第16話 討伐せよ



 任務当日。

 まだまだ慣れない寝起きにシーリの蕩けるような「おはよう」に心臓を毎回ドギマギさせながら、リゼスは団長から与えられた鎧を身に纏い、その腰に剣を下げる。ズシリとした重さに心が歓喜する。


「……へへっ」


 鏡の前に立つ騎士の姿に、リゼスは表情をだらしなく崩す。だが仕方ないと言えよう。ずっと夢見ていたその姿になれたのだから。片付けなどで持ったときはこれぐらいならば身に着けても平気だと思っていたが、実際に身に着けてみるとかなりずっしりと重たい気がする。それは、鎧の重量もあるが、きっと人々を守らなければいけないという重さもあるのかもしれない。


「なかなか似合ってますよ」

「……シーリ様、ありがとうございます」

「重くはありませんか?」


 純白の鎧に身を包んだシーリが温和に問いかける。

 支給品ではなく、オーダーメイドだというそれはリゼスが身に着けている物よりずっと上等だ。なんでも特殊な金属で作られているため、その重さは鉄の半分なのにずっと丈夫なのだという。


「少し重いと感じますが、戦いに支障は出ないと思います」

「それはよかった。ですがいずれリゼスもお金を貯めて鍛冶師に自分の鎧を作ってもらうといいでしょう」


 そう、この騎士団では鎧や武器は支給されるがそれらの機能はあくまでも標準的な装備に過ぎないため、大体の騎士は高価な金属で自分の鎧や武器を作るそうだ。

 まぁ、自分の命を守るのならば当然のことと言える。団長もそれは推薦しており、騎士団の一員と示す紋章を鎧または武器に刻んでおけば、自由にしていいと騎士たちには伝わっているとのこと。

 リゼスも騎士になれたのだから、いずれは自分の鎧と武器で戦いたいという希望はあった。


「でも、高いんですよね」

「まぁ、希少な金属を使えばそれなりに」

「ちなみに、シーリ様の鎧はどのくらいかかったんですか?」


 そう訊けば、シーリは軽く顎に手を当てて答える。


「これは希少な素材をいくつも使っていますからね……たしか、金貨50枚ほどでしたか」

「金貨50枚ですか……」


 思わず肩を落としてしまう。金貨1枚で田舎の農民ぐらいであれば1年は安泰といえるぐらいの価値がある。リゼスも雑用係で1年働いてやっと金貨1枚。そこそこほかの仕事よりも給金がいいとされるここでそれなのだから、彼女の鎧の値段がどれほど途方もない金額なのかが分かる。


「それは、なんとも途方もない……」

「騎士となって人喰いを討伐するようになればそれぐらいはすぐに貯まりますよ。それに、盗賊を討伐すれば臨時報酬も出ますし」

「はやり、命がけということなんですね」

「そうですね。ただ、基本的には班を組んで任務にあたりますから、メンバーの人数によってはあまりもらえない時もありますがね」


 安全性を考えて多くの仲間と協力すればもらえる報酬は少なくなってしまう。リゼスは、リノが“最近の騎士は単独行動が多くて困る”という言葉にやっと納得した。


「そうか、だから報酬を独り占めするために騎士たちが単独行動をとりたがるのか」

「リノが話したんですか?」

「愚痴ってました」

「はぁ、お恥ずかしい。本来であれば私が公平に協力できるようにすべきなのでしょうが、戦いの場ではみんな自分のことで精一杯で……」


 どこか疲れたように窓の外へ視線を向けるシーリに、勝手に行動する騎士たちが容易に想像できたリゼスは苦笑を浮かべる。

 きっと、彼女があまりにも強すぎるから、報酬をすべて取られてしまうと騎士たちは考えているのだろう。何とも愚かだ。が、同時に金がなければ残してきた家族に仕送りすらできない。と理解もできた。


「……私もそうなってしまわないように気をつけなければいけませんね」


 冗談めかして言えば、シーリは困ったように小さく微笑んだ。








「では、今回の任務を説明する」


 出発前、今回の任務の隊長であるクレン・ストーンは、メンバーを部屋に集めるなりそう話し始めた。部屋の一番後ろに陣取ったシーリの隣に立ったリゼスは、彼をまじまじと見つめる。

 細身の長身、どこかずる賢そうな顔つきの彼のことをリゼスは話したことが無いので全く知らない。だが噂によると、シーリほどではないらしいが、最近めきめきと戦果を挙げておりそれによって隊長へと任命された期待の人物だ。


「今回は盗賊の討伐だ。根城はすでに俺の部下が発見している。数はざっと15人。対して俺らは10人で行くことになる。少ないと思うだろうがこれは、道中に……」


 リゼスはてっきり、シーリがこの任務の隊長だと思っていたので、違うのかと考えつつ説明を聞きながらほかの騎士たちを見回す。年代性別はバラバラ、若干男の方が多そうだ。そんな彼らから少し真剣みのかけた、浮ついたような雰囲気を感じ取ったリゼスは訝し気に眉を顰める。


「少し浮ついてますね」

「人喰いではなく、人間が相手だからでしょう」


 声を潜めて二人は話す。


「懸賞金もかかっていますし、参加している騎士は臨時報酬狙いなのでしょう。仕方ないこととはいえ、少し不安ですね」


 シーリの言葉に、リゼスは静かに同意する。どんな内容であれど、任務ならば騎士団の人間としていかなる時でも真剣に取り組むべきだろう。

 

「分担として俺たち第1班は裏手から奇襲を仕掛ける。第2班は見張りを仕留めてもらって……」


 クレンはボードに班ごとのメンバーと役割をサラサラと書き起こしながら説明していく。一通り説明を終えたところで、リゼスは自分たちの名前がないことに気が付くだろう。

 何故だと疑問を感じている間に説明は終わり、騎士たちがぞろぞろと部屋を出ていく。リゼスは隣で無言でいるシーリを見る。と、彼女は無表情だった。ピリリとした空気が彼女か放たれている。

 そんな二人のもとにクレンがやって来る。彼はリゼスを一瞥するや、ふんと軽く鼻を鳴らす。


「シーリ、お前はその足手まといと一緒に周辺の警戒だ。もし、逃げた盗賊でもいればくれてやる。まぁ、そんなことはならないがな」


 侮蔑するような目でそう言ったクレンは、シーリの返事も待たずに部屋を後にする。シーリは彼がいなくなると、無表情だったそれを崩す。そんな彼女をリゼスは心配そうに見つめた。


「彼には嫌われているんですよ。彼は団長の座を狙っているようですから」

「そうだとしても、同じ騎士団にいるんですからそんなあからさまな態度を取らなくてもいいと思います」


 ムスッとリゼスが言うと、シーリは少し嬉しそうに口元を緩めた。

 確かに、隊長クラスとなれば団長になりたいと思うのだろう。それで競い合い互いを高めていけるのはよいことなのだろう。そういった事情を理解できると言っても、リゼスは不満をあらわにする。


「いいんですよ。私は手柄に興味はありませんから。でも、すみませんでした。貴女が活躍できればと思っていたのですが……」

「い、いえ。任務に参加できるだけでもありがたいことです。たとえ、戦えるかわからなくとも、私は全力を尽くすだけです!」


 グッとこぶしを握り締め、やる気をあらわにする。そう、どんな任務であろうと、それが人々を守ることにつながるのであればなんだってして見せる。シーリにそのやる気は伝わったらしく、小さく笑みを浮かべる。


「そうですね、頑張りましょう」


 二人は部屋を後にし、任務へと向かった。






 騎士団のある町から離れ、その近くに生い茂る森を歩くこと1時間ほど。盗賊の討伐ということもあり、拠点は作らず、全員で根城へと向かう。

 鬱蒼と生い茂る草木をかき分け進み続ける。リゼスは慣れない鎧で森を歩くという行為に四苦八苦しながらも必死についていった。

 盗賊たちは特に罠などは仕掛けていないようで、道中は順調だった。獣と出くわすこともなく、まるで森に散歩にでも来ているかのようだ。


「リゼス、平気ですか?」

「はい、大丈夫です」


 心配そうにしていたシーリは安堵の色をその瞳に浮かべる。が、すぐに険しい表情で前を歩く彼らを見た。


「シーリ様? なにかありました?」

「少し嫌な予感がしていて」




 森を歩くこと30分ほど。やがて戦闘を歩くクレンが片手をあげて全員に止まるように指示する。


 一番後ろを歩いていたリゼスはそっと彼らの視線の先を見ると、茂みの向こうは開けており、その奥にはぽっかりと大口を開けた洞窟があった。そして、そこには見張りの盗賊と思われる男が二人立っている。


「では作戦通り、俺たちの班は裏手に回る。2班は見張りを仕留めた後、正面から攻めるように」


 騎士たちが小声で返事をする。クレンは頷くと数名の騎士を連れて大きく迂回するように洞窟の裏手へと向かって行った。ここまで来ればさすがに騎士たちにもある程度の緊張感が出てくる。


「よし、俺たちもやるぞ」


 2班の班長である男と班員の女が習うように弓を構える。そして、二人は同時に矢を放つ。それはまるで目的と糸でつながっているかの如く、見張りの眉間を打ち抜き、男たちは驚く声すら出すことができずに絶命し、地面に倒れる。

 矢を放った二人は顔を見合わせ頷くと、控えていた班員に合図をし、2班の騎士たちは茂みから飛び出し洞窟へと入っていく。


 あっという間に取り残されたリゼスとシーリの二人は騎士たちが完全に洞窟へと消えると、軽くあたりを見回した。


「私たちはとりあえず、ここにいればいいのでしょうか?」

「そうですね」


 そのまま二人の間に無言の時間が流れる。特に気まずい空気もなく、ただサラサラと風にそよぐ森の音が響く。リゼスは遠くの方を見回したり、洞窟の方を見たりと警戒はしつつも、その表情は手持ち無沙汰だという色が濃く浮かんでいる。


 そんなリゼスを横目に見ながらシーリは魔力を波紋のように広げ、辺りを警戒している。


「探知魔法、でしたっけ? シーリ様が今使っているのって。どの程度わかるんですか?」

「ええ、そうですね。最初は漠然とでしかわかりませんが、慣れれば生物の形が分かるようになりますよ」

「へぇ、やっぱり魔法って便利なんですね」


 羨ましそうに言えば、シーリは意外そうに首をかしげた。


「魔法を教えてもらったことは?」

「教えてもらえる機会はあったんですけど、どうやら私は魔力がものすごく少ないらしく、魔法は使えないと言われまして。魔力を物に流すぐらいなら頑張ればできるんですけどね。それでも、人喰いを殺すには全く足りないしそうで」

「そうだったのですか」

「はい。だから余計に、私に騎士は無理だと育ての魔法使いに言われました」


 魔力が少ないと言われ、そして魔法を使えば心臓に負担がかかるから無理だと言われ、人喰いを殺すには魔力が必要だと言われ、騎士は無理だと言われた。思えば無理だ無理だという彼女は心配してくれていたのだろう。

 まぁ、それでもあきらめきれずに半ば飛び出すように入団試験を受けたのだが。それを思い出したリゼスは今度手紙でも送ろうかと考える。


「だから、リノ様には本当に感謝しているんです」


 そう言いながら腰のベルトに付けた魔力の入った瓶をそっと撫でる。騎士として任務に行くと言ったら、新たに魔力瓶をいくつかくれたのだ。試作品よりも魔力を多く入れておいたらしく威力も持続時間も上がっているとのことだ。

 これがあれば、人喰いを殺すことも可能だろう。本当に感謝してもしきれない。


「でも、それを使えるの今のところリゼスだけみたいですね」

「そう言えば、ほかの人が使おうとすると自分の魔力とぶつかって効果が無くなるって言ってましたね」


 悔しそうに“どうして”と言っているリノを思い出したリゼスはクスリと笑みを零す。その時の顔が、うまく魔法薬が作れなかった時の育ての魔法使いに似ていたからだ。


「おそらく、リノの魔力と相性がいいのでしょう」


 その言葉に、リゼスは少し照れたように笑った。







「そろそろ戻ってきますかね?」


 あれから1時間ほどたっただろうか。穏やか過ぎる周りにリゼスはなんとか緊張感を保とうとするが、そろそろ限界が来ていた。シーリは洞窟に目を向けると軽く首を回した。


「そうですね。盗賊の数もそこまで多くありませんし、むしろ遅いぐらいですかね」

「終わって金品を漁ってるってことでしょうか」

「そうかもしれませ――いえ、そうではないみたいですね」

「え?」


 訝し気に洞窟へと視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。遠目からでもわかるほどの筋肉はまるで、筋肉の塊がそこにいるかのようだ。だが目を奪われたのはそこではない、男が手に持っている物……それは人の頭だった。しかもそれは、洞窟へと入っていた2班の班長の男であった。


「おい! 騎士がまだ残っているだろう!」


 空気を震わせるほどの怒号が森に響き渡る。木々に止まっていた鳥たちが驚いて飛び去って行く。茂みに隠れていた二人の間に鋭い緊張が走り抜ける。


「よくもまぁ、俺のかわいい子分たちを殺してくれたもんだ!正面から入ってきた騎士どもは死んだぞ! まだどこかに隠れてんだろ! 出てこいッ!」


 体がすくみそうになるほどの叫びが響く。男は手に持っていた男の頭を地面にたたきつけると、獣のように喉を天へと向けて吠える。


「シーリ様」

「……」


 シーリの横顔は険しい。

 リゼスは騎士を殺したであろう大男を睨む。奥歯をかみ砕かんほどに強く噛みしめ、握った拳が震える。


「シーリ様、行きましょう。あれも盗賊なのでしょう。ならば倒さなければ」

「……ええ、そうですね」


 チラリと、洞窟を鋭く一瞥したシーリは茂みから出る。リゼスもその後に続いて出ると、気付いた大男は憎しみの篭った怒りの顔で二人を睨みつけた。その眼光は獰猛な野犬すら怯えさせるほどに鋭い。


「シーリ・ヴァレニアス……まさか、本当にライズ・ヴァレニアスの騎士団だったとはな」


 大男は憎々し気に吐き捨てる。


「貴様ら騎士団がこうも、非道を使おうとはなッ! がっかりしたぞ!」


 その声には激しい怒りがにじみ出ている。大男は今にも飛び掛からんほどの気迫で手に持った戦斧を地面へと叩き付ける。

 地面が砕け、パラパラと小石サイズに砕かれた破片が雨のように降る。だが、大男は怒り収まらない様子で「ふざけているのか」と怒号を飛ばす。


 そこまでして、リゼスはなんとなく違和感を覚える。戦いで負け、仲間が殺された者とは思えないほどの憎しみをその大男は浮かべていたから。


「あんな、あんな殺しかた……許されると思うなよ、シーリ・ヴァレニァァァァァァスッ!」


 戦斧を肩に担いだ大男が駆け出す。二人は同時に剣を抜くと――


「リゼス、行きますよ」

「は!」


 同時に駆け出すのだった。



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