第43話 思いが強いために
シーリとリノの二人は、ミクスに言われた集合場所である騎士団の正門前へとやってきていた。そこには、数名の見知った騎士たちと、王国騎士も数名集まっていた。すると、そんな二人の姿に気づいた一人の騎士が声をかけてきた。
「君がシーリとリノだな。今日の任務に参加することは団長から聞いているよ」
金髪の好青年が笑顔を向ける。シーリは「遅れてすみません」と謝罪すれば、青年は片手をあげて答える。
「時間通りだよ。それよりも、まずは自己紹介をさせてほしい。僕の名前はシトロ。今日の任務の隊長を務めている。団長から君たちの参加は聞いているよ」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、君たちのうわさは聞いたことがある。とっても強いんだってね」
そういった彼の言葉にどこか皮肉じみたものを感じ取ったリノがわずかに眉を顰め警戒を浮かべる。シーリも感じ取っていたが、特に反応することなく「まだまだです」と、平坦な口調で返す。シトロは探るように一瞬目を細めたものの、すぐにさわやかな笑みを浮かべて言った。
「今日の任務は人喰いの討伐だ。ここから近い村に人喰いの群れが出たからそれの討伐を行ってもらう。ちなみに群れということもあって数は不明だ」
「群れが王国の近くに出たっていう割には随分と落ち着いているのね」
リノが鋭く指摘する。シーリも同意見だというように頷く。シトロは二人を見回すと、ふっと小さく鼻で笑う。その態度にリノはあからさまに不快そうにする。
「君たちは知らないようだが、年々、人喰いの活動範囲は人の傍へと近づいている。王国のすぐそばに人喰いの群れがやってくるなんてしょっちゅうなのさ。確かに、少し前であれば騎士たちは血相を変えて飛び出していただろう。だが今は違う、王国も人手が足りてないのさ」
お前らのような田舎騎士じゃ知らないのも無理はない。そう言いたげな目だ。
「とにかく、全員揃ったらすぐに出発だ。幸い、村人たちは人喰いに襲われる前に避難しているから、村は無人だ。無理に急ぐ必要もない」
そう言い残すと彼は踵を返し、ほかの騎士へと声をかけると彼らと共に消えていく。その背中をしばらく睨むように見つめていたリノは、やがてはぁ、とこれでもかと大息を吐いた。
「なにあれ、ムカつくわね。完全に私たちのことをバカにしていたわよ」
「王国の騎士は貴族だったりする人が多いですから、私たちのような騎士がここで働くことにあまりいい顔はしないでしょう」
「ふんっ、それに私たちはしょせん拾われた身だからね。納得いっていないってことよね」
吐き捨てるようにそう言ったリノは「まぁ、でも」とニヤリと笑みを見せる。その得意げな表情にシーリは軽く目を見開く。
「私たちの実力を知れば、あのお坊ちゃんも認めざるを得ないでしょ」
二っとする彼女にシーリは「そうですね」と苦笑を浮かべた。
任務地である村へとやって来ると、そこには十数体もの人喰い達が村の中を歩き回っていた。その様子を木陰で伺っていたシーリはいつでも飛び出せる準備をしながらその目を鋭くさせる。
シーリがいた地域で、あの数の人喰いが出たらもうそれは大事件である。騎士団の全員が出動するレベルのことだ。なのに、王国騎士たちはまるでいつものことのような態度でいる。
「今回のは少ないな。リーダーのルビーもたいしたことなさそうだ。さてと、今回の目的は君たちヴァレニアス騎士団の実力を見るためだ。俺たち王国騎士は今回手出しはしない。君たちで行動してもらって構わない。何かあればすぐに加勢はするから安心して戦ってくれ」
そう彼が言うとほかの王国騎士も馬鹿にしたような目を向ける。リノは“くだらない奴”と胸の中で吐き捨てる。すると、隣で険しい表情を見せていたシーリが彼らに向かって頷く。
「わかりました。皆さんに認めてもらえるのであれば。ただ、何かあっても手出しは不要です」
「なに?」
シトロが訝しむ。
「あの程度、私とリノで十分です。それ以外の方はこのままここにいていただいて大丈夫です」
危険など起きない。だから、そこで見ていろ。むしろお前らは邪魔だ。そう相手に感じ取らせるには十分すぎる挑発的な言葉だった。シトロの顔色が変わる。無理もない、バカにしていると思っていたら遠まわしのようでいてストレートにバカにされたのだから。
「そうか、わかった。ならば、俺たちはここにいよう。俺たちが動くのはお前たちが死んだ時だ」
「ええ、それで構いません」
剣の鞘に手を当てながら、シーリはリノに目配せをして村へと向かって行く。
「さぁて、やりますか。期待していないと思うけど、心配しなくていいわ。そこでしっかりと私たちの強さを見て、仲間に伝えなさい」
にこりと言い放ったリノはシーリの後を追って飛び出した。
シーリの背中に追いついたリノは声をかける。
「それで、どうするの?」
「正面から行きます。その方が早いですし、実力を見せつけるには十分ですから」
振り向かずまっすぐ村を見据えたまま答える彼女に、リノは肩をすくめる。
「ははぁ、貴女って意外と脳筋よね。そういうところ、ライズにそっくりよ」
「光栄ですね」
「まったく……まぁいいわ、私は貴女に合わせるから好きに動いてちょーだい」
そうひらりと手を振ってシーリを追い越したリノはパチンと指を鳴らす。その次の瞬間、凄まじい数の雷が村へと落ちた。
だがそれは無差別に落ちたわけではない――村の入り口付近にいた人喰い目掛けて降り注いだのだ。
バコン!
聞いたこともないような衝撃音と共に雷に打たれた数体の人喰いの体が衝撃によってはじけ飛ぶ。内臓と血飛沫が飛び散り、死のニオイが立ち込める、
「合わせるけど、もたもたしていると私が全部片づけるからね」
「……! 久々ですね、貴女からの挑戦は」
「たまにはね……私もストレスたまってるみたい」
剣を引き抜き構えたシーリは村から飛び出してきた人喰いの群れへと飛び込む。そして、まず一番最初に襲い掛かってきた人喰いの両腕を斬り落とし流れるように首を斬り落とす。そのまま倒れる人喰いの体を近づく人喰いへと蹴り飛ばす。
人喰いが大きく体勢を崩すと、そこへと飛び込み心臓へと剣を突き立て、引き抜きながらその体を足場にして飛び上がる。
そして、すれ違いざまに左右にいた人喰いたちを一振りのもとに切り捨てていく。着地と同時にそのまま前後から迫ってきていた人喰いの攻撃を軽く飛び越えるように躱し、体を回転させ人喰いの首をはねる。
「うそ、だろ……?」
あまりにも圧倒的な光景に、シトロは思わずそうこぼしていた。それほどまでに、二人の戦いは圧倒的であった。なぜ、あれほどの実力を持った存在が今の今まで、辺鄙な田舎で騎士をしていたのか不思議に思うほどに。
あれが、もっと早く王国で騎士をしていたら今頃、支部で団長などの役職についていたであろう。そう確信してしまったシトロは激しい嫉妬をその顔に浮かべる。
「認めねぇ……あんな田舎もん認めてなるものか……ッ!」
最後の一体であるルビーの人喰いがシーリによって倒される。地面に倒れたそれを一瞥した彼女はシトロたちを見る。その視線が“どうだ”と言っているように感じた彼は舌打ちをしてから立ち上がる。
「み、認めない……! お前らのような田舎騎士が俺たちの仲間なんて認めない!」
彼の叫びに同意するようにほかの王国騎士が立ち上がり頷く。リノはその瞳に冷たさを浮かべ彼らをにらみつける。その眼光に数人の騎士がひるむも、それだけであった。彼らのさげすむような嫉妬の色は変わらない。
「貴方たちが認める認めないは関係ありません。私たちはミクス団長に言われた通り、実力を示しました。そして、認めるかの判断は団長が行うべきでしょう」
「う、うるさい! 実力を示したといっても、俺たちが報告しなければ意味はない!」
シーリの眼光がより一層鋭くなっていく。その気迫は徐々に重たさを増していき、息が詰まるようなそれにシトロは一瞬息をのむも、吐き捨てるように言い放つ。
「はっ、田舎騎士が王国でやっていけると思うなよ! 俺たちがちょっと言えばお前らも、あの
リゼスの話題が出た瞬間、シーリの我慢はもう我慢できなかった。気づけばこぶしを握り締めシトロの顔面へと叩き込んでいた。顔面ど真ん中に食らった彼は痛みにうめき声を漏らしながら、鼻血を吹き出しそのまま地面へと倒れる。隣であっけにとられていたリノだったが、すぐに楽しそうに口角を上げる。
「な、なにをするんだッ!」
顔面を片手で押さえながら吠えるシトロ。そんな彼をシーリは冷たく見下ろしたまま答えることはない。その態度に彼は顔を真っ赤にする。そして、彼女たちを指さしながら叫んだ。
「隊長に対する反逆行為だ! お前ら、こいつらを捕らえろ! 団長に突き出して追い出してやれッ!」
その言葉に騎士たちが二人へと駆け出す。二人は無言で顔を見合わせると、小さく笑って彼らを迎え撃った。
窓から日差しが差し込んでいる。その眩しさに眠っていたリゼスは瞼を持ち上げ、ゆっくりと視線を動かす。
「……」
見慣れない風景に、嗅ぎなれないにおい。いったい、ここはどこなのだろうか。ぼんやりとした頭でどうしてここにいるのかを考えている彼女は、自分が最後に見た景色を思い出すだろう。
その瞬間、心臓を握りつぶさんとするほどの苦しみが彼女を襲う。とっさに胸を押さえ、なんとかしてこらえようとするものの、脳裏に浮かぶ傷だらけのライズがそれを許さない。
「そ、うだ……私は、団長を……シーリ様の家族を……ッ」
ぐしゃりと前髪をつかんだリゼスが奥歯をかみしめたその時、
「目が覚めたんですね」
「……貴女は」
トレーを持った少女が部屋へと入ってくる。彼女は近くのテーブルにそれを置くと、椅子に腰を下ろした。
「私はチャオン・ガレット。この王国騎士団で騎士をしています。シーリさんとリノさんが任務に出ている間、貴女のことを見ているように言われています」
「王国騎士……じゃあ、ここは」
「はい、ここは王国騎士団の本部です。貴女たちヴァレニアス騎士団は正騎士団の襲撃を受けて……壊滅し、王国騎士団に吸収されたのです」
「そんな、きし、だん、が……」
どくりと大きく心臓が波打ち、サーっと血の気が引いていく。うまく呼吸ができなくなってしまう。
「わた、しは……まも、れなかった……のか……大切な、あの場所を」
あの場所で、あの人たちに出会ってたくさんのことを学んだ。確かに辛いこともたくさんあったが、かけがえのない場所の一つに違いなかった。
音もなく、リゼスの瞳からぽたぽたと涙が零れ落ちる。チャオンは、そんな彼女へ手を伸ばしかけるもすぐに下ろし、じっと見守った。
「……団長は、どうなりましたか」
「ライズ・ヴァレニアスは生きています。ですが、余命はもう幾ばくもありません」
リゼスはシーツを握り締める。
「戦いで負ったダメージではなく、人間から無理やり姿を変えられたことによるダメージが大きかった影響です」
決して貴女のせいではない。案にそう言われたような気がしてリゼスはハッと顔を上げ、チャオンを見た。どこまでも優しい眼差しの彼女にリゼスはグッと息が詰まる思いだった。
「貴女とは違って彼は
「なぜ、それを知って……」
「こう見えて、私は人狼の研究をしていましてね。リゼスさん、貴女の体のことも大体のことは知っているつもりです」
何でもないように答える彼女にリゼスは目を見開く。
「万が一目覚め、暴走しても私であれば貴女をその場に拘束することぐらいは何でもありませんから」
にこりとそう告げる彼女から放たれるは獰猛な気配。それを間近に感じたリゼスは、もし本当に自分が暴走した時に彼女は難なく有言を実行してみせるだろうと確信する。
「……殺す、ではないのですね」
「本来であれば殺すべきですよ」
その言葉に一切の感情はない。ただ事務的に彼女は言った。
「ですが、シーリさんが言っていたのです――リゼスを殺すのは自分だ。だから、なにがあっても殺さないでくれ。とね」
「――! シーリ様……」
「だから、私は貴女のことを殺しません。私ができるのは貴女を死刑台へと送ることだけです」
だから、安心してほしい。そう言って小さく微笑む彼女にリゼスは「ありがとうございます」と頭を下げた後、「そう言えば」と言って言葉を続けた。
「シーリ様とリノ様はいつ戻るのでしょうか」
そう問いかけた次の瞬間、チャオンの顔色が変わった。それはまるで、聞いてほしくない話題を出されたように。
「あー、そうですね……」
「? もしかして帰って来ているんですか?」
「え、ええ……まぁ、帰ってきていると言えば帰って来ていますね」
なんとも歯切れの悪い言い方にリゼスは首をかしげる。
「どこにいるんですか?」
もう一度問いかける。チャオンは暫し目線を泳がせた後、
「お二人は――独房にいます」
そう静かに言った。
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