第22話 人として戦う
再び、ガイルとリゼスは向かい合っていた。
「ありがとう、俺のわがままを聞いてくれて。この地でここまで熱い奴に出会えるとは思わなかった」
ガイルは何度目かの礼を述べる。リゼスとしてはこれから戦い殺すであろう敵にお礼を言われているという、奇妙な状況に背中にむず痒い感覚が走り抜けていた。なんだかこのまま彼と話していると、戦意を無くしてしまいそうだった。
「とにかく、もう一度初めからやるんでしょ」
剣の柄を握り締め戦闘態勢を取る。そうすれば、ガイルは表情を引き締め、刀に手をかける。その目に先ほどまで浮かんでいた親しさや感謝の色は消え、ただただ戦意の炎が揺らめいていた。
「まいる!」
「いくぞ!」
二人が同時に駆け出し武器を振るう。激しく衝突するお互いの武器から火花が飛び散る。ガイルは目にも止まらぬほどの連撃を繰り出し、リゼスは冷静にそれを対処し防いでいく。
その攻防に、二人以外の人間は息をするのも忘れて見入っていた。
「はぁっ!」
リゼスの右目目掛けて突き出された刀の切っ先を首を傾けて交わす。躱し損ねていたら彼女の右目は永遠の闇へと放り込まれていただろう。それに恐怖を感じる間もなく、次々と目や心臓目掛けて突き出されるリゼスは後退しながら体を捻るなどして躱していく。
「素早い奴だ」
「そっちこそっ」
「だが、躱しているだけでは俺を殺せんぞ!」
大ぶりの横なぎ。リゼスは剣を盾のように構えてソレを防ごうとするが――
「さっきのようにいくと思うなよ!」
「なっ!?」
ガキンという音と共に剣が弾かれてしまう。次の瞬間、リゼスの腹部にガイルのつま先が突き刺さり、彼女の体は地面を転がった。
「――がはっ」
おそらく内臓の一部が傷ついたのだろう、リゼスの口から鮮血が吐き出され、それは地面に落ちる。背後で見守っていたシーリとリノは眉を顰め、騎士たちははらはらとした様子でこぶしを握り締める。
痛みに顔を歪めながら、ゆっくりと立ち上がったリゼスは剣を構える。そんな彼女からは依然として戦意が感じられたガイルは勝気に口角を上げた。
「はっ、はっ……」
「今ので内臓の一つは潰したかと思ったんだがな」
「あいにく、体は丈夫な方でね……内臓一つ潰れたぐらいじゃ私は何度でも立ち上がるさ」
そう答えて、獰猛な笑みを浮かべたリゼスは駆け出しガイルの腹部を真っ二つにせんと左手で握った剣を横なぎに剣を払う。彼はそれを飛び上がって躱す。その次の瞬間、リゼスはニヤリと笑って右こぶしを彼の腹部へと叩き込んだ。
「なんだとっ!」
鳩尾に深々と突き刺さる拳。リゼスは両足で大地を思い切り踏みしめるとそのまま振り抜いて、彼を地面へと叩き付けた。
ドゴン! すさまじい音が響き、ガイルの口から血が吐き出される。がすぐに立ち上がって飛び上がるとリゼスの脳天目掛けて刀を振り下ろす。
「はっ! さっきの仕返しということか! やはり面白い奴だ!」
リゼスはそれを受け止めそのまま横に軌道を逸らそうとするが、彼の力はすさまじく、逸らすことはできずそのまま鍔迫り合いへと移行。二人は至近距離で睨み合う。
「まだこの土地も捨てたものではないな! ここまで熱くなったのは久々だ!」
グググと押され、リゼスの体の骨からみしりと嫌な音が響き、電流が走ったような痛みに顔を歪める。このままでは力負けし叩き斬られてしまう。だが、逃げ出そうに逃げ出せない。
「本当にお前のような強者を今まで知らなかったことが本当に惜しい。お前に剣を教えた人間もさぞ強いのだろう」
「確かに、師匠は強かったよ。でも私はいつか、あの人を超える」
そう答えたリゼスは腕から力を抜く。
「ぬっ!?」
突然拮抗を失ったことによってガイルの体勢が大きく崩れる。リゼスはそのまま素早く懐へと飛び込む。その際に刀の切っ先が左肩を大きく切り裂くが、彼女は気にせず――
「終わりだ」
その喉元に剣を突き刺す。銀色の牙はあっさりと、彼ののどぼとけを切り裂きそのまま頸椎を砕いて突き抜けていく。降りかかる返り血と肉と骨を貫いた嫌な感触にリゼスは顔を顰める。
「ぐ、ぉ……っ」
貫いた傷口から血が噴き出しリゼスに降りかかる。ガイルはうめき声を漏らすと、刀を取り落としそのままガクリと膝をつく。咄嗟に彼は傷口を抑えるが、ダクダクと流れる血を止めることはできず、あっという間に血の海が出来上がり、生命を失っていく。
リゼスはスッと剣を引き抜きガイルを見下ろす。その瞳は苦し気だ。そんな彼女に、彼は力なく笑みを浮かべる。
「み、ご、と……だ……っ」
それが彼の最後の言葉だった。ごぷりと口から血を吐いた彼は地面に倒れるとそのまま二度と動くことはなかった。
「うそ、だろ……」
「あの、ガイルさんが……」
男たちはガイルの死体に駆け寄ると、信じられないと言った様子で口々に言う。リゼスは左肩の傷を抑えながらゆっくりと彼らを刺激しないように後退する。筋肉まで切り裂かれたそこからは血が流れ続けている。だがその顔は痛みと言うより、人を殺してしまったことに対しての苦痛を浮かべていた。
「リゼス」
「シーリ様……私できましたよ」
「ええ、見ていました。見事でした、よく頑張りましたね。今、痛み止めと止血の魔法をかけます」
シーリがすぐさま駆け寄ってリゼスの左肩に手を当てて治癒魔法をかける。魔力の温かさに心地よさを感じながら、リゼスはシーリの顔を見る。
また、人間を殺してしまった。その事実に心が大きく軋む。だが今はそれに気を取られている場合ではない。リゼスはシーリに目配せをする。と、彼女はそっと頷くと男たちへと近づく。
「ガイルの仲間達よ」
凛とした声に男たちはハッとしてシーリとリゼスを睨む。
「貴方たちのリーダーは倒しました。大人しく投降するのであればこれ以上無益な戦いは望みません。ですが――」
「ふざけたことを言うな!」
「そうだ、俺たちは盗賊団だ! 大人しく投降なんてするわけないだろ!」
男たちが武器を手に持ちシーリの背後にいるリゼスを鋭く睨む。その剣幕はすさまじく、ガイルという男がどれだけ彼らに慕われていたのかがよくわかる。
リノと数名の騎士たちがリゼスを守るように躍り出る。リゼスはそんな彼女たちの頼もしい背中に思わず胸が熱くなってしまう。
「俺たちはお前を許さない!」
「ぶち殺してやる!」
今にも襲い掛かってきそうな男たちを前にして、シーリは静かに剣を引き抜く。そして、毅然とした態度で男たちを見回す。
「リゼスには指一本触れさせない」
その言葉が合図だった。男たちが怒号を上げて一斉にシーリへと襲い掛かる。ガイルの側近と言うだけあって男たちの動きは鋭い。
「おらぁぁぁっ!」
槍を持った男がまず最初にシーリへとその切っ先を突き出す。その狙いは彼女の心臓に一直線に向かう。シーリは軽く体を傾けると同時にその切っ先を躱すと、剣で槍を叩き斬る。
「なっ」
そして一気に接近しすれ違いざまにそ首を斬り落とす。寸分の狂いなく、骨と骨の間を切り裂かれた男の頭部が胴体を離れ地面へと落下していく。どさりとその後に遅れて胴体が地面へと倒れ、血だまりを作り上げる。
男たちが困惑の声を漏らしなざわつくも、戦い慣れた人間と言うべきか、すぐさま気を取り直しシーリへと襲い掛かる。が、それよりも彼女の一歩の方が早かった。
剣を振るう。そうすれば、こん棒を振り上げていた男の首が宙を舞い、その隣に立っていた男の左肩から右脇腹にかけて大きく切り裂く。
「ぐぁぁぁぁああああツ!?」
心臓まで切り裂かれた男は地面に倒れ込むとそのまま息絶える。シーリはその死体の横を通り過ぎると、最後に残っていた男へと接近する。そして、飛び込むようにその心臓へと剣を突き立てる。
男は声にならない声を上げそのまま仰向けに地面へと倒れる。即死はできなかったようで暫く、蠢いていたが、シーリが勢いよく剣を引き抜くと、そのまま出血ショックを起こし息絶える。
シーリが剣に着いた血を振り払って鞘へとしまう。そして、ゆっくりと振り向く。その時、リゼスは彼女の瞳がどこまでも冷たい色を帯びているはずなのに、悲し気な色が混ざっていることに気付いてしまう。
「終わりました」
冷静にリノに告げるシーリ。その瞳には先ほどまで浮かんでいた冷たさも悲しさも浮かんではいなかった。リノは軽く死体を見回すと「ええ」と短く返事をし、騎士たちへと振り向く。
「貴方たちは死体の処理をお願い。そのついでで家屋の調査もお願い。そこにあるものは全部持って行っていいわ」
その言葉に騎士たちはパッと顔を明るくさせ、軽い足取りで散らばっていく。リゼスは左肩の傷が完全に塞がったことを確認すると、気まずそうにリノに声をかけた。
「私も手伝った方がいいんですよね」
「ん? 別に何もしなくていいわ。というよりも、手伝ったらあの子たちは嫌な顔すると思うわよ」
意味が分からず首をかしげていると、リノの代わりにシーリが答えた。
「彼らは死体と家屋から臨時収入を探しているんですよ」
「臨時収入……ああ、そういうことだったんですね」
そう言えば、クレンの時も彼らは盗賊の根城からいろいろと持ち帰っていた。あれを売り払って任務の報酬以外にそこで別の報酬を手に入れていたのだろう。大人数で行くと任務の報酬はそれだけ少なくなってしまう。なので、この臨時報酬こそ彼らの大事な収入源の一つなのだろう。
ならば、大してお金に興味のないリゼスは参加しない方がいいだろう。なんせ今日は盗賊団のリーダーを倒すという大役を貰ったのだから、それ以上を望むのはわがままと言うべきだろう。
「それにしてもリゼス、よくやったわ」
リノが二っと笑う。リゼスは左肩をさすりながら曖昧に笑ってみせる。
「皆さんが場を整えてくれたおかげです。これが乱戦だったら勝敗は分かりませんでした。それに、できれば無傷で済ませたかったのに結局攻撃を受けてしまいましたし」
「それでも、あのガイルをよく倒したわ」
「ええ、見事な戦いでした」
二人は賞賛の言葉を贈りながら、リゼスの傷口を確認する。と、リノが不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 結構深い傷だと思ってたけど、すっかり治ってるわね。シーリ、治癒魔法の腕随分と上達したのね」
「え? 私が使ったのは初級レベルなので痛みと出血を抑える程度の効果しかないと思いますが……」
シーリも習うようにリゼスの傷口を確認する。刀で斬られたということもありかなり深かったはずだが、そこまるで何もなかったように血の跡だけしかない。それを確認したシーリは僅かに眉を顰める。
「これも、人狼の力によるものでしょうか」
ジッと顔を近づけたシーリはぼそりとリノには聞こえないようにそう零す。その吐息が肩口にかかってくすぐったいリゼスの顔に熱が集まっていく。
「シ、シーリ様……くすぐったいです」
「ああ、すみません」
スッと顔を放した彼女にリゼスは安堵の息を漏らしつつ、
「私、昔から傷の治りが早いんです。結構な大怪我負っても次の日ぐらいにはほとんど治ってることが多くて」
「ふぅん。じゃあ、あれかしら治癒体質ってやつかしらね」
「治癒体質?」
聞いたことのない言葉にリゼスとシーリの二人が同時に首をかしげる。リノはそんな二人にクスリと笑みを零す。
「治癒体質。それはそのままの意味で傷や病気の治りが早い人のことを言うのよ。加えて治癒魔法の効きもすごくよくて、初級の治癒魔法が普通の人だと止血と痛み止めの効果しかなくても、治癒体質の人だと切れた筋肉だって元通りにできるぐらいの効果が出るの」
しげしげとリノは傷口を確認しながら「かなり珍しい体質よ」と付け加えた。リゼスはそれに曖昧に笑って返す。そうであればどんなにいいことか。きっと、本当の理由は違うのだから。
「それにしても、リゼス、今日は本当によく頑張りましたね。あれだけ戦えれば、今日いた騎士は皆、貴女のことを騎士と認めるでしょう」
「シーリ様……ありがとうございます」
「うんうん。本当によく頑張った。今日はお祝いしないとねっ」
リノがリゼスの肩に手を回し、上機嫌に言う。その様子から本当に嬉しいのだろうということがわかる。シーリもその気持ちを表情に浮かべている。
「シーリ様、リノ様。私のためにここまでしてくれて本当にありがとうございます」
「いいって、貴女には早く、騎士団で信頼を得て貰いたいし出世してほしいからね」
「そうですね。貴女には確かな実力があるのですから、それを早く騎士団に知らしめたいと思うのは当然のことです」
二人の言葉に、リゼスは感謝の気持ちでいっぱいになってしまう。
まだ騎士になったばかりで、しかも雑用係で働いていたリゼスを、多くの騎士は歓迎していない。面と向かって言われることもあれば、ただ異物でも見るかのような目で見られることも多くあった。
それを、シーリとリノもよく知っていた。だから、早く彼女を周りに認めさせようとこうして場を整えたのだ。それは見事成功した。少なくとも、今日この任務に参加した人間は皆リゼスの実力を認識したことだろう。
「リゼス、ですがこうした任務を組むのは今日で最後です。次回からは新人としてではなく、一人の騎士として任務に参加してもらいます」
シーリの鋭い眼差しがリゼスを射抜く。リゼスはグッと息を呑むと、頷く。
「望むところです。やっと、やっと人々を守ることを許された。ならばこの命尽きるまで、貴女ともに私は人々を守るだけです」
力強いその言葉に、シーリは胸の内で“やはり彼女は立派な騎士である”と確信するのだった。
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