第11話 貴女を守るためならば


「いやぁ、まさか人喰いを倒しちまうとは思わなかったよ」


 パチパチと拍手する男。その声色こそ親しみが込められているように聞こえるが、その顔に親しみの色は全くなく、むしろ氷水のように冷たい鋭さが浮かんでいる。

 明らかな敵対的な雰囲気に、リゼスがサッとシーリを庇うように、男の間に入ると剣を構えた。


「誰だ。騎士団の人間じゃないな」

「ああ、いかにも俺は君たちの所属する騎士団の人間ではないさ。でもまぁ、そんなことは気にしなくてもいいだろう――なんせ、お前たちはここで死ぬんだから」


 にこりと笑顔でそう言った男が「出てこい」と言う。すると、森の奥から山賊と思われる男たちが姿を現す。その数は少なくとも20人はいるだろう。それらは一様に下品な笑顔を携え、舐めますように不快な視線を向けていた。

 初めて人間から向けられたその色に、リゼスの心臓が緊張にドキリと波打つ。だが、不思議と恐怖はなかった。それはおそらく隣にシーリがいてくれるからだろう。


「おいおい、聞いてた話じゃ一人だったが? まぁ、殺せる人間が多い方が俺的には嬉しいがなぁ」


 ニタニタと斧を持った男がそう言って舌なめずりをする。と、ほかの男たちも同意するようにげらげらと下品な笑い声をあげる。

 こいつらは一体何なのだろうか。疑問が浮かぶが今はそれどころではないと考えを振り払って冷静に男たちを見る。態度こそ嫌悪感を抱かせる男たち。リゼスはまだ戦えそうではあるが、この人数を相手にとれるか不安だった。


「シーリ様……」


 リゼスは肩越しに振り向いてシーリを見る。

 ここで言うべきは“逃げて”なのだろう。消耗しきった状態ではいくらシーリが強いと言っても下手をすれば殺されてしまうかもしれない。いや、もしかしたら死ぬよりもずっとひどい目に逢ってしまうかもしれない。ならばここで、リゼスがとる行動は死ぬ気で戦って少しでも彼女が逃げる時間を稼ぐこと。


「……っ」


 そう分かっているはずなのに、口から出た言葉は全く違ったものであった。


「一緒に戦って、一緒に生き残りましょう」


 その言葉にシーリが大きく目を見開く。それとほぼ同時に、その言葉を聞いた男たちがバカにするように声をあげて笑った。


「だっはっはっ! おいおい、普通はお前が残って狙われてるそこのお嬢様を逃がすべきだろう」

「ほんとほんと、いやぁ、こりゃあ恐怖でとち狂ったか」


 男たちの言葉を無視してリゼスはジッとシーリを見つめる。

 その目を見て、シーリはリゼスが恐怖でおかしくなったのではないとわかるだろう。シーリは小さく頷くと、剣の柄を握り締めリゼスの隣に立つ。その表情はどこまでも晴れやかだ。

 男たちはそんな二人に奇異の目を向ける。が、すぐにニヤリと下卑た笑みを浮かべて武器を構える。


「へへっ、死にたいっていうなら遠慮なく殺してやるよ」

「なぁ、こいつらを殺したら本当に報酬がもらえるんだな?」

「ああ」

「だけどよ、殺す前にちょーっと遊んでもいいんだろう?」


 大剣を持った男ニタニタと問えば、冷たい瞳の男は「死体があれば十分だ」と言って頷く。そうすれば、男たちは歓喜ともいえる笑い声をあげる。不快感を煽るソレに二人は一様に顔を顰める。


「シーリ様」

「リゼス」


 二人は顔を見合わせると武器を構える。すると男たちは駆け出す。一斉に向かってくるそれはかなりの迫力がある。

 まずシーリが飛び出し、男が突き出した槍を弾くとそのまま踏み込み男の右肩から脇腹にかけて斬りつける。鮮血が舞い、男が悲鳴をあげながら倒れていく。その手際の良さに勇み足で踏み込もうとしていた男たちがたたらを踏む。

 その隙をシーリは見逃さない。一気に踏み込んで男たちへと距離を詰める。


「ぎゃぁぁぁっ!」

「ふっ」

「ぐぁっ!」


 片手剣を持った男の両腕を切り飛ばし、隣から襲い掛かろうとしていた男の両手剣を弾き、その顔面へと回し蹴りを放つ。一瞬で意識を刈り取られたその男は仰向けに倒れる。数時間は目を覚ますことはないだろう。

 まるで一種の芸術のように、彼女の戦いは美しかった。リゼスが思わず見とれていると、そんな彼女を狙って数人の男が近づく。


「おいおい、お前は見学か?」

「それは許されねぇよな」


 ニタニタと汚らしい笑みを見せる男たちへと振り向いたリゼスは、白けた表情を見せる。


「確かにお前らの言う通りだな。シーリ様一人に任せるわけにはいかない。私はあの方を守るのだから」

「だっはっはっ。この人数を前に威勢がいいもんだ」

「まぁ、ガキなんてそんなもんだろ。それを俺らが――」


 男はそれ以上言葉を続けることが着なかった。なぜなら、男の鳩尾へとリゼスは剣の柄頭を突き刺していたためだ。男の呼吸が止まり苦し気に手を伸ばす前に、リゼスは男の腹部を蹴り飛ばす。吐き気を感じる間もなく、地面を転がった男の意識が奪われる。

 リゼスはゆらりと剣を構える。と、軽く地面を蹴って跳躍。そのまますれ違いざまに近くにいた男へと剣を振り下ろす。


「ぐあぁぁぁぁっ!?」

「……っ」


 肩口から胸にかけて大きく切り裂かれた男の体から鮮血が噴き出す。リゼスはその返り血を浴びながら、初めて人間を斬った感覚の悪さに顔を顰める。だが、すぐにこれは仕方ないことだと自分に言い聞かせると、倒れ伏す男を無視して振り向きざまに、背後から襲い掛かってきていた斧の一振りを躱し、その持ち主である男の両腕をその一撃のもとに斬り飛ばす。

 斧を持った太腕が放物線を描き、血の雨を降らしながら地面へと落下していく。唖然としていた男はその切り口から大量の血が噴き出していることに気が付くと、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。


「な、んなんだこいつ……!」


 メイスを持った大柄な男が困惑に満ちた声を漏らす。シーリが強敵だとは知らされていた。ゆえに一緒にいたあの少女はたまたま人喰いから生き残ったただの騎士だと思っていた。だが実際は、シーリと同等と思われるほどの剣技を見せた。


 ただ者ではない。そう確信するには十分すぎた。

 

「くっそ。おいお前ら! 数で攻めろ!」


 メイスを持った男がそう叫ぶと、ハッとしたように4人の男たちが各々の武器を構えリゼスへと襲い掛かった。


「死ねやぁぁぁ!」


 まず、身軽な男が細めの槍を飛び上がりながら突き出す。速さを重視した槍のようでその速度はなかなかである。が、リゼスの動体視力をもってすれば見えないことはない。半身になって躱すと剣でそれを叩き折る。


「なにっ!?」


 驚愕の表情を浮かべる男の顔面を柄頭で殴りつけ意識を奪う。そして、両側から同時に襲い掛かってきたダガーを持った男たちの攻撃を背後へと飛んで躱すと同時に地面を蹴って肉薄し剣を横なぎに払う。

 風を切り裂かんほどの速度を持った刃は無防備な二人の男たちの腹部を切り裂く。男たちは悲鳴を上げ地面をのたうち回った後、意識を失う。


「ひ、ひいいいいいいっ」


 最後に飛び出そうとしていた剣を持った男は戦慄の表情でその場に立ち尽くしてしまう。ゆっくりと体勢を戻したリゼスはゆらりとその男を見ると、懐からナイフを取り出し呼び動作も見せず投擲する。


「ぐぁっ」


 太ももに突き刺さった瞬間、男の体に電流のようなものが走り抜ける。それは先ほど、リゼスが騎士から貰った麻痺効果のあるナイフだった。

 本来は人喰い用なので、人間には強すぎる。ガクガクと男は激しく痙攣し白目を剥くとそのまま仰向けに倒れる。今はなんとかかろうじて呼吸しているようだが時期にその呼吸器官もマヒし絶命するだろう。


 あっという間もなく、リゼスは周囲にいた男たちを制圧する。だが、その表情は苦しげに歪んでいる。ズキズキと心臓が悲鳴を上げている。それと同時に、人を傷つけるという行為に彼女の心も悲鳴を上げていた。身も心もこれ以上は無理だと叫んでいるのだ。

 

「……あと、は……お前だけだな」

「これは、たまげたな……まさか、全員倒しちまうとは」


 メイスを持った男は本心からの言葉を口にする。リゼスはそんな男を冷たく見つめる。


「……だが、随分と辛そうだな。人を斬ることは慣れていないのか」

「だからどうした」

「それなのに、そこまで戦えるのはすげぇことさ。お前、騎士なんかやめて俺たちと来ないか? お前なら何でも手に入れられるぜ?」


 男が親しみを込めてそんなことを言う。リゼスは「は?」と眉を顰めると、


「ふざけてんのかお前は。私は人々を守るんだ。クソみたいな人喰い共をぶっ殺さなきゃいけないんだ。お前らみたいに人を殺して喜ぶようなやつと一緒になるわけないだろう」


 そう吐き捨てる。すると、男が笑う。


「そうか、残念だ。持ったいねぇが、仲間にならないんなら――死ね」


 そう言った次の瞬間、男はメイスをリゼス目掛けて振るう。その一振りは先ほどまで戦っていた男たちとは比べ物にならないほどに鋭く、リゼスは咄嗟に横に飛んで躱す。

 ドゴォォンンッ!

 硬い地面を砕いて砂埃が舞う。リゼスはすぐさま立ち上がって向き直るが、そうするよりも早く砂埃から男が飛び出してメイスを振り下ろす。


「おらぁぁぁぁっ!」

「――くっ!」


 咄嗟に剣で受け止める。が、やはりその一撃は重たく、まるで大岩でも落ちてきたかのような衝撃に手がしびれ、思わずリゼスは自分の命を守る剣を取り落としそうになった。

 コイツはほかのやつとは違う。凄まじく強い。そう考えると同時に心が“死ぬぞ”とけたたましいほどの警鐘を鳴らす。心臓が痛くて気を抜けば動けなくなりそうだ。だが、逃げられるほど目の前の相手は甘くないし、シーリが近くで戦っているのに逃げるなんて馬鹿なことはできない。


「ふっ、あと数年もすれば俺に勝てただろうさ」


 男がニタリと口を歪めてその手に力を込める。リゼスは何とか耐えるが、心臓の痛みが増すごとにその腕から力が失われ、徐々にその均衡は崩れ始めている。

 こうしていてもいずれ力負けして、メイスに叩き潰されるだろう。どうにかして逃げ出さなければと考えたその時――


「リゼス!」


 頼もしい声が響く。リゼスがその声に目を見開いた次の瞬間、鋭い剣閃が視界を掠める。そして、キンッという音と共に男の握っていたメイスが弾かれる。


「ちっ。もう全部倒したのかよ」


 男が憎々し気に吐き捨てると、そこからすぐさま背後へと飛んで距離取る。


 心臓の痛みによってガクリと片膝をついたリゼスを庇うように、シーリがひらりと間に入る。そして、肩越しに振り向いた。


「リゼス、大丈夫ですか」

「シーリ、様……」

「待っていてください。すぐ終わらせますから」


 そう小さく微笑んだシーリが男へと向きなおる。その瞳にはただただ鋭い闘気が浮かんでいた。


「ほとんどの人間をそっちに割いたと思ったんだがなぁ。全部倒しちまうとは……さすがは天才騎士様だ。お前の名前は俺たち盗賊団の間でも有名だぜ」

「興味ありませんね。人々の脅威である盗賊なんて人喰いと変わりませんから」

「はっ、言ってくれるねぇ。だがまぁ、人を食いもんにしてるから、ある意味では人喰いと変わんねぇかもしれねぇな」


 二人が同時に踏み出し武器を振るう。眩い火花を散らして武器がぶつかり合う。


「俺も幸運だな。さっきの奴といいおまえといい、こんな強い奴と戦えるんだから!」

「その強さ、人を守るために使わないとは……」

「ふんっ、人を守ったところでもらえる金なんて大したことねぇだろ」


 男がメイスを振り抜く。シーリは絶妙なタイミングで一歩下がってその勢いを殺す。そして一瞬、男が硬直した瞬間を狙って剣の切っ先をレイピアのように突き出す。

 右肩に刃が突き刺さると男は苦悶の表情を浮かべ数歩後退する。その隙を彼女は逃さない。腕を伸ばしその刃をより深く突き出す。が、相手もそうは甘くない。咄嗟に身をよじって強引に剣を抜くとメイスを構えなおす。


「あぶねぇあぶねぇ。肩が取れるかと思ったぜ」

「防護魔法も使うとは。ただの盗賊ではないですね」


 男のメイスが眼前まで迫る。シーリは身を逸らして躱す。男はニヤリと笑って目にも止まらぬ連撃を繰り出す。彼女はそれをすべて躱していく。


 見る者の心を奪うような打ち合いを続けていたその時だった。


「遊んでいいとは一言も言っていないぞ」


 ずっと観戦していた男がつまらなさそうにそう言って、何かを投げる。それは、一本のナイフだった。


「なっ――シーリ様ッ!」


 それが何なのかいち早く気づいたリゼスが叫ぶ。その声にハッとシーリが振り向こうとすると同時に、そのナイフはシーリの胸へと突き刺さった。


「か、は……っ」


 シーリの姿ゆっくりと崩れ落ちていく。その光景がまるでスローモーションのようにリゼスの目に映る。


 何が起こったのか一瞬分からなかった。


 ただただ、リゼスは呆気に取られたままその光景を眺めることしかできなかった。メイスを持った男も突然のことに唖然としている。


「リゼ、ス……にげ、て、くださ……い」


 苦し気なシーリの声が響く。リゼスの脳裏に、村に人喰いが現れ全てを奪われた忌々しいあの日が浮かぶ。あの時も、逃げろという言葉を聞いた。それが、大切な人の最後の言葉だった。


「い、や、だ……」


 逃げたら失ってしまう。また、大切な人を失ってしまう。リゼスの心臓がドクリと嫌な音を立てる。その痛みに視線を下げると胸に下げたペンダントがきらりと光る。


――心臓に牙を突き立てよ。


 聞いたことないはずなのにどこか懐かしい声が聞こえてくる。


――守るのだ。


「まも、る……」


 リゼスが紐をちぎってペンダントを掲げる。きらりと牙の形を模したエメラルド色のガラスでできたそれが煌めく。ただの物であるはずなのに、まるで生きているかのような強い思いがリゼスへと流れ込んでいく。


――突き立てよ。人の身を捨てよ。


 グッとそれを握り締める。


「シーリ様」


 なんとなくわかる。おそらく、この言葉の通りに動けばそうなると。だがそれでも彼女を助けられるならば……


「愚かな私を許してください」


 そう言ってその牙を心臓へと突き立てた。


 その瞬間、リゼスを起点に暴風が吹き荒れる。

 地面に転がっていた盗賊たちの体がバラバラに切り裂かれ、その破片が宙を舞って真っ赤な世界を作り上げる。

 その嵐はシーリへと襲い掛かるが、彼女の体が切り刻まれる前にメイスの男は、彼女の首根っこを掴んで距離を取る。殺して構わないと言われているが、死体がなければ意味がないからである。


「おい、あれはなんなんだ!」


 メイスを持った男はシーリの首根っこを掴んだまま叫ぶ。その男とシーリの目に映るは――


「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 赤い嵐の中心で獣の如く怒号を上げるリゼスの姿だった。

 

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