第21話 一騎打ち


 全員の準備が整い、リノ達一行は馬車を使って目的地へと向かう。

 ガタガタと少し乗り心地の悪いそれに揺られながら、リゼスは肩身の狭い思いを抱いていた。無理もない、ほかの騎士たちは後続の馬車にぎゅうぎゅう詰めなのに対して、リゼスはリノとシーリの計3人で一つの馬車に乗っているのだから。当初は、ほかの騎士と一緒でいいと言ったが、シーリに許してもらえなかったのだ。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれなかったが、リゼスは馬車に乗り込む直前に向けられた騎士たちの羨ましそうな目線に罪悪感を感じてしまう。


「目的地は近いんですか?」


 無言の空気が耐えられなくなり、リゼスは口を開く。窓に目を向けていたリノはその声に反応すると、「大した距離じゃないわ」と答えた。


「1日とかからないわ。でも、そこから少し歩くの」

「着いたら、私はどうすればいいのでしょうか」

「まず、私たちが見張りを倒すから、そしたら正面から突っ込めばいいわ。軽く調べたら家の周りには大量に罠が仕掛けてあったから、下手に回り込むより正面から行った方が楽だと思うからね」

「は、はぁ……」


 クレンの時とは全く違う流れに戸惑う。おそらく、襲撃という形ならばクレンのやり方が正しかったのだろう。正面から堂々と突っ込むなんてまるで決闘にでも挑みに行くようなものではないか。

 表情からそんな考えを読みとったように、リノはニタリと企むような笑みを見せる。


「ガイルはね、真っ向勝負が大好きなの。だから、貴女が一人で正面から行けば、アイツは必ず一騎打ちをしてくる。それが原因で王国騎士に捕まったんだけど、絶対にその信念は曲げないと思うから安心して一対一を楽しんできなさい」

「……え? 一人で、ですか? 先ほどはシーリ様と聞いたような」

「ああ、あれはほかの騎士が何か言いそうだったからね。実際は、リゼス、貴女一人でガイルと戦うのよ」


 思わず顔が引き攣り、助けを求めるように隣に座るシーリへと顔を向ける。シーリは軽く目を見開くと、次に安心させるように目を細めて頷く。


「なかなか一騎打ちというのは出会うことがありません。それも相手はあのガイル。リゼスのいい経験となるでしょう」


 まったくこちらが負けると思っていないほどに自信に満ちた眼差しが、リゼスを射抜く。そのまっすぐな瞳にリゼスはそれに応えたいと思った。






 目的地である村は捨てられある程度の年月が経ったと思われる、寂しげな空気漂う廃村であった。


「やっぱり、手前の家が下っ端の物ね」


 そう呟いてリノは数人の騎士に仕掛けるように指示をする。騎士たちは頷き素早い動きで村へと向かって行く。リゼスはその一糸乱れぬ動きに尊敬の目を向ける。

 やはり、クレンの時と違って騎士の士気も実力かなり高いようだ。ピリリとした戦場特有の空気を肌で感じとることができる。


「じゃあ私たちはのんびり正面から行くとしましょうか」


 にこりとリノが笑いかける。だがその瞳の奥は鋭く、リゼスは多少気圧されながら頷いた。



 少ししてから廃村へと入ると、すでに騎士たちが下っ端を制圧し終えているところであった。リゼスは、全く物音がしなかったはずだがと不思議に思いながら、辺りを警戒している騎士たちを見回した。

 

「さて、いい感じね。リゼス、準備はいい?」

「はい」


 腰に下げた剣の鞘を軽く撫でて、リゼスは力強く頷く。隣に立っているシーリはそんなリゼスを満足げに見やるとそっと、リゼスの背中に手を当てた。


「リゼス、貴女の実力ならば何も問題ありません。近くで見ていますから頑張ってくださいね」




 三人は一番奥の家の前へと辿り着く。微かに家の中から男たちの話声が聞こえてくる。リノとシーリは数歩下がる。リゼスは微かな心細さを感じながら、大きく息を吸ってリノに教えてもらった彼を確実に引きずりだすための魔法の言葉を叫んだ。


「たのもぉぉぉおおお!」


 腹の底から出たその声は空気を震わせる。リゼスは自分の喉からこんなに大きな声が出ると思っていなかったために、少し驚いてしまう。すると、家の中らガタガタと物音が響き――


「はっはっはっ! そんな言葉を聞いたのは久しいなぁ!」


 家から出てくるは大柄な男。この辺りではあまり見慣れな着流しに、東の地方で作られる刀と呼ばれる武器を腰に下げた彼は豪快に笑ってリゼスを見下ろす。その眼光は猛禽類の如く鋭い。


「王国の騎士じゃねえな。知ってると思うが俺はガイル。お前、名前は?」

「リゼス。お前に一騎打ちを申し込む!」


 そう言いながらリゼスは腰の剣に手をかける。

 リノの話によると、ガイルはここから遠く離れた東の地方からやってきた人間だそうで、そこでの戦いは基本的に一騎打ちを行うということだ。ゆえに彼に一騎打ちを申し込めば必ず乗ってくるとのことだったが、正直リゼスは不安だった。

 なぜなら、彼の背後から姿を現した側近と思われる男たちが今にも襲い掛かってきそうな形相でこちらを睨んでいたから。その視線に負けじとリゼスはまっすぐにガイルを睨む。


「ガイルさん、そんな小娘相手にすることありません。俺らが相手をします」

「そうですよ。一騎打ちなんて言って、後ろの奴らが邪魔をするに決まってる!」


 ガイルの後ろにいる男たちが口々に言って、リゼスの後ろで控えてるシーリたちを睨む。普通に考えれば彼らの言うことは当然と言えるだろう。なんせここは、ガイルの知っている東の地方ではないのだから。


「……そうだな。だが、俺はこの一騎打ちを引き受けよう。お前ら、この戦いに手を出すことは許さん」

「えっ、ガイルさん!」


 男たちが困惑した様子でガイルを見る。だが、彼はそんな男たちの声など聞こえないと言うように、リゼスの背後にいるシーリたちを見て口角を上げる。


「シーリ・ヴァレニアスだろ? お前みたいな人間が横槍なんて無粋なこと、しないだろう?」

「ええ、信用してくれて構いませんよ。私の隣にいる彼女も手を出さないとヴァレニアスの名に懸けて誓いましょう」


 自信たっぷりな物言いに、ガイルはリゼスへと視線を戻す。


「よしっ! リゼス! このガイル・ゴーゲス、この一騎打ちを引き受けよう!」


 そう宣言すれば、男たちはもう何を言っても無駄だと悟ったのだろう。シーリたちが邪魔をしないように警戒してはいても、ガイルにこれ以上何かを言うことはなかった。







 村の中央にガイルとリゼスは向かい合って立っていた。そして、そんな二人を取り囲むように、騎士団の人間と盗賊団はお互いを警戒しながらその様子を見守っていた。


 リゼスは腰に下げた剣の柄を握り締めながら、戦闘前の独特な静けさに緊張感を高めていた。ドクリ、ドクリ、と心臓が緩やかではあるが心拍数を上げている。シーリが見守ってくれているのだから負ける気がしない。負ける気はしないがそれでも自分の心臓がこの戦闘を耐えられるか不安だった。

 ごくりと生唾を呑む。対して、ガイルは特に緊張した様子も見せず、静かにリゼスを見ている。その眼差しはどこか懐かしむような色を浮かべている。


「懐かしいな、この空気。一騎打ちなんて本当に何年ぶりだろうか」


 ヒョウ、と風が吹く。リゼスはゆっくりと、息を吐きながら腰から剣を抜き構える。ギラリと太陽の光を反射し煌めく彼女の剣にガイルはスッと目を細めると、刀の鯉口を切って居合の構えを取った。


「ではまいる!」


 深く腰を落とすと同時にガイルが踏み込みざまに、刀を鞘ば知らせる。リゼスは咄嗟に剣で受け止めるがその衝撃は凄まじく背後へと飛んで勢いを殺す。

 ビリビリと刀を受け止めた手がしびれる。受け損ねていたらあの一振りでリゼスの体は真っ二つになっていただろう。剣が壊れなくてよかったと安堵の息を漏らす。


「ほぉ、今のを受け止めた奴は久々だ。しかも、こんなに若い娘が」


 感心しながら、ガイルは再び斬りかかる。リゼスは斜めに振り下ろされたそれを剣で滑らせるようにいなすと、そのまま懐へと踏み込み渾身のタックルを彼の鳩尾へと仕掛ける。


「ぐぉっ」


 苦悶の表情を浮かべ、ガイルが数歩後退する。リゼスはその好機を逃さず、剣を振り上げ斬りかかる。彼は大きく目を見開くと刀で防ごうとするが、それよりも早く彼女の一線は彼の左腕を斬りつける。

 真っ赤な鮮血が噴き出し、ガイルはバックステップで距離を取る。だが、逃がさない。


「はっ!」


 大地を強く踏みしめ、飛び込むようにリゼスは剣を斜めに振り下ろす。


「くぅっ!」


 ガイルは着地と同時にもう一度大地を蹴って背後へと飛び、何とかその一撃を躱す。完全にとらえたと思っていたリゼスは軽く下を鳴らすと、警戒した様子で剣を構えなおす。

 

「やるな、これだけの強者を知らなかったとは俺もまだまだだな」


 フッと表情を緩め賞賛を贈るガイルに、リゼスは何とも言えない表情を浮かべる。自分の力が通用するということは分かったが、敵に褒められたところでやはり嬉しいとはどうにも思えなかったからだ。

 表情から、彼は何となく感じ取ったのだろう。口の端を軽く上げ、刀を上段に構える。


「まぁ、敵から褒められたところで嬉しくはないだろうな。さて、仲間の前で無様を晒し続けるわけにもいかない――本気で行かせてもらうぞ」


 ガイルは駆け出し刀を振り下ろす。ブンッ! と、空気を切り裂きながら彼の一撃が迫る。リゼスは両手で剣を振り上げそれを受け止めようとするが、気付けば刀の側面を叩いて軌道を逸らす。


「ぬっ」


 彼の一撃が硬い地面を砕き、破片がリゼスの頬に一筋に傷をつける。タラリと一筋に血が流れだす。リゼスは無防備な彼の背中へと剣を突き刺し勝負を付けようとしたその時――


「ガイルさん!」


 その声と共に一本の矢がリゼス目掛けて放たれる。咄嗟に反応したリゼスはそれを剣で叩き落とすと、今その矢を放ったであろう弓を持った青年を睨みつけた。その次の瞬間、シーリとリノを除く騎士団の人間たちが一斉に武器を構える。

 リゼスはやはりかと胸の中でため息をつく。一騎打ちなんて最初からなかったのだ。背後の騎士たちが動き出そうとしている雰囲気を背中に感じていると、ガイルがのそりと立ち上がった。


「おい」


 ゾクリとするほどに冷たい声だ。それは先ほどまでの彼とは別人なのではと思わせるほどに、静かな憤怒に包まれた恐ろしい声だった。

 彼はリゼスに目もくれず、ぐるりと顔を青年へと向ける。リゼスはガイルの表情を伺うことはできなかったが、男たちの恐怖に満ちた顔を見て何となくどんな顔をしているのか想像がついてしまう。


「お前、なぜ邪魔をした?」

「えっ、な、なんでって……」


 その声に弓を持った青年は困惑に瞳を揺らす。普通に考えれば青年はガイルがどうしてそんな反応を示すのか全く理解不能であった。なんせ、自分は命を助けた恩人である。感謝こそされど、そのような侮蔑と怒りの目を向けられるいわれはなかったからである。

 だが、そんなことを言える雰囲気ではない。それほどまでにガイルの目は仲間に向けるような親しさはなく、ただただ敵を見るような眼差しであった。


「お前は俺が言ったことを覚えていないのか? 。そう言ったつもりだったんだがな?」


 地を這うような声に青年は声も出せず固まってしまう。そんな青年を静かに見下ろしながら、ガイルは言葉を続ける。


「俺は一騎打ちを引き受けたんだ」

「で、ですが、あのままではガイルさんが……」

「戦いであればどちらかが死ぬなんて当然だろう。あの時、俺は死んでもいいと考えていた。それをお前は邪魔をしたんだ」


 ガイルは心底がっかりだというように太息を吐く。


「ここが俺の育った場所ではないとわかっている。俺やお前らがまっとうな人間ではないということもよくわかっているつもりだ。だがそれでも俺は、お前たちには戦いだけでも礼節はわきまえるように言っていたつもりだったんだ」


 グッと刀の柄を握り締める彼は失望の色で青年を見下ろす。青年は何も言えなかった。


「お前は俺の邪魔をした。戦いの礼節すら守れぬならば死ね」


 その言葉の後、ガイルは青年の首を刀で刎ねる。ごろりと転がった青年の頭を蹴飛ばした彼は、ぐるりと男たちを見回す。その目には“次邪魔をしたらこうなるぞ”と語っていることに気が付いた男たちは生唾を飲み込み、武器を地面へと下ろす。


「さすがは東の地方。噂には聞いていたけど、本当に勝負を邪魔すると仲間でも容赦なく殺すのね」


 一部始終を眺めていたリノはコソリとシーリに耳打ちする。シーリも「ええ」と小さく答えて表情を険しくさせる。

 東の地方。それはここの国からずっと遠くにある島国で独自の法や生活様式が築かれ、それに従っている限りは比較的温厚な人間たちだが、そのルールを逸脱しようものならば容赦なく襲ってくる恐ろしい面も持っていると言われている場所だ。

 目の前でそれを見るまでは半信半疑だったリノとシーリも、さすがに真実だと確信せざるを得ない。


「……さて」


 軽く首を鳴らしながら、ガイルは振り向く。


「リゼス、すまなかったな。神聖な戦いに無粋なことをしてしまった」


 そう言って彼は深く頭を下げる。まさかそんなことになると思っていなかったリゼスは慌てて首を横に振った。


「い、いや、別に平気だけど」

「すまなかった。せっかく、お前は一騎打ちを申し込んでくれたのに。虫のいい話だとは重々承知しているが、仕切り直させてもらってもいいだろうか」

「もし、断ったら?」

「俺は今ここで負けを認め、自分の腹をここで斬ろう」


 ガイルのまっすぐな瞳がリゼスを見る。リゼスは特に逡巡することもなく、剣を鞘へとしまう。


「自殺されたら私の手柄にならなくなるから仕切り直しで」


 小さく笑みを浮かべるリゼスに、ガイルは「感謝する」ともう一度深く頭を下げたのだった。

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