かないかを考える。


(さて、なんも思いつかない)


 こういう時にパッと決められる人間だったら、いつまでもフリーターなんてやっていない。


「とりあえず名前は保留で、決まるまで抱き枕ちゃんにしとくか」


「抱き枕ちゃん……」


「嫌なら頑張るけど」


「ううん。可愛いからいいよ」


 どうやら本当に今までの呼び名が嫌だったようで、キラキラした笑顔で言う。


「浄化されそう」


「もしかして人間も同族?」


「俺はどうやら可愛すぎるものを見たら浄化されるみたい」


 そう言うと抱き枕ちゃんが辺りを見回す。


「いや、お前な」


「わ、わた……わらわ?」


「やっぱ尊大な喋り方も無理してる?」


 ずっと抱き枕ちゃんの喋り方にら違和感があった。


 敬語をまだわからない小さい子の口調なのに、一人称は「わらわ」で二人称が「人間」。


 何故か呼び名だけは口調と合わなかった。


「わらわは無理してないもん」


「一人称だけ変えてると違和感すごいんだよ」


「だってこの姿だと馬鹿にするでしょ?」


 抱き枕ちゃんが毛布を両手で弄りながら上目遣いで聞いてくる。


「馬鹿になんてしないよ。可愛いとは思うけど」


「それを馬鹿にしてるって言うの! わらわの方が年上なんだからね」


「年上に可愛いって言ったら駄目なの?」


「駄目じゃないけど……」


 抱き枕ちゃんがちらちらと俺を見てから毛布を被った。


「可愛いって言われるのが嫌って事か?」


「嫌じゃないけど、下に見られるのは嫌!」


 抱き枕ちゃんが毛布から目元だけを出してそう言うと、また毛布を被ってしまった。


「対等ならいいの?」


「……また飲ませてくれるなら」


 抱き枕ちゃんが今度は毛布の中から言う。


 この「飲ませて」はおそらく血の事だろう。


「気に入ってくれたの?」


 抱き枕ちゃんが毛布の中から頷いたのがわかった。


「じゃあ死なない程度にだったら好きなだけいいよ」


「……ほんと?」


 抱き枕ちゃんが毛布を足元に掛けて出てきてくれた。


「死なない程度って、貧血も駄目だからな。俺に何かあったら困るのはお前だから」


 抱き枕ちゃんを脅すように言って、実のところは自分の身を案じての事だ。


「うん! わたし飲むの上手いから大丈夫だよ」


 抱き枕ちゃんがおそらく初めて本心からの笑顔になった。


(可愛いよな……)


 思った事がつい口に出てしまう俺だが、何故かこれは出なかった。


 さすがに言葉は選んでいるが、今回のはそれとは違う。


 なんなのかを考えようとしたところで、アラームが鳴った。


「早いけど準備しよ」


 今のは二度目のアラームだから、後三回のアラームが鳴った時がいつもの起床時間だ。


 とりあえず顔を洗ったりなんだりを済ませようと足を動かそうとしたら、ナニカに掴まれて動かなかった。


「何?」


「人間の名前聞いてない」


「教えたら呼んでくれるの?」


「呼ぶからわ……たしの事も抱き枕ちゃんって呼んで」


 はいはいのポーズで俺の足を掴む抱き枕ちゃんが「だめ?」と緊張した面持ちで聞いてくる。


「反則だろ。わたしまで言ってくれたのなら俺もやらないと対等じゃないよな」


 正直抱き枕ちゃんと呼ぶのが少し恥ずかしいのはある。


 いいのが決まるまでは付けたけど呼ばないつもりだったが、そこまでやられたら俺も腹をくくる。


「俺は十河とがわ 令字れいじ。これからよろしく、抱き枕ちゃん」


「よろしく、れいじ」


 抱き枕ちゃんがまたも今日一の笑顔を向けてきた。


 こうして始まったのだ、俺と吸血鬼の不思議な同居生活が。


「あ、エッチな事はしないよ」


「頼まないわ」


「血を飲んだ後に『こいつエロい。めちゃくちゃにしたい』とか思ったでしょ?」


「……思ってないけど?」


「……思ったの?」


 エロいとだけ思ったから一瞬間ができたが、後ろは思っていない。


 だけど俺がバイトに行くまでの間は気まずい雰囲気が続いた。

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