第44話 力を見せよう、お前らが認めるまで
――二人が牢にいる。
その言葉を聞いた瞬間、リゼスはチャオンの胸倉をつかんで噛みつくように疑問をぶつけていた。
「な、なぜ二人がそんな場所に! なにかあったのですか!」
今にも喉笛をかみちぎらんとする獣のようなその眼光に、チャオンは一瞬気圧されてしまうも、すぐに冷静さを取り戻して答える。
「私も話を聞いただけなので詳しくはわかりませんが。お二人は王国騎士で認めてもらうため、実力をほかの騎士に示すために任務に向かい、そこで見事実力を示しました。そこまではよかったんですが、任務を担当する隊長が彼女たちを認めず、そこから乱闘になったようで……隊長への反逆ということで牢に入れられているようです。おそらく、あと数週間は出ることはできないでしょう……」
「……どうしてそんなことに」
そう言わずにはいられない。冷静なあの二人がそんなことで暴力を振るうはずがない。もっと別の何かがあったに違いない。きっと、二人が我慢できないほどの理不尽なことがあったに違いないのだ。そうでなければ、そうでなければ納得いかない。
怒りに身を震わせていると、チャオンがゴホンと軽く咳ばらいをし、独り言のようにこぼした。
「王国騎士には貴族などが多く在籍しています。そんな彼らは自分の地位が脅かされることを異常に恐れる。きっと、彼たちは彼女たちの琴線に触れる何かを言ってしまったのでしょうね」
それは、彼女たちが無実の罪で牢に入れられていると言っているようなものだった。もし、本当にそうなのであればリゼスがそんなことを許すはずがない。今から団長のもとへ行き彼女たちを出してもらえるように言いに行くべきだ。
そう思って立ち上ろうとしたとき、チャオンは静かに「団長に言ったところで彼は聞き入れませんよ」といった。その言葉にリゼスが彼女を鋭く睨みつける。
だがすぐに、自分の無謀さに気付く、何の事情も分からない人間の言葉では彼女たちを牢から出すなど不可能だ、ということに。
「ならば、どうすれば……どうすれば、二人を……ッ」
「実力を認めさせればいいんですよ」
何でもないように言い放つ彼女の表情はどこか楽しそうだ。リゼスは目をパチクリとさせる。
「お二人を牢屋へと入れた彼らは貴族であり中途半端に実力があるせいで今まで、自分たちが一番なのだと勘違いしている連中です。そんな彼らをボコボコにして無理やり認めさせた後に、反逆罪はでっち上げだと謝罪させればいいんですよ」
「ボコボコにするって……簡単に言いますね。相手は王国騎士。すべての騎士たちが憧れるほどの強さを持った人ばかりでは……」
「まぁ、確かに強い人はたくさんいますよ。でも、貴女たちだってただ酒を飲んで適当な仕事をしてきたはずではないでしょう?」
そう問いかけた彼女の瞳に挑発的な色が浮かぶ。その瞳が雄弁にチャオンという人間がリゼスに強い期待を抱いていると語っていた。
「リゼスさん、私は貴女に興味があるんです。あの、有名なシーリ・ヴァレニアスとリノ・グレンが心奪われた騎士である貴女のことが」
「なにを、言って……」
「貴女が眠っている間、あの二人はただひたすらに貴女のことだけを考えていた。あの二人をそうまでさせる貴女は一体どんな人間なのか。それを知る前にいなくなられては困るんです」
にっこりと笑みを見せる彼女に、リゼスは気まずそうに瞳を伏せる。
自分が眠っている間、二人は自分の傍にいてくれた。それがどうしようもなく嬉しい。なのに、このままではお礼も言えない。それに大切な二人が……牢なんて最低な場所に何日もいるという状況をリゼスが耐えられない。
「あの……」
大きく深呼吸をしたリゼスはチャオンをまっすぐに見つめる。
「二人を牢から出すために、手伝ってはくれませんか?」
力強い眼差しがチャオンを射抜き、ゾクリとした感覚が背筋を走り抜けていく。
やはり、自分の身立て通り、彼女は面白そうだ。人狼の力だけではなく人間としても面白そうだ。チャオンはニヤリと笑みを浮かべると、
「えぇもちろん。私がすべて場を整えますから、安心してアイツらの顔面を殴ってやってください」
そう言って軽く自分の胸を叩いた。
リゼスが準備を整えている間、チャオンは件の騎士たちを訓練場へと呼びだしていた。いつもは研究室に閉じこもっている人間からの呼び出しに応えてくれるかは些か不安だったが、彼らより所属年数が長いということもあり、無事彼らは来てくれた。
「チャオン、俺たちをこんなところに呼び出してなんの用だ?」
面倒くさそうにする彼らにチャオンはヘラリと笑って見せる。
「急にすみません。ちょっと気になることがありまして、それの確認です」
「なんだ、確認とは」
「この間の任務で乱闘騒ぎがあったと聞きました」
そう言うと、彼らはああと言って顔を見わせニタニタと笑いだす。
「なにがあったのでしょうか?」
「はっ、大したことじゃねーよ。アイツらの実力もあの爆弾持ちとかいうお荷物もこの騎士団には不要だって言ったんだ。そしたら、急に殴りかかってきやがってさ」
「爆弾持ち? なんです、それ」
聞きなれない単語にチャオンは首をかしげる。
「ああ、引きこもりのお前は知らないんだったな。リゼスとかいう居眠り野郎の渾名だよ。アイツらが来るよりも前にヴァレニアス騎士団からこっちに移ってきたやつが言ってたんだ。将来有望な団長の娘様は爆弾持ちっていう騎士団のお荷物にご執心ってな」
「へぇぇ、彼女そんな渾名があったんですねぇ」
「はっ、お前もアイツに興味津々みてぇだけどよ。やめておいた方がいいぜ。まったく、あいつらといい、アレのどこがいいんだか全くわからねぇな」
シトロがそう言って笑い声をあげれば、ほかの面々も釣られるように苦笑を向ける。チャオンは表情一つ変えることなく「ふむふむ」と顎に手を当てている。
「ではでは、あの乱闘騒ぎは別にシーリさんたちが反逆したわけではないんですねぇ」
「あ? そうだよ。俺たちに生意気な真似してくれたからちょーっとお灸をすえてやっただけさ。追い出さなかっただけ感謝してもらいたいぐらいだぜ」
得意げに言った彼にチャオンは「ふぅむ」と言ってから背後へと振り向く。
「ということみたいですよ、
「……は?」
シトロが間抜けな声を上げる。
「すべて聞きました。やはり、私は大切な人に迷惑をかけてばかりだ……」
柱の陰から姿を現すはリゼス。腰に下げた剣の柄を握り締めた彼女はゆっくりと顔を上げる。
その次の瞬間、シトロと騎士たちは息を呑む。まるで、エメラルドの人喰いでも目の前にしたかのような圧迫感。それが、目の前にいる少女から放たれていたからだ。
「な、お、お前……まさか……」
「そうだ。お前たちが爆弾持ちと呼んで笑う――リゼスだ!」
その声は空気を震わせ、何人かの騎士が僅かに後退する。リゼスは視線を鋭くさせたまま、騎士たちを見回す。その様子はまるで、獲物を選別する肉食獣のようだ。
「なぜ、なぜあの二人にあんな仕打ちをしたんだ!」
「なぜだ? だと? 聖騎士団如きに負けてうちに泣きついてきた田舎騎士風情が調子に乗ってるからだよ! ここで一緒に俺たち誇り高き王国騎士と戦えるなんてゆめゆめ思うな!」
シトロが腰の剣に手をかける。と、ほかの騎士たちも臨戦態勢を取る。チャオンはそんな彼らを冷めた目で見ていた。
リゼスは彼らを冷え切った眼で見据えると、腰の剣に手をかける。
ああ、うんざりだ。こんなくだらないことで失望させないでくれ。やはり、理想の騎士はあの人だけだ。リゼスはグレーの瞳に怒りを乗せる。
「おい、チャオン! お前はこっちの味方だよな? だったら、とっととその愚か者を――」
「え、嫌ですよ。せっかく私が、リゼスさんのためにこの状況を作り出したのに」
一歩前に出たリゼスは剣を引き抜き構える。シトロは顔を真っ赤にして、しれっとするチャオンへと怒鳴り散らす。
「お前! これは王国騎士への反逆とみなすぞ! そうなれば、この騎士団から追放だぞ!」
「えぇ、かまいませんよ。リゼスさんが貴方たちに負けた時はけしかけた私を追放してもらって構いません。ですが、彼女が勝ったその時には――」
チャオンがリゼスへと視線を向ける。リゼスは小さく頷くと、彼らへと切っ先を向けて言い放つ。
「二人を認めてもらう。そして、お前たちがあの方に言った暴言の数々を謝罪してもらう!」
「クソガキぁぁぁぁぁ! 俺たちに勝てるってんならやってみろ!」
その言葉と同時に、リゼスは駆け出す。シトロも剣を引き抜くと仲間と共に迎え撃たんと駆け出す。
「はぁぁぁっ!」
大ぶりに放たれる一撃をシトロが受け止める。すると、背後から飛び出した二人の騎士が彼女へと剣を振り下ろす。その一撃をバックステップで何とか躱すも、その背後からもう一人の騎士が飛び出して剣を槍のように突き出す。
「死ね!」
何とか首を傾けて回避するも、切っ先が頬を掠り一筋の血が流れ出る。騎士はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「はっ、大したことねぇ――ごはっ!?」
その笑みも一瞬。騎士の顔面にリゼスの左拳がめり込み、その体はまるで強風にあおられた枯葉のように飛んでいき頭から地面へと落下する。そのまま意識を失ったその騎士はしばらく目を覚ますことはないだろう。
あまりの出来事に一瞬、騎士たちは凍り付く。だが、その隙を逃すほど、リゼスは愚か者ではない。彼らが倒れた騎士に意識を奪われたその瞬間に、先ほど飛び掛かってきた二人の騎士へと接近。そのまま武器を剣で叩き折ると回し蹴りを放つ。
「なっ」
「ぐえっ」
一瞬で意識を刈り取られた二人の騎士が地面を転がる。リゼスはがっかりした面持ちで彼らを一瞥すると、最後に残ったシトロへと顔を向ける。
まさか一瞬で自分以外がやられると全く思っていなかった彼は、思わず後ずさってしまう。その行動にリゼスはより一層の失望をその目に浮かべる。みんなの憧れである誇り高き王国騎士がこの程度で怯むなんてあまりにも酷い。こんなことでは人々を守ることなんてできるわけがない。
「冗談でしょ。こんなこんな奴らが王国騎士なんて、冗談はやめてよ……」
「なん、だと……貴様ッ! 調子に乗るのもいい加減にしろよ」
ギリリと奥歯を噛みしめたシトロが剣を振り下ろす。リゼスはあっさりとそれを受け流すと、柄で彼の顔面を殴りつける。見事鼻っ面に直撃したそれに彼は鼻血を吹き出しながら前のめりに倒れそうになる。それを、リゼスは腹部を蹴り上げ体勢を無理やり元に戻すと、そのままもう一度顔面を剣の柄で殴りつける。
「ぐあっ!?」
数歩後退した彼はそのまま尻もちをついてしまう。彼は鼻から流れる血を片手で抑えながら、剣を肩に担いで見下ろすリゼスを睨みつけた。
「この野郎……ッ!」
立ち上がった彼が剣を構える。リゼスはゆっくりと息を吐くと同時に踏みむ。一瞬で間合いへと入った彼女は横なぎに剣を払って彼の剣を弾き飛ばす。
キィィンという甲高い音を立てて、宙を舞った彼の剣が地面へと突き刺さる。彼は痺れる手を抑えながら無様に剣を取りに行こうとする。が、そうする前にリゼスは彼の背中を蹴飛ばし地面へと倒す。
「ぐはっ、な、なにをしやがる!」
「勝負あった。それ以上、無様な姿を見せるなよ」
氷よりもずっと冷たい声にシトロの体が本能的に震えて硬直する。そして、グッと息を呑んで彼女を見上げた。
「誇り高き王国騎士なんだろ? ならば、負けを認めろ。そして、あの二人に謝罪しろ」
「はっ、この程度で勝った気になるとは、さすがは田舎騎士だな!」
明らかな敗北。だとして、彼は認めない。少し離れたところから様子を見守っていたチャオンはあまりにも無様な彼の姿に思わず笑ってしまいそうになっていた。
「俺は負けてない! こんな不意打ちでなければ俺は勝っていたんだ!」
「そうか」
スッと彼の横を通り過ぎたリゼスは、地面に突き刺さった剣を引き抜くと、彼の前へと放り投げる。カランと音を立てたそれとリゼスの顔をシトロは困惑の表情で交互に見やった。
「立て、お前が負けを認めるまで何度でも打ちのめしてやる。それとも、剣術は苦手か? ならば素手でやるか?」
騎士に剣術が苦手か? などという言葉はこれ以上ないほどの侮辱であり挑発だ。あえて、そう言ってみせたリゼスにシトロは本気の殺意を彼女へと抱いて剣を握り締め立ち上がる。
「……我慢の限界だ。貴様は殺す! その首を牢にいるヤツラに見せてやるから覚悟しろ!」
「我慢の限界? それはこっちのセリフだ。さんざん、私の大切なものをバカにしたこと、必ず謝罪させる」
シトロが剣を横なぎに払う。それなりの筋力から放たれた一撃ではあったが、リゼスは簡単に受け止め、そのまま弾き飛ばす。だが、彼の攻撃は終わらない。大地を踏み込み連続で剣を振るう。
「おぉぉぉおおおおっ!」
その猛撃はルビーの人喰いが相手であればなかなかの攻撃ではあった。が、やはりリゼスからしたら大した攻撃ではない。素早い連撃をすべて防ぎ、動揺した一瞬を狙って彼の腹部を思い切り蹴飛ばす。
透明な液体を吐きながら地面に転がった彼は、激しく咳き込みながら蹴られた腹部を抑える。リゼスはそんな彼の首筋に剣を突き付ける。
「これで、お前の負けだな」
「ぐっ」
彼の目にはまだ殺意がありありと浮かんでいる。リゼスは小さくため息を零す。
「もういい、わかった」
その言葉にシトロが安堵の色を浮かべる。だが、次の瞬間、彼は凍り付く。
「謝りたくなるまで痛めつけるだけだ」
そう言って、彼女は剣を振り下ろした。
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